王宮鬼ごっこ
幻の珍獣王子――もとい、ロデリック殿下は、改めて明るいところでよく見ると、確かに美形だった。整った優しい顔立ちは、色白の肌とプラチナブロンドが相まって、人形のように見える。
観賞するにはいいだろう。だが、親しくしたいとは思わない。
やけに愛想のいい笑顔がうさんくさい。
ここは先手を打って、土下座だろうか?
だが、私があの夜のゲロリーヌだと気づいていない可能性もある。わずかだが、ある。
慎重に行動しなければ、自ら墓穴を掘ることになる。
まずは、初対面のふりをするか。
「悩み事というわけではありませんの。でも、お気遣いありがとうございます――女官室にご用事ですか? 私でよければ承ります」
殿下は胸の前で腕組みをして、『ふうん』と言った。
「一筋縄ではいかないね」
「ほほほ。何のことでしょう?」
「招待客名簿を調べても、見つからないはずだ。王宮に住んでいたのだから」
げっ! 王子自ら捜索してたのか。ゲロリンのことは気にしないって言ってたくせに。嘘つき。
「君、今日こそ名前を教えてよ」
あれ? まだ名前、バレてない?
「ゲ……」
「ゲ?」
「いえ、カロリーヌと――」
「王族を騙せば牢屋行きだ。分かっていないと困るから言うけど、僕はこの国の王子だからね」
「――すみません。言い間違えました。エルフィーネです」
「エルフィーネ、僕はロデリック。もしよかったら、どこかで話せないかな? 二人っきりで」
もしかしなくても、よくない。どこかで尋問されて消される。秘密裏に。
「あの……まだ仕事中ですので」
瞬時に逃走経路を数通り考える。
「南宮の女官長に、許可を貰ってあげる。おいで」
い、行きたくない……
差し出され手が、ヘビに見える。
いや、いっそヘビだったら。シッポつかんで、グルグル振り回して、空の彼方に投げればいいだけだもん。
その時、奇跡のように目の前から王子が消えた。
「フィーネ? そんなところで何をしているの?」
扉を開けたルイーゼが、不思議そうな顔をして言った。
「後で話す!」
扉の向こう側から王子が出てくる前に、私は走り出した。
「エルフィーネ! 待って!」
王子が背後から呼んだが、待てと言われて待つほど間抜けではない。
ハッハッハッ、足には自信があるんだよ。しかも南宮は、私にとっては我が家同然。モヤシっ子の王子など振り切ってみせる。
が、甘かった。
相手はモヤシっ子だが、強権の持ち主だった。
「騎士を使うなんてズルだぁっ!」
「その女官を捕まえろ! ケガはさせるな。丁重に扱えと、ロデリック殿下の厳命だ!」
丁重に扱う相手を追いかけるなよっ!
うわっ! 前方、横通路からガタイのいい騎士が現れた――くっ、先回りとは、卑怯なり。
「こら、娘! 王宮内を走るな」
騎士は、手を伸ばして私を止めようとした。
「兄上! その娘を捕まえて! ただし、無傷の方向で!」
後ろから、珍獣王子が叫んだ。待ち伏せじゃなかったのか。
兄上? 将軍職の第二王子、ロベルト殿下か!
「リック?」
ロベルト殿下は怪訝そうな顔をした。
そうだよね。弟王子と騎士たちに追っかけられてる女官なんて、変だと思うよね。
「その娘なんだ!」
ロデリック殿下の声が、背後から近づいてくる。
「これが?」
ロベルト殿下は、その大きな体で私の行く手をふさいだ。
ふっ……脇が甘いな、脳筋王子。
私は体を斜めにしてロベルト王子の足元に滑り込んで、捕まえようと伸ばされた手をよけた。
周囲から感嘆の口笛が鳴る。
私は低い態勢のまま、左側に方向転換をして再び走り出した。
階段を駆け上がり、次に下り、最後に駆け込んだのは、今日、財務長官様の会議が行われる予定の部屋だった。




