最悪の出会い
「髪、似合わないね」
私は唖然としながら、その言葉を発した目の前の美青年の顔をまじまじと見た。
白金のような髪とアクアマリンのような色の薄い青い瞳。細身の容姿はどこか中性的だ。
目をやらなくても、その場にいる騎士様たちが固まっているのが分かる。
『はぁっ? 今すぐ表に出ろや』
田舎の幼馴染み達ならそう言うことだろう。
でも今はそんな場合ではないので、曖昧に笑ってみせる。たぶん、引きつっているだろうけれど。まあ、この丸い童顔に大人っぽく結い上げた髪型が似合わないのは、自分でも分かってるしね。
まったく。調子に乗って夜会なんか出るんじゃなかったよ。部屋にいればこんな面倒ごとに巻き込まれなかったのに。
盛大に後悔していると、
「名前は?」
目の前の男が言う。
これは何? 尋問? なぜ私が――て、いうかそんな場合じゃない。
「あの……先にこの人、なんとかしてもらえませんかね」
私は、馬乗りして床に取り押さえている間抜け男を顎で示した。
彼は、『ああ、そっか』と頷くと、間抜け男の髪をガシッとつかんで、勢いよく顔を上げさせた。
待て。今のは痛かったぞ。首からグキッって音したし。
「やあ、テオドール。夜会は楽しんでもらえたかい?」
「ロデリック王子……くそっ、やはり罠だったんだな」
次の瞬間、間抜け男の顔は床に叩きつけられ、もう一度上に引き上げられた。
今、鈍い音したよね。骨か歯、折れたよね。なんか振動も伝わって来たんだけど。
「言葉に気をつけろ。ご婦人の前で汚ない言葉を吐くな」
いや、むしろ暴力行為の方をやめて下さい。ご婦人は汚ないモノを吐きそうです。
「ご婦人? 笑わせるな。ナイフを突きつけた男を投げ飛ばして床に叩きつけるような山猿だぞ」
聞き捨てならん。お前の上にゲロってやってもいいんだぞ――って、うわっ、やめて! バキッていった。今度こそ確かにバキッっていった!
「言葉に気をつけろと言ったはずだ。次は鼻だけで済まないぞ」
やっぱ鼻、いったのか! あ……想像しちゃった。もう限界。
「う……ぐ……もうやめでぐださい。ぎもぢわどぅい……吐ぐ……」
呻きながらそう言うと、私の下で間抜け男が悲鳴を上げた。
暴力よりゲロの方が嫌なのか。そうか。
次の瞬間、私の顔にいい匂いのする布が押し当てられた。
「これに吐いて」
すみません。お言葉に甘えます。
うずくまる私の頭上で、何かの指示が飛んだ。間抜け男が引きずり起こされたようだ。
胃の中が空になるまで吐いて、涙目で顔を上げると、アクアマリンのような瞳が心配そうに見ていた。
「だいじょうぶ?」
私は無言でコクコクと頷いた。
そして、自分が手にしている布を見て、気絶しそうになった。
これ、マントだよ。しかも、儀礼用の超高級品、いや、芸術品だあぁぁぁぁぁ。
どうする? 洗うか? 洗って返すか? でも、私なら洗っても二度と着ない。
「べ……」
「べ?」
「弁償します、これ」
「ああ、構わないよ。元はといえば僕のせいだし」
本人はそう思ってもさ、周りはそうじゃないんだよね。
ああ、クビかぁ……いい職場だったのになぁ。お給金いいし、ご飯美味しいし。
「ねえ、君、名前は?」
待てよ、私。まだ天は私を見放していなかった。
この人、私のこと知らないじゃない!
「う……」
「う?」
卑怯なのは分かっている。が、私は騎士ではない。身を守るためには、高潔さなど自ら穴を掘って地底の奥底深く投げ捨てる!
「うぐっ……また吐きそう――失礼します!」
私は片手で口元を押さえたまま立ち上がり、そのまま全速力で逃げたのだった。




