四十話 まおうさま ぜんりょくであそぶ
ごめんなさい。リディ、リリア、リルってややこしすぎだと気付いたので、リディの名前をウィンディに変えます。
炎の石で進化するわけではないです。
「あなた。今日のご飯はキノコのスープよ?」
「そーか。おいしそーだなー」
リルが食器を私に差し出した。
それを受け取ると、棒読み気味で答えてやる。
……私は何故こんなことをしているのだろう。
リルが食事を終えたのが数分前のこと。
彼女は久方ぶりの暖かい食事に舌鼓を打つと、とても私に好意的になった。
目的を考えればそれはいいのだが
「一緒に遊ぼ!」
と言われてしまいこの様である。
「お替りもあるのよ?」
「それはうれしーなー」
この茶番――いや、遊びはおままごとというらしい。
簡単に言えば、人形を使い、指名された役柄を演じる劇のようなもの。ただし脚本はなく全て即興のようだ。恐らく演技力を鍛えるための訓練なのだろう。
女は演技力が大事だと村の誰かが言っていた気がする。
今回の私は夫役。
リルはその奥さんである。
両者とも、粗雑な布によって作られたのっぺりとした人形。
これを想像力で保管して遊ぶというわけだ。
……もしかしたら、魔術の行使におけるイメージ力の鍛錬も兼ねているのかもしれないな。
「アリシアちゃん、もっとまじめにやってよぉー」
叱られてしまった。
言い訳するが、今までこのような遊びはしたことがない。
お姉ちゃんは基本的に活動的だった。そのため、遊びといっても追いかけっこやかくれんぼが多かったのだ。
それに剣術や魔術の修業に一生懸命だったし。
「す、すまない……」
「……ごめんね? 面白くなかった?」
私の反応にリルの顔が曇る。
リルは周囲に同年代の子がいることが少なく、私が初めての友達なのだとか。
……嘘とはいえ、遊び相手を任されたのは自分である。
ここは責任を取ってちゃんと演じるべきだろう。
「別に楽しくないわけじゃない。――夫という役柄が難しいのかもしれない」
夫婦という概念を意識したのはアリシアになってからのこと。
私には知識が不足しているのだ。
それに、今は女だし。
「うーん、じゃあ奥さん役する?」
「それも……少し難しいかな」
リルはいちゃいちゃしろというのだが、恋愛がわからない私には無理難題である。
うーむ。
出来ることならば、経験を活かせる役柄がいい。
「なら、何の役をするの?」
彼女の提案を受け
「そうだな。――魔王というのはどうだ?」
私はニヤリと笑った。
◆
「私はリル! あなたの野望を止めに来たの!」
「ククク、私は『魔王』アリシア! さあ、かかってこい。『勇者』よ!」
自分でいうのもなんだが、ノリノリである。
決して前世ではこのような台詞を吐いたことはないが、自然とすらすらと口をついて出た。
飾り気はなく、顔も能面のような人形だが、今の私にはかつての『魔王』のように思えてくる。
威圧的な魔力を放ち、黒衣を纏う『魔王』。
それが私の手の中にあった。
だが――
「『勇者』じゃないよ?」
「……は?」
リルの言葉に呆然。
では、私の目の前の人形はなんだというのか。
「私は『お嫁さん』だもん!」
「……何故『魔王』の前に『お嫁さん』が現れるんだ?」
理解しがたくて、つい素に戻ってしまった。
お嫁さんとは奥さんと同じものではないのか?
「うーん……愛、かなぁ?」
「すまない。理解しがたいのだが」
これはどう演じればよいのだろう。
『お嫁さん』を前にした『魔王』はどういうリアクションを取る――?
