七話 まおうさま ひみつをこくはくする
あのあと、すぐに破裂音を聞きつけたお母さんがやってきた。
心配してくれたのだろう。五体満足な私とお姉ちゃんを見て胸をなでおろしていた。
一方お姉ちゃんは、真っ青になっていた。
別に惨状を目の当たりにしたからとか、母に叱られると思ったからではない。魔力の使い過ぎだ。練習として中位魔術に必要な魔力を何度も消費し続けてきた上、最後のアレである。
私は体験したことがないのだが――魔力欠乏症という、貧血に近い症状に襲われたのだと思う。目元を押さえ、「眩暈がする」とへたり込んでいた。
そのまま二人は強制連行。家へと連れ戻され、一階の普段食事をとっているテーブルに座らされた。
所謂、事情聴取というやつである。
「それで、何があったの?」
心配の反動か、目をつりあがらせたお母さんの姿はまるで鬼人だった。
――うう、こんな顔をしたお母さんを見るのは初めてだ……。
この表情は、悪戯を叱る母親のものなのだろう。
しかし、私は母に怒られたことがない。なまじ前世の記憶があるため、目立った悪戯なんてしたことがないのだ。自分で言うのもなんだが、品行方正な自慢の娘であると自慢できると思っている。
冷静に考えれば前世でも叱られたことなどはなかった気がする。
魔界は強きものが全てという思想の者が多数だったのだ。つまり、魔界最強の存在である魔王に対し、叱咤できるような立場の者はいなかった。代わりに、憎悪の籠った眼で見つめられることは多かったが――。
さて、話をもどそう。お姉ちゃんが叱られているのは――言って悪いが、日常茶飯事である。
優しいのだが、良くも悪くも行動力に非常に溢れている姉である。勝手に魔術書を読み漁っていたのは記憶に新しい。結果、厳しい折檻が行われたらしい。ぐったりとしているのを見て何があったのかと震え上がったものだ。
まだ気分が悪そうな姉に代わり、私が答えることにした。
「えっと、お姉ちゃんが中位魔法を使ったら威力がありすぎて……フーセンの木が消し飛んだの」
これ以上なく簡潔な説明だろう。
「ちょ、ちょっと待ってよ、アリシア! いろいろ説明が抜けてない!?」
焦ったお姉ちゃんが体調を押して突っ込みを入れてくる。
「アリシアが言うとおりに魔法使ったらこうなったんだからね!」
ぐぅ。事実である。私も叱られるのは免れないか。
「シンシア、嘘を言うんじゃありません! どうして三歳のアリシアが、貴女に教えられるっていうの?」
「う、嘘じゃないもん! 確かに少し不思議に思ったけど……すごくわかりやすい説明だったもん!」
お母さんはどうやら責任逃れのため、妹に押し付けようとしているのだと受け取ったらしい。
流石にお姉ちゃんが可哀想だ。
そうか、失念していた。
全く教育を受けていない子供が、中位魔法についてアドバイスを送れるはずがない。この村には魔法が使える人間が非常に多いため、ついつい忘れてしまうのだ。
ヒトは産まれつき魔法を操れる種族でないということを。
そう感じた私は
「魔術書を読んだから知ってただけだよ」
とホラを吹いた。
もちろん、実際に読んだわけがない。その場しのぎだ。
「馬鹿を言うんじゃないの! 封印しているのに貴女が読めるわけないでしょう!」
あ。
言われてみればそうだった。
かの魔道書は――私の目の前の姉のせいで――かなり厳重に管理されているのだった。
子供の手の届かない高さの棚に置くどころか、鎖で雁字搦めにされている。それを解くには鎖につけられた鍵を差し込むだけでなく、魔術による合言葉までかけられているという。
姉の行動はそこまで両親に衝撃を与えたらしい。
ううっ。
余計にお姉ちゃんの立場が悪くなった気がする。
