狸が人に化かされる
今日のロデリック殿下の予定は――
午後二時から西庭園にて、王妃様主催のお茶会に出席。他、未定。
他、未定? 未定って何よ。
とりあえず、西庭園には近づかないようにしないと。
メモを読みながら頷いていると、ふと、背後から不穏な空気を感じた。くるっと振り返ると、シャルロッテがニヤニヤしながらこっちを見ていた。
「お茶会の応援要員、代わってあげよっか?」
「いや、結構です」
何の嫌がらせだ、それは。
私は顔をしかめて、シャルロッテの横に行って、一緒に花を切り揃え始めた。今日のお茶会のテーブルに飾るミニブーケを作るのだ。
「私は、財務長官様の会議のお茶出しの方がいい」
このブーケ、余ったら会議室のテーブルにも飾ってあげよう。
「おっさんばっかりじゃない」
「おっさんは、愛想を振りまくとお菓子をくれるんだよ」
「どこのお子様よ。ほんと、あなたって色気より食い気ね」
金銭欲もあるよ。
「王妃様のお茶会の方が美味しいお菓子があるわよ、きっと」
シャルロッテを挟んだ向こう側で花を束ねているルイーゼが言った。
「あー、そうだろうな……シャルロッテ、もし残り物を貰えたら分けてね」
「はいはい」
シャルロッテは苦笑した。
「あ、ところで。フィーネ、あなた、ヘアピンを落とさなかった?」
「ヘアピン?」
「ああ、そうそう。ほら」
ルイーゼがポケットから銀のヘアピンを取り出して私に差し出した。U字になった側にピンクのビーズの花がついている。私が持っている物によく似てはいた。
「たぶん違う」
私は、首を横に振ってルイーゼにピンを返した。
「これ、クリスタルビーズだよね。私のはガラスだもの。それに、しまう時に本数を確認したよ」
貧乏人は、そういうところはしっかりしているのさ。
「そうなの? てっきりフィーネのだと思って持ってきちゃった。後でお姉様に返さなきゃ」
「ちょっと待って。お姉様って、ロデリック殿下の執務室担当の?」
「そうよ」
それにそっくりなヘアピンをつけていたのは――例のゲロリンした夜会の時だ!
なるほどね。よく似た物を『落とし物です』って言ったら、善意の第三者が人探しをしてくれるというわけだ。
殿下のお付きの方々は、やっぱり私を探していたのか……だよね……王子の服にゲロリン逃げはないよね。
「フィーネ? 顔色が悪いわよ?」
シャルロッテが怪訝そうな顔をして言った。
「うん……お腹痛いかも」
「あなた、食べ過ぎなのよ。お手洗いに行ってらっしゃい」
いや、そういうのと違うんだけど。ま、いっか。
「ちょっと行って来るわ」
一人孤独に今後の身の振り方を考えよう。
黄昏た気持ちで、部屋の扉を開けて廊下に出た。
うなだれて、ハアッとため息をつく。
「すごいため息だね。悩みごと?」
右側から、誰かに声をかけられた。
「もしよかったら、相談に乗るけど」
そんな簡単な悩みじゃないんだよと思いながら右横を向いて――アクアマリンのような瞳と目があった。
うげっ!
そこには紛れもなく私の悩みの元凶、幻の珍獣たる第三王子が立っていた。




