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千里の道も会議から

「来月の二国会議に出ることになった」


 王太子殿下の元から帰って来るなり、ロデリック殿下は私に言った。

 分厚い書類が、執務室の机の上に投げ出される。


「お疲れ様でした」

「うん。それと、ほら、いつものお土産」


 私の目の前に綺麗な紙箱を差し出して、殿下はニコニコしている。

 私は複雑な気持ちでお礼を言った。


 中身はお菓子である。見なくても分かる。


 殿下は、私が甘いものに目がないと知っており(なぜ知っているのかは追求したくない)、あちこちでお菓子を出される度に持ち帰るのだ。お陰で最近では、行く先々で最初からお土産用にお菓子が用意されているという体たらく。


 乙女としては、ちょっと問題あるよね。


 まあ、微妙な乙女心は置いといて、私はお茶の用意をすることにした。

 殿下には準備していた軽食も出す。

 殿下はなにかに没頭すると、寝食を忘れがちだ。王太子殿下と昼食を食べると出かけたのだが、二国会議の話をしていたなら、ろくすっぽ食べていないだろう。

 それでなくても体力がないくせに。もっと自分を大事にして下さい。

 子供の頃、殿下は本当に体が弱かったという。でもそれは、小さな子供にはよくあることで、普通は大人になる過程で丈夫になるものだ。

 殿下の場合は、大事にされ過ぎて体を鍛える機会を逃してしまったことが問題だった。さらに、殿下自身が自分の価値は頭脳だけにあると思い込んで、健康管理に無頓着でいることが、問題に拍車をかけている。

 頭のよさは殿下の長所だけど、全てじゃない。何度でも言う。もっと体を大事にして下さい。


 殿下は人の気も知らないで、用意されたものを食べ始めた。やっぱり食べてなかったんだな。


「二国会議に殿下が出席されるということは、交渉は大詰めですか?」

「うん。外務局の連中がかなり頑張っていた案件だから、調印まで漕ぎ着けてやりたいとは思ってる」

「もめるような案件ですか?」

「うーん、微妙かな。見る?」


 殿下は、先ほどの分厚い資料を私に差し出した。


「国境鉱山共同開発の利点と不利益について――」


 資料をパラパラとめくり、私は首をかしげた。


「何が障害になっているのか、私にはよく分かりません。両国にとって利益のある事業ですよね。ここに書かれている不利益を補って余りあると思うのですが」

「問題は、誰と組むかということなんだ。向こうは一枚岩じゃない。王妃派、宰相派、王弟派。三通りの選択肢がある」

「殿下はどれがいいと思ってるんですか?」

「王弟派だよ。王女と結婚しろと言わないから」


 そういえば二国会議の相手は、殿下との婚姻が噂されている王女様の国だった。


「あちらの王女様は、殿下のどこがお好きなんでしょうね」

「すぐ死にそうなところ?」

「殺しても死ななそうじゃないですか」


 ロベルト殿下とは別の意味で。うちの殿下は意外としぶとい。


「向こうは、病弱な王子だと思っているんだよ。ある日突然死んでも、不自然じゃない。子供さえいれば、向こうの国は後見として口出しできて好都合ってわけ」

「政略結婚って奥が深いですね」

「だから僕は、エルフィーネと結婚したいな」


 私はしたくありません。実家に仕送りをしなきゃならないんですから。


「王子様だからって、何でも殿下の希望通りには行きませんよ――それで、会議は15日から、場所はベルン離宮で変更はありませんか?」

 私の問いに殿下は首をかしげた。

「やけに詳しいね。僕、君に話したっけ?」

「いいえ。実は先日、ハロルド様から相談を受けまして」


 王太子殿下の側近、ハロルド様は『医者に聞くよりも正確だ』と言って、ロデリック殿下の会議参加が可能かどうかを、私に問い合わせてきたのだ。


「道理でゆとりのある日程なはずだ」


 そう。殿下だけは、会議日の五日前に離宮入りする。それだけあれば体調を整えられるだろう。


「ハロルドと話したのは、それだけ?」

「はい。そうですけど?」

「ふうん」


 何ですか、その含みを持たせた『ふうん』は。


「女の子はみんな、ハロルドを好きだよね」


 殿下は面白くなさそうな顔で、フォークを弄んだ。

 まあね。だって、『結婚したい男ナンバーワン』って呼ばれているくらいだもの。


「焼きもちですか?」

「うん」


 ああ、そうですか。


「ご心配なく。私は殿下で手一杯ですから」

「そこはさ、お世辞でも殿下一筋ですからって言うところだよね」


 殿下はため息をついてうなだれた。



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