五十話 まおうさま ふたたび らちされる
私が事前にリゼルグから説明を受けていたところ、これから私たちが向かう港は人身売買を行う秘密裏なものらしい。気取った言い回しで『裏口』なんて呼ばれているとか。
荷受けされた商品はここで出荷され、国中へと送られるのだ。
そのため、私はここで事を起こそうと思っていた。
残り一つの小さな魔石で出来る限りの騒ぎを起こし、リゼルグ親子とリリアたちを伴い逃走。
勿論、タイミングとしてはあまりよろしくない。
港となれば人が集中している。
追手の数も洒落にならないだろう。
私だって、本来の予定ならば、輸送途中に逃げ出すはずだった。
ある程度手薄であり、問題を起こしても周囲には発覚しない瞬間だから。ついでに私を探している依頼主とやらの顔を見れれば僥倖。
しかし、船に乗ってみれば様々な事情が変わってしまった。
リリアたちとは仲良くなったし、リルを治すという約束もした。
見知った顔の少女が奴隷として売り飛ばされるのを見過ごすわけにはいかない。
正義感とかではなく、単純に気に入らないから。
このタイミングでなければ私とは――恐らく永遠に――離れ離れにになってしまう。
リゼルグたちに関しても同様。
もし私が逃げ出せば、彼は依頼主から叱責を受けるだろう。
単なる報酬未払いで済めばいいが、下手をすれば命さえ――。
まあ、私は彼らと出会ったことで双星界について少しだけ詳しくなれた。
その対価のようなものだ。
そのため、事前にリゼルグたちとは打ち合わせをしていた。
リゼルグとリル、グドンの三人は、私を引き渡したふりをしてさりげなく姿を消す。
その間に私が出来る限りの騒ぎを起こす手はず。
残り一個の小さな魔石しかないのは若干不安を感じなくもないが、最悪そこらへんにいる人間から魔力を奪い取ってしまえばいい。
リリアたちは混乱をついて逃げ出してもらう。
捕縛の足輪の魔力は吸い尽くして機能しなくしてあるから、一瞬の不意はつけるはず。
最低限の護身用として、全員に【火種】を仕込んだ魔道具を持たせてある。注意を引くくらいはできるとは思う。
まあ、後は野となれ山となれとしか言いようがない。
◆
なんて計画を練っていたのだが、あっさりと無駄になった。
理由は簡単。
私が辿り着いたころには『裏口』は制圧されてしまっていたから。
小汚い港に似合わない純白の鎧を来た騎士たちが、ごろつきたちを締め上げているところだった。
見渡す限りの騎士、騎士、騎士――は大げさか。
とはいえ、『セイレーン号』を平然と取り囲めるほどの数はいる。
「ど、どうなってるのよ!」
様子がおかしいと思ったゴルトーが引き返そうとしたところで、背中に魔法の一撃を受け倒れ込んだ。
それを見て激高したピトーだが、あっさりと切り伏せられ――命は失っていないようだが気絶した。
相変わらず、無駄に生命力の高い男である。
騎士たちの統制された動きに隙はない。
リゼルグたちが逃げようとすれば、一瞬で命を奪われるだろう。
私としても、リリアたちを庇いながらこれの相手は骨が折れる。
そもそも状況がわからない。
すると
「アリシア様……でよろしいか?」
一人の騎士が前に出た。
明らかに他のものとは異なる、上等な鎧を纏っていた。
しかし見栄えのいいそれに反して、マントだけはボロボロに解れている。
兜をしているため顔はわからないが、声からするに老人、もしくはそれに近い年。
「そうだが。貴方は?」
警戒は解かない。
少なくとも敵ではないようだが、私の名前を知っていることだけはどう考えても説明がつかないからだ。
リゼルグに依頼した男……なのか?
魔石に手をやり、いつでも魔法を放てる構え。
しかし向こうは腰の剣に手をやることも、魔法を放とうとすることもない。
「失礼。顔も明かさず信用していただけるはずもないか」
彼は無警戒に兜を取ると、鷹揚にお辞儀をした。
禿頭の年老いた男である。
顔に刻み込まれた皺が年月を、抉るような傷跡が戦いを感じさせる。
「儂の名は、グレゴリ・ブローディア。巷では『勇者の父』など呼ばれております」
――『勇者』だと?
その父?
「その手の痣――貴女様が『聖女』であることに間違いはありますまい」
『聖女』?
なんだそれは。また私の知らない単語が出てきた。
「姫様から聞いていた通りの黒髪。…祖父君の血が出たのですな。目元はあの青年によく似ている」
私の困惑を余所に、グレゴリはわかった風に頷いていた。
そして
「皆の者、帰還するぞ!」
彼が勝鬨の声を上げれば、周囲の騎士たちも応えていく。
ええい、お前たちだけで盛り上がるな!
「は? ちょ、ちょっと待て」
「お話は後々。――失礼」
私は強引に抱きかかえられ、連れて行かれる。
あまりの展開に魔法を使うことを忘れていた。
――一言でいえば、私は拉致されて連れていかれた先で、再び拉致されてしまったらしい。