「か、かかってこい!」
思索の末出した結論は、とりあえず戦闘継続。
向こうも野望を止めると言っているのだから本意ではあるはずだ。
野望自体が何なのかわからないが。
「『魔王』様! その剣で私を好きにして!」
「……えっと、なら遠慮なく」
私は彼女の言葉通り、人形に攻撃させるような仕草をさせる。
すると、あっさりとリルの人形は苦悶のポーズを取り、動かなくなった。
「や、やられたー……って、どうして攻撃するの?」
責める様なリル。
「私は言われた通りにしただけなのだが……」
「違うよ。そこは戦いを止める展開なの!」
私は必死に弁明したのだが、お約束がわかっていないと叱られてしまう。
うむ。
とりあえず結論を下そう。
「すまない。私にはままごとは難しすぎたらしい……」
結論は敗北宣言であった。
◆
「じゃんけんほい!」
とりあえずままごとを止めた私たちは、次に何をするか話し合いになった。
先ほどの様子を気に病んだのか、早々にリルは私に決定権を譲る。
では、室内で出来る遊びをしようとなり、私が提案したのはこれ。じゃんけんである。
かつて、お父さんたちが村を作る前、異国を旅しているときに教えてもらったという遊びだ。
岩、剣、布を模した拳の形で勝敗を競うのである。
――石で剣が砕けるのは兎も角、布で包めば勝ちというのは納得できないものがあるが。
「あー、負けちゃったー……」
リルは呑み込みが早く、一、二回ですぐにルールを覚えてくれた。
「あっちむいてほい!」
掛け声をかけると、彼女は首を傾ける。
それと同時に私も指で方向を指示していく。
……残念ながらハズレ。
お姉ちゃんとやっているときにも感じたが、この遊び、反射神経と心理の読み合いという戦いにおいて重要な二点を学べる素晴らしいものだ。
残念ながら外してしまったが、次回は的中させてみせる――。
と私が考えていると
「ごほっ……ごほっ……」
リルが咳き込み始めた。
胸を押さえ、苦しそう。顔を顰めながら、何度も噎せ返る。
「大丈夫か!?」
駆け寄ると、彼女の背中を撫でてやる。
確か、胸が苦しいときはこうするのが良いとお母さんが教えてくれた。
「う、うん……ごめんね。燥ぎすぎたみたい……」
リルは目に涙を浮かべながら謝罪する。
だが少女の息は荒く、顔も蒼白になりつつある。あまり健康とは言い難い。
「仕方ないか……」
リルの様子を見て私は決意する。
とりあえずリゼルグへの口止めはするとして。
「彼のものに生きる活力を――【上位治癒】」
元魔封じの腕輪から魔力を取り出すと、治癒魔法を発動した。
◆
「……落ち着いたみたい」
「そうか。それはよかった」
リルの血色がよくなってきて、ほっと一息。
残念ながら治癒魔法は傷を癒すもの。病魔を取り除く力は上位レベルでもないのだ。
病の解決には専用の魔術が必要であり、残念ながら専門ではない私には病名がわからない。
今回、【上位治癒】で容態が回復したのは、治癒魔術に体力を回復させる働きがあるためである。
それだけ彼女の肉体は弱り切っていた。
恐らく、食が細いのも影響している。
「アリシアちゃんは【癒し手】様なの?」
「いや、私はただの村の子供だ」
「村?」
リルの疑問に私はこれまでを話すことにした。
島のこと――家族のこと――そして何も告げずに出て行ったこと。
船に乗るまでの間のことすべてだ。
「どうしてそんなことしたの?」
「私は王都を目指している。そのために、だな。」
「それって、本当に大事なの?」
無垢な少女の問いかけに、少し言葉に詰まってしまった。
だが、すぐに私は
「ああ。必ずやらなければならないことだと私は思う」
と応えた。
『魔王』の増殖。それに伴う種族間の対立。それを私は防がねばならない。
復活というワードも気にかかるのだ。
「……お父さんも最近そればっかり」
リルは寂しそうにそう言うと、語り始めた。
お嫁さんは多分槍とか弓とか杖が装備できる。