四十七話 まおうさま もっとしりたくないしんじつをしる
「……無理だ」
私の提案は、リゼルグの情けない声に否定されてしまった。
ならば最上級魔術を乱発しろというのか。
流石に疲れてきたぞ。
それに、手の甲の痣のこともある。
恐らくこれは膨大な魔力に反応しているのだと思う。
今までこの現象が起きたのは、初めてのときを除けば強めの魔法を使った時だけだ。
軽い魔法では怒らなかった。そして魔力が無くなれば同時に消える。
この現象がヒトによくあることなのか、それとも私だけなのかはわからないが、あまり愉快なものではない。
現在も【格納】に突っ込んでしまっているから見えないが、焼き鏝を当てられたような感覚だけは伝わってくる。
「どうして無理なんだ?」
「言っただろう。俺は魔力の操作が上手くないんだ。……【格納】に格納できるのは、精々手が触れた物だけ。それに、あそこまで巨大なものを吸い込んだことがない」
リゼルグの懸念は想定内のこと。
彼一人に全てやらせようとは思っていない。
「大丈夫だ。お前は天恵で裂け目の位置を教えてくれればいい。後は私がやる」
「どういうことだ?」
「次元魔法に似たものは昔使ったことがある。だから大丈夫だ」
「昔って……」
口が滑った。
このあたりを突っ込まれると面倒くさい。
「まあ任せろ。あ、その代り、小さな裂け目を開いておいてくれ」
「……わかった。任せるぞ」
おや。
意外なことにあっさりと了承された。
もっともめるかと思ったのだが。
散々実演が効いたのだろうか。
ちらりと目をやれば、『霊竜』の再生は完遂寸前。【零度】の氷牢を打ち破りつつあった。
――では動き出す前に始めよう。
◆
「首のあたりに一個。左端の管の付け根に三個、だな」
望遠鏡片手にリゼルグが言う。
ゴルトーから借り受けたものだ。裂け目は実際の距離以上に見えづらく、なんらかの補正が必要らしい。
――って
「ちょっとまて、裂け目とはそんなに多いのか?」
次元の裂け目とは、綻びのようなものと推測される。
二つの世界を強引に融合させた影響で、部分部分に弱い個所が出来てしまっているのだと私は思っていた。
「ん。ああ、そこら中にあるな。ここ十年程前からいきなり増え始めて、今じゃ裂け目がない地域の方が珍しいくらいだ」
リゼルグはきょとんとしていた。
こいつ、その意味がわかっていないのか?
「おかげで俺の魔法の使い勝手も随分よくなった。それまでは【格納】で資材を運んでも、裂け目がなくて取り出せないなんてこともあったからな」
二千年前、次元の壁はボロボロだった。
だから転移魔法が簡単に発動できたわけで……。
リゼルグが言うにはこの世界は裂け目だらけらしい。
それではまるで――
「――いや、終わってから聞く」
説明しようとするリゼルグを静止。
あまり時間はなさそうだ。
私は【魔力視】を行う。
……特に効果はない。魔力の流れと裂け目に特に関係はないらしい。
仕方がないのでリゼルグの言葉だけが頼りのまま、魔力を練り上げていく。
左手の人差し指で、細く練り上げたそれを糸のようにして進ませた。
「このあたりか?」
リゼルグにわかりやすいよう、魔力の糸の先端をちかちかと点滅させる。
こんな大道芸は一度もやったことはなかったが、意外とできてしまうものである。
「少し左、そのあたりだ」
リゼルグのお墨付きが出たあたりで準備完了。
“糸”は虚空を突き破り、次元の裂け目を少しずつこじ開けていく。
あんまり広げすぎても拙そうだからな。
「不死なる竜を異界へと放逐せん――【転移】」
二千年前に使っていた転移魔法。
それを今ここで最小規模にして発動させる。
ぱきり。
まるでガラスが割れる様な音がしたのは幻聴だろうか。
そして一瞬にして『霊竜』の存在は双星界から消えていた。
◆
「本当に倒しちまいやがった……」
「……」
感嘆している連中は無視。
私が【格納】から右腕を引き抜くと、くっきりとした痣が刻まれていた。
まあ、いつもどおりすぐに消えるはずだ。
そうたかをくくって私はリゼルグに話しかけた。
「ところで、裂け目の話なのだが」
「どうかしたか?」
「今はどうなっている……?」
リゼルグは周囲を探るようなまなざし。
私も同じようにきょろきょろ。
随分ひどい有様だ。帆はへし折れ、右舷はべっきべきに砕けている。
沈没しないのが不思議といっていい。
これでたどり着けるのか……?
……まあ、そのあたりは本職がなんとかするだろう。
「また増えたな。強引に放り込んだ影響かもしれん。ここら一体、裂け目だらけだ」
「やっぱりそうか」
彼は私の呟きに怪訝な顔をする。
何が「やっぱり」なのかわからないのだろう。
「リゼルグ、お前はもう二度と次元魔法とやらを使うな」
私は苦々しい顔でそう命令した。