これではまるで、嘘をついてまで姉を庇う妹の図である。いや、実際嘘なのだけれど。実際に責任の所在は私にもあるという意味でだ。
このままお姉ちゃんばかりが叱られるのは忍びない。
私は意を決して告白することにした。
「――本当のことを言うよ。実は、私魔力が見えるの」
◆
今度は嘘は言っていない。他にも秘密はあるが、話さないだけだ。私の記憶について、そのすべてを家族に公開するつもりはない。
我が子があり得ない情報を知っていた場合、親はどう思うだろう。
――やっぱり、気持ち悪いよね。
自分で予想しておいてなんだが、結構凹む。
その上、人間を滅ぼそうと転生した魔王なのだから始末が悪い。
もし正体がばれたら石を投げられた後、火炙りにされてもおかしくはないだろう。
「本当なの?」
半信半疑といった風にお母さんが答える。
「うん。お母さんには、すごく強い風と水と魔力が見える。お姉ちゃんは風と水、そして光だね」
生き物すべてが生まれ持つ魔力には属性というものがある。基本的に、光、闇、火、水、風、地の六元素だ。かつての魔界には光の、人間界には闇のマナは存在しなかったのだが、双星界となったことで両方を併せ持つことになったようだ。
属性は種族ごとに異なる。エルフは風の魔力を持つものが多いし、ドワーフは火と地の属性が濃い。
一方ヒトは特殊であり、あまり偏りはない。光・闇の魔力を所持している者が少ないことを除けば、あとは均等のようだった。そのため、光・闇以外の属性を合わせて四元素などと呼ぶそうだ。
ヒトは短命で繁殖力が強い。そのため世代交代の頻度が多く、多様な分岐をしているからだと私は考えている。
「……当たっているわ」
唖然とした様子でお母さんが呟いた。
「でも、アリシア。貴女には魔力がないはずでしょう?」
ここで言う『魔力がない』というのは、『魔法が使えない』という意味である。
実際は私が特例であり、万物に魔力は宿るものである。しかし、人間族や魔族は魔法が使えない存在を『魔力がない』と表現する。
本質的には魔力穴が未発達で、放出出来ないから魔法が使えない。だが、彼らは「魔力を持たないから魔法が使えない」と考えているのだ。
例え話をすると、カインの父が良い例である。
彼は息子以上に魔力を所持しているのだが、人間たちの価値観でいけば魔力がないとなるのである。
「そうだね、でも見えるの」
この認識の違いを、お母さんやお姉ちゃんに説明しても仕方がないので、あっさりと肯定しておく。
現状、魔法が使えないのは事実だからだ。
「そう、なのね……」
お母さんは口に手を当て、考え込むような仕草をしていた。
「どういうことなの?」
随分顔色のよくなったお姉ちゃんは、話についていけてないのか困惑していた。
「天恵かもしれないわね」
「天恵?」
今度は私が聞き返す番だった。
初めて聞く単語である。少なくとも、2000年前に聞いた覚えはない。
「2000年前、天使様が現れてからのことね。不思議な力を持った子供たちが産まれるようになったの」
――天使。
その言葉に、つい口元がピクリと動いてしまったのは母に気づかれていないだろうか?
「かつての勇者様もその一人だって聞いたわ」
ふむ? やつが?
そんな話は聞いたことがないぞ。私は首をひねるしかない。
もしかしたら、歴史上の人物に「あの人は天恵を持っていた」と後付しているのかもしれない。
まあ、そこまで否定するようなことではない。
それで私の説明がつくのなら万々歳である。
「何年かに一人産まれるぐらいみたいだけどね。昔あった人には、特殊な魔力を帯びた金属を作れる人とか、芋を育てるのがうまい人とかがいたわ」
……前者はともかく、後者は羨ましくないなあ。
「ふふふ、後の方はこの村のダロスさんなのだけどね」
察したのか、可愛らしくウインクをしながら母さんが言った。