四十四話 まおうさまと しゃーべっと
さて、どうしたものか。
私が今いるのは船内への入り口。
近場の柱に身を寄せ、投げ出されないよう四苦八苦しているところ。
『霊竜』とやらが激しく体をぶつけているのか、かなり揺れが激しい。さらに風は吹き荒れ、雨水が船体を打ち付けていた。
広がっていた血はすぐに洗い流され、そしてまた別の個所で新たな血が床を染めていく。
私はちらりとゴルトー達の方を見た。
彼らは私から随分離れた帆のあたりで乱戦を形成している。
「死になさいよ!」
中々の修羅場である。
部下を率いつつ、ゴルトーは突剣で不死者を貫いていく。
が、殆ど効果を得られていない。
それもそのはず。突剣とはさほど殺傷力の高い武器ではないのだ。
本来の用途は鎧の隙間などを刺し貫くことのはず。
私には何故彼がわざわざ突剣を使うのか理解できなかった。
他の船員は――そしてなれの果てである不死者も――大きく反った刀身の曲刀を使っているというのに。
まあ、ゴルトーは突剣にある程度精通してはいるようで、不安定な足場の中、器用に不死者の心臓を抉り取る。
生きたヒト相手なら即死だろう。
――そう、生きたヒトなら。
「――!」
致命傷を受けたはずの不死者は声にならない雄たけびをあげ、ゴルトーへと曲刀を振るう。
力任せの、技術の一欠けらもない一撃。その動きはまるで獣のよう。
ゴルトーは寸のところで躱すと、他の船員たちの後ろに隠れ、すぐに体制を立て直した。
不死者相手に人間の急所が通用するはずがない。
やつらはの本体は魔力により変質した魂そのもの。かつての骸は単なる操り人形でしかないのだ。
うーむ。
そんなことも知らないとは、彼らに対不死者相手の経験は薄いようだ。
頭領であるゴルトーがそうなのだから、末端も同じだろう。
このまま放置していれば無駄に不死者が増えるだけに違いない。
あ、たった今また一人増えた。
「兄貴ィ!」
いつの間にやら回復していたらしいピトーが、剣を手にしたままゴルトーへと駆け寄る。
あいつだけは何とか戦えているようだが多勢に無勢。
何しろ敵の数は減るどころか増え続けているのだ。
全滅も時間の問題か。
なんて思考していると
「アリシア! 一人で突出するんじゃない!」
背後から叱咤の声が響く。
リゼルグだ。
彼も私についてきたいと言い出した。そして、もし危なくなれば強引に連れだすとも。
「……!」
グドンも一緒。
彼はどこから取り出したのか、フルプレートの甲冑を纏っている。
「――【格納】。グドン、これを使え」
ああ。あの空間の中からか。
「……」
促されるまま、グドンが穴の中に手を突っ込む。
そして出した時には、巨大な盾と斧を手にしていた。
直径が私ほどの盾に、それに見合った斧。
これであれば不死者にも通用するはずだ。
「戦況はどうなってるんだ?」
「あまり芳しくはないな。放っておけば十分も持たないんじゃないか?」
あっけらかんと答えてやれば、リゼルグは絶句した。
聞いたから答えたというのに理不尽なことである。
「ゴルトーたちは?」
「必死なようだが戦い方がなってない。あれでよく船長をやっていられる」
不死者を滅する方法は大きく分けて二つ。
憑代である肉体の完全な破壊、もしくは魂の消滅だ。
どちらにしろ、あんな突剣では到底敵わぬことである。
「あいつの剣術は坊ちゃん育ちだからな……それに、あいつの専門は商売だ」
「ふぅん?」
よくわからないがあまり頼りにならないということか。
再び目をやれば、いつの間にかゴルトーの部下たちの三分の二ほどが不死者と化していた。
「そういえば、操舵士や航海士はこの場にはいないのか?」
「あほか。そいつらまで戦わせてどうする」
……重要なことだと思って聞いたのに呆れられてしまった。
であれば、彼らは私にとってどうでもいい。
しかし、無駄に不死者が増えれば、駆除にさらに魔力を消費するわけで。それは喜ばしくない。
仕方がないので私は声を張り上げることにする。
「お前たち、下がれ! そこにいられても邪魔だ!」
「はあ!? ってアリシアちゃん!?」
振り向いたゴルトーの顔が驚愕に彩られた。
「リゼルグ、あんた何やってるのよ! 大事な取引道具に!」
そして彼女はヒステリックに捲し立てる。
「知るか! お前らが何とか出来るならやってくれ!」
対するリゼルグはどこか投げやり。
まるで私が無茶苦茶をしているようで、少し理不尽に思う。
「兄貴、どっちにしろこのままじゃ無理だぜ! 下がるしかねえ!」
「馬鹿ね! 時間をかければ沈められて終わりなのよ!? 体勢を立て直す時間なんてないの!」
ゴルトーは冷静に戦局を見積もっているようだが、私からすれば余計なお世話である。
そもそも彼らにはこの状況を覆すだけの力がないのだ。
「っていうか、この数からどうやって逃げるのよ!」
いつの間にやら彼らは不死者たちに囲まれつつあった。
振り切るのは難しそうだ。
「まあ、それもそうだな。……話している時間が惜しいか」
私の呟きは、遠方にいるゴルトーたちには聞こえなかっただろう。
なので、大声で注意を喚起してやる。
「お前たち、死にたくなければしゃがみ込め!」
「はぁ!? 何言ってんだメスガキ!」
説明はした。
後はどうなっても知らん。
私は魔封じの腕輪の魔力を五分の一ほど使うことにした。
一体一体潰していたら時間がかかるし。
「凍てつくせ、――【氷霧】」
短めの詠唱を終えれば、戦場を極寒の冷気が支配した。