事務官の手腕
部屋に駆け込むと、会議の準備をしていた顔馴染みの事務官たちが、一斉に私を見た。
「エルフィーネさん? 今日は早いですね。時間を間違えていませんか?」
黒縁のメガネをかけた事務官が声をかけてきたが、私はそれどころではない。
息を切らしながら、目指していた場所――巨大な会議テーブルの下にもぐり込んだ。
このテーブルは重い天板を支えるため、脚が壁状の板になっていた。私はスカートの裾をできるだけ体に巻きつけて、荒い呼吸を必死に整えた。
ほどなく扉が勢いよく開く音がして、いくつもの足音が室内に入って来た。
「すみません。まだ準備中なのですが」
「ああ、悪いな。部屋の中を少し確認させてくれ」
第二王子の声だ。
息切れひとつしていない。さすが脳筋。体の鍛え方が違う。
「エルフィーネ! エルフィーネ・バルド、今すぐ出て来い!」
苛立ったような大きな声でそう言った第三王子の方は、私より息切れしている。
もっと鍛練しろよ――って、あの陰険王子! 私のフルネーム知ってるんじゃないか!
「十数えるうちに出て来なければ、牢屋送りにしてやる」
え、え、ええっ!
十、九、八、七――クビならともかく、牢屋はひどくない?
六、五、四――足音が近づく。テーブルの下に隠れる私の真横に靴が見えた。気づかれたか?
三、二――
「見ぃつけた」
背後から声が聞こえた。ギョッとして振り返ると、ロデリック殿下が床に座ってニイッと笑っている。
しまった……そっちの靴はだれの足だよ。
「いたか?」
反対側から下を覗き込んだのは、ロベルト殿下。あなたの足でしたか……
「ほら、エルフィーネ、出ておいで」
ロデリック殿下がやさしい声で言ったが、やっぱりうさんくさい。私は座ったまま後ずさった。
「は……」
「は?」
「鼻を潰すのは勘弁して下さい。一応、女なので、顔はちょっと」
ロデリック殿下はアクアマリンの瞳を見開いて、やっと得心がいったように頷いた。
「君の鼻を潰す気はない」
「じゃあどうして、私を探していたんですか?」
「それは……その……君がテオドールを一撃で床に叩きつけたのを見て、一目で気に入ったんだ」
ああ――そうか。
「我がバルド家は、代々武術を得意としております。私でよろしければ、お教えします。もし本格的に習得したいならば、第七師団所属の叔父の方が適任だと思いますが」
「いや、そうではなくて」
「そうですね、いきなりの鍛練はお体に障りますものね」
ロデリック殿下は困ったようにため息をついてから、私を真っ直ぐに見た。
「君を探していたのは、僕の部屋付きになってもらいたかったからなんだ」
部屋付き女官? 殿下の侍女ってこと?
「奥宮勤務ということですか?」
「まあ……そうだね」
私、南宮の仕事が好きだったのになぁ。
「鼻を潰したり、牢屋に入れるって脅しません?」
「女性に乱暴する趣味はないし、牢屋は本気ではなかった。怖がらせたなら謝るよ」
「分かりました。女官長に言って辞令を出して下さい」
「だからそうではなくて。うん……面接……そう、その前に面接が必要なんだ」
「面接ですか?」
「今日、西庭園で茶会があるんだけど」
「ああ」私は、ポンと手を打った。「王妃様の許可がいるんですね」
「そうだよ。だから出ておいで」
「――殿下、それでは日が暮れます」
呆れたような声がした。この声は黒眼鏡の事務官さんだ。彼は、指先でコツコツとテーブルを叩いた。
「エルフィーネさん、さっさとテーブルの下から出て下さい。会議の準備ができないじゃないですか」
「あっ! すみません」
私は、慌ててテーブルの下から這い出た。
事務官は『ほらね』とばかりに、ロデリック殿下を見ていた。
「エルフィーネさん」
「はい」
「王妃様にお目通りいただくなら、女官服ではダメですよ」
「そうなのですか?」
「ロデリック殿下と行って、奥宮で仕度をさせてもらいなさい。あなたは南宮の職員代表です。我々に恥をかかせないように。いいですね?」
「はい、頑張ります!」
「――というわけで、殿下、後はよろしくお願いします」