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魔王様の復讐は失敗しました  作者: ぽち
序章 わたしに かぞくができるまで
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五話 まおうさま ありしあになる

 三つ目。これが最後になる。

 エイベル、セシリアををお父さん、お母さんと思えるようになったこと。昔話を聞いたあの日から、私の中で、何かが変質したのだ。





 翌日、私はお母さんの腕の中で目を覚ました。ぬくもりに安らぎながらも、記憶をたどってみる。

 ……そうだ。私はあのまま泣き疲れて眠ってしまったのだろう。


 ――ううっ、無様だ。


 羞恥に、頬が熱くなるのを感じた。

 感情の奔流に我を忘れ、泣き叫ぶだなんて……。まるで子供みたいだ――いや子供なのだけれど。


 ――ぐぅ。


 私の思考を遮ったのは起き抜けの空腹感だった。

 腹の音がなると同時に、衝動が襲いかかってくる。飢えによる苛立ちだ。


「ふ、ふぇぇ……」


 泣き声が漏れる。昨日までなら我慢できたはずなのに堪えられない。

 そのまま私は、狩りの準備をしていたお父さんが駆けつけ、お母さんが目覚めるまで泣き続けたのだった。





 授乳を受け、満腹になり「ふぅ」と一息ついたところを背中で叩かれる。

 げっぷを促すためだ。

 かつて魔族の部下たちの食事風景を覗いたとき、そのような行為はマナー違反であると不快感を示すものが多かった。しかし、赤ん坊においては例外らしい。むしろ推奨されるというのだから驚きである。

不思議なものだと内心、首をひねりながら


「けぷぅ」


 とげっぷをした。

 両親の寝室にはお母さんだけでなく、お父さんとアンナがいた。いつもならばお父さんは狩りに向かうはずの時間帯なのに。


「昨夜、突然アリシアが泣き出したの……今まで、一度も泣いたことはなかったのに」

「何か、悪いことでもあったのだろうかと不安になってしまってな」


 どうやら昨晩の醜態のせいらしい。

 両親は、私が病気や怪我をしているのではないかと心配してくれているようだ。


「……いえ、今まで泣かなかった方が異常なのでは?」


 私には普段姦しく騒いでいる印象しかないアンナだったが、珍しくこの場では一人冷静だった。

 異常扱いされてむっとした私が睨み付けるが気にした様子はない。


「旦那様、セシリア様、赤子が泣くのは、言葉の通じない周囲に自分の欲求を伝えるためです。むしろ、正常になったと考えるべきではないでしょうか」

 

 両親は神妙に考え込んでしまった。

 いつもならばアンナの様付けに注意が入るのだが、それすら忘れてしまっている。


「一応、治癒魔法を使っておきますね」


 アンナはそう言うと私の額に手をかざし


「神よ、この者を癒したまえ――【治癒(ヒール)】」


 と唱えた。

 緑色の光が何度か瞬く。

 【治癒(ヒール)】とは最下級の治癒呪文だ。その名のとおり傷を癒すだけでなく、体内の異常も検査する働きがある。異常があれば危険度に応じ、光が黄色や赤へと変化するのだ。

 

 ――治癒魔法の使い手までいるのか!


