表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王様の復讐は失敗しました  作者: ぽち
二章 わたしが ゆうしゃと であうまで
42/60

三十四話 まおうさま いしきをうしなう

「はあ、エイベル様にもう一度会いたい……」


 私は、まるで乞うように甘えた声を上げるティニーから目を反らし、ため息をついた。

 ……恐ろしいことに、いつものどもり癖が消えている。


 すぐに目を反らしたのだが、彼女の瞳はいつぞやのアンナと同じ――恐らく恋する乙女のものだった。

 彼女は十五歳。ドワーフにしては若い部類。

 十年前といえば五歳である。そのとき、一目惚れしたのだろうか……。


 ――私の家に波風が立っても困るため、お父さんのことは黙っておく。


「それで、その『英雄』の活躍でレギオニアの被害は殆どなかった……ということか?」


 私はティニーを無視し、リリアに問いかける。

 とっとと話題を変える。これが重要だ。


「まあ、そうなるわね。だから今のレギオニアがあるの。とはいえ、無傷ってわけにはいかなくて、当時の姫や治癒術師に薬師、騎士団長たちが亡くなった……って聞いてるわ」

「ふぅん……」


 このあたりは私に関係のない話のようだ。

 残念なことに、『英雄』の聖痕(スティグマ)についてはリリアとティニーに訊いてもよくわからなかった。

 ……あれ(・・)は世の中に複数存在する方がおかしい代物なのだが。


 なので私は二人との会話をいったん打ち切った。

 下手に口が滑るとティニー相手に面倒なことになりそうだし。





 その後、ミミーナやウィンディにも『英雄』とやらについて問いかけてみた。

 二名の回答は全く分からないとのこと。

 とりあえず、この件については王都に着いてから調べることにしよう……。


 もう一度自分なりに情報を整理してみるか。

 そう考えた私は立ち上がり――猛烈な眩暈に襲われた。


 身体から力が抜け、視界が歪む。


 どちらが上か下かもわからない。


 曲がりくねった床の上では、真っ直ぐ立つことすら叶わず、足から力が抜けていく。


 えらくフラフラと揺れる。

 そんなに波が激しいのだろうか――と考え、揺れているのが自分なのだとようやく気付いた。


 ――あ、これは不味い。


 意外なことに、私はこの状況でも平静さは保てていた。

 伊達に長年生きてきた――そして死んだ――甲斐はあるということだろうか。


 だが、胃から込み上げる酸っぱい感覚は別。

 失われた平衡感覚が、まるで私を押しつぶすかのように圧迫してくる。


 ついには、完全に体勢が崩れ――だというのに、何故か私には一秒が何十、何百秒のように感じられた――私は前に向けて倒れ込む。

 受け身なんて取る余裕はない。

 それどころか、指一本すら動かせそうにないのだ。


 ――このまま、顔を打ち付けたら痛いだろうか?


 私はまるで他人事のようにそう思った。

 ここまで体の感覚が無くなれば、現実感もなくなってしまうようだ。


 



 ――が、いつまで経っても私と床とが挨拶をすることはなかった。

 一秒が無限大に変化しているわけではない。

 それどころか、いつの間にか感覚も正常化している。


 ……ただし、身体を包む倦怠感は変わることはなかったが。


「大丈夫!?」


 私を支えながら、紫の髪を振り乱しながら彼女は叫ぶ。

 ミミーナであった。


 彼女は、長い尻尾を器用に使い私が倒れるのを防いだのだ。

 ……今の私は、まるで物干し竿に吊られる洗濯物。


 そのままミミーナは私を引き寄せ、腕の中で抱きしめる。

 彼女と視線が合うと、瞳は揺れていた。


「ア、アリシア、どうしたの!?」


 尾によって視界は遮られていたのだが、声と共にどたどたという足音がして、他の少女たちも何事かと駆けつけてくるのがわかった。

 私は顔を上げ、彼女たちに笑いかける。


「なんともない」

「なんともないわけないでしょ!」


 リリアががなると、頭に響く。

 私が顔をしかめたのがわかると、彼女はごめんと小さく謝った。


「痛いところはない!?」

「……少し鱗が食い込んで痛い」


 血相を変えて叫ぶミミーナに、安心させようとおどけるようにして返してやる。

 残念ながら思ったような効果は得られなかったが……。


「どうしたら……」


 普段奔放なウィンディまでおろおろしだしたので、恐らく私の顔色はかなり悪いのだと察した