三十六話 まおうさま ものおもいにふける
私が今いるのはいつぞやと同じ暗闇の中。
一週間前と変わらず虚無。
一切の光は差し込まず、一寸先すら見通すことは出来ない。
「ふむ……」
呟いてみたものの、言葉は音とはならず、掻き消える。
足で地面を蹴るように突き出してみるのだが、空を切るだけ。
相変わらず魔力が満ち満ちているので、今までの分を取り戻すかのように吸収しておく。
……うむ。一安心。
どうしてここに辿り着いたのか。
一時間ほど前のことなのだが、魔力を取り込む間回想することにしようと思う。
◆
思いのほかあっさりとピトーを無力化してすぐ。
「お前、何をした?」
下手に騒ぎになる前にと別室に移動した後、リゼルグが私に訊いてきた。
見れば、彼の周りには魔力が依然漂っている。
臨戦態勢は解かないということだろう。
「別に。何もしていないさ」
身体が楽になってきたのでニヤリと笑ってやる。
ピトーという男、性格は屑だが魔力の質は悪くない。
惜しむらくは、その短気さゆえ、魔法の才はなさそうだということ。
「なら、ピトーはどうなったんだ?」
「さあ? 生きてるなら、三日もすれば意識を取り戻すんじゃないか?」
半ば自分がやったと認める様な答えだが、リゼルグは黙り込む。
彼の思案を待つ間に、奪った魔力は腕輪へと吸い込まれていった。
「腕輪で魔法は封じられているはずだろう……」
リゼルグのこれは、質問ではなく、独り言。
「ふむ――性質には気づいていないのか」
彼には聞こえないよう、小さく私は呟いた。
……そう。
この魔封じの腕輪。真の性質は魔法を封じるものではない。
――いや、封じる働きはあるのだが、魔法自体に影響を与えてはいないのだ。
さて。
魔法の発動を妨げるにはどうすればいいのか。
簡単な方法は二つ。
一つ。
いつぞや、ドミニクと戦ったとき同様、魔力を貯めこんだプールを破壊する。
魔法を弓矢に例えるなら、弓の弦を切ってしまうようなもの。
残念ながら、そのような便利なものを魔道具で作ることは出来ない。
働きが複雑すぎるのだ。
対して、もう一つは接触さえしてしまえば恐ろしく簡単。
ゆえに、魔封じの腕輪なんてものが存在する。
大本である魔力を吸い込んでしまえばいい。
先ほどの例えでいうなら、矢を全部盗んでしまうようなもの。
単純な帰結ではあるが、それ故に効果的。つまり、魔封じの腕輪の本来の働きとは、魔力が使えないギリギリまで対象の魔力を吸い尽くすもの。
魔力欠乏症に陥らないよう、数回に分けて吸収する魔紋まで刻んであるのだから芸が細かい。
……残念なことに、元から魔力のない私相手ではあまり効果がないが。
「何にしろ、だ」
考えても結論は出ないと思ったのだろう。
リゼルグは忌々しげに言った。
「ピトーは死んでいないようだが、これは反逆行為として扱われる。そのため罰を与える」
「折角、助けてやったのにご挨拶だな。本当に、あの距離で勝てるつもりだったのか?」
「……うるさい。お前を一日間、連れ去ったときと同じ世界に送り込む」
そういえば以前ゴルトーは、リゼルグが罰を与えに来ると言っていたな。それが、これなのだろうか。
「ふむ。それで、そこで何を?」
「……何もしなくていい」
奇妙な話だった。
罰だというのに、何もするなという。
私の知る罰というのは、ご飯抜きだったり、身体の一部を叩かれたりするものなので理解できない。
「それは罰なのか?」
「は?」
何故か、真顔で返答されてしまった。
「五感を封じられた空間に長時間送り込むんだ、常人なら発狂してもおかしくはない」
「そういうものなのか……」
ううむと考え込んでいると、リゼルグはそれが恐怖によるものと勘違いしたようだ。
「まあ、お前のためでもある。あれでゴルトーは、弟に甘い」
「……なるほど」
罰を与えたと知らしめつつ、匿う効果も……ということだろう。
私は二つ返事で了承し
「【格納】」
虚無の世界へと送られた。
◆
「はあ……落ち着く……」
半ばうっとりとしながら、私は呟いた。
もちろん、同様に言葉は言葉にならない。
それでも声が出てしまうほど、ゆったりとした気分なのだ。
近しいのは、家でお風呂に入っていたときの感覚。
まるで、身体がぐずぐずに溶けてしまいそうなほどの心地良さ。
自分では確認できないが、今の私は蕩ける様な顔をしているのではないだろうか。
完全に体の不調は消えている。
むしろ、ようやく求めていたものが与えられたと喜んでいるぐらい。
私は確信した。
ここ数日の不調の原因は魔力欠乏症であると。
◆
この世界の生物の成長には魔力が必要不可欠である。
種によって程度の差異はあれど、魔力が肉体を構成する一部分であることに変わりないのだ。
そのため、普通の生物は太陽光や栄養から魔力を創り出す。
しかし、私には魔力がない。
いや、正確には魔力を創り出す器官が欠如しているというべきか。
正確に調べたわけではないが、状況から推察するにきっとそう。
では、どこから補うか?
答えは簡単。食事である。
肉や野菜に残留している魔力を取り込み、その糧とするのだ。
証明も兼ね、私の今までの食事を振り返ってみようと思う。
幸い時間もあることだし。
まず、赤ん坊のころの授乳期。
お母さんは高位の魔術師だった。当然、魔力も豊富。
体内のそれが母乳に溶け合い、私を育てたのだろう。
次に、村での食事。
「土地自体の魔力濃度が高い」とダロスは語っていた。
つまり、それだけ生息する動植物に残留する魔力も多かったのである。
だが、それでも一般的な食事量では足りなかった。それゆえに、暴食にふけってしまったのだと思う。
更にダロスの作り上げた芋。
土地への適応が施されたそれは、特に魔力量が突出していたというわけだ。だからあれだけは妙に腹持ちが良かった。
結論からいえば、私の魔力問題は今なお解決していない。
魔法のためだけでなく、生きるためにも魔力が必要なのだ。
今、魔封じの腕輪に大量の魔力をかき集めているが、それもいつかは尽きるだろう。
漆黒の闇の中、私は思索を巡らすことにする……。