 私は驚愕しつつも、それを表に出さないよう無表情を貫いた。

 治癒魔法は特殊な魔法であり、私の時代では使えるものはそう多くなかったはずだ。

 適性のあるものは【癒し手】と呼ばれ、国に召し抱えられるほどだった。

 それが、このような――村長の子供である私が言うのもなんだが、あまり規模が大きそうではない――ライガット村にいるのである。

 やはりこの時代では魔術についての研究が相当進んでいるのだろう。


「何も問題はなさそうです。安心してください」

「……そうね、さっきも母乳が欲しいって泣いていたわ」

「今までは視線なんかで伝えてくるばかりだったものな」


 アンナの言葉に、二人は安堵のためか表情を緩める。


「もしかして、何か遠慮していたのかしらね」


 お母さんは私を見つめ、視線が合ったのに気づくと微笑んでくれた。私もつられて微笑む。


「アリシアが丈夫に育ってくれるならなんだっていいさ」


 お父さんは私の頭に向け手を伸ばした。そのまま頭を撫でつけられ、私はつい目を細めてしまう。

 部屋がまったりとした雰囲気に包まれる。窓から差し込む日差しが気持ちいい。満腹感も相まって睡魔が襲ってくる。私はそれに抗うことなく身を任せた。





「ふふふ、これ以上ないってくらい安心した顔をしているわ。……ありがとう、アンナ。貴女がいてくれて私、助かった」


 私はアリシアを抱きながら、アンナへと礼を言う。

 彼女は私の乳兄弟であり、親友でもある。五年前、「新しい村を作りたい」という私の願いを聞き、嫌な顔一つせずついてきてくれた。反対する人間が大多数だったというのに。


 あのころを想い返し、今のアンナを見比べるとつい笑いがこみあげてくる。


「――アンナが子供を苦手だなんて、この村に来るまでちっとも知らなかったわ」


 私が抱いていたかつての彼女のイメージは、どんなときでも冷静沈着で頼れる女性だった。

 しかし、彼女はアリシアの一挙一動にあたふたし、あろうことか悲鳴すら上げるのだ。あまりわがままでないアリシアはマシな方だ。シンシアのときなんて、怯えるアンナにシンシアが怯えるという負のループが完成してしまっていた。


「別に苦手というわけではありません。ただ、何をしてあげたらいいのかわからなくなるだけで……」


 とはいうものの、アンナに知識がないわけではないことを私は知っている。かつての職務上、教育を受けているはずなのだ。

 一人目のシンシアならまだしも、二人目のアリシアでもこれである。まるで成長していないではないかとついつい口出ししてしまう。

 アンナが口をもごもごさせているところ追撃する。


「もう。それで自分の子供が生まれたときはどうするの?」

「セ、セシリア様。私は結婚する予定などありませんっ!」

「『様』じゃないでしょう?」

 

 敬語に関しては彼女の性質なのだろうと諦めている。基本的にどんな相手でも敬語で接するのが彼女のスタイルだ。


「それに、痩せれば貴女を放っておく男性なんていないと思うわよ?」


 しどろもどろになっていたアンナへとウインクしながら言う。

 かつての彼女は、スレンダーで同性の私も見とれるほどの女性だった。

 眼鏡美人というものだろうか。鋭い目つきは、上品に結い上げられた茶髪と相まって知性的な印象を与えていた。容姿に合わない高い可愛らしい声も、ギャップが却ってチャームポイントとなっていたと思う。

 その上、治癒術師としても一級品の腕を兼ね備えている。怪我を癒されるうちに恋に墜ちた男性も少なくないはずだ。


 が、それもかつての話。

 今の彼女は――ふくよかといえば聞こえはいいが――かなりふとましい。何度も注意しているのだが、ダイエットなどすることもなく、ぶくぶくと膨れ上がってしまった。それも現在進行形。

 その度、


「この村の食事が美味しすぎるのが悪いのです」


 などというのだが、私にはわかっている。

 村に移住してお目付け役がいなくなったのが全ての原因だ。かつての職場の厳しい規則から抜け出した反動がこれである。

 婚活を抜きにしても、いつか体調を崩してしまうのではないかと気が気でない。医者の不摂生など笑えたものではない。そういうと


「そのときは治癒魔法でなんとかします」


 と悪びれもなく答えるのだから困ってしまう。


「――そろそろ、俺は行くよ」


 エイベルが、咳払いをして自分に注意を集めてから言った。

 本来ならば今日も狩場へ行く予定だったのだが、アリシアのことを心配して残ってくれたのだ。今日の狩場は遠い。普通の狩人ならば遅いぐらいの時間帯になるが、彼ならば問題ないだろう。

 優しい夫へと軽い口づけをしてから見送る。


「ごほん――」


 今度咳払いをしたのはアンナだった。


「そういうのは他人のいないところでやってくださいませ」


 真っ赤に頬を染めてしまっている。実のところ彼女はとても初心で、男性と付き合った経験すらないのだとか。


「そろそろお昼でシンシアの帰ってくる時間でしょう?」

「そうね、食べていく?」


 シンシアは今日もお隣のカインと一緒に遊んでいるのだろう。――追いかけっこやおままごとといった遊びならばよいのだけど。

 愛娘は父親に似たのか、非常にお転婆に育ってしまった――そう言うたびエイベルが苦笑いするのはなぜだろう?

 この村には同年代の子が少ないのもあるのだと思う。カインより上の子たちは、冒険者を志したり王都に憧れたりで村を出て行ってしまったから。


「いえ、私はお暇しますよ」


 アンナはすっと立ち上がり、寝ているアリシアを優しく撫でると部屋を後にした。……寝ている子供なら平気みたい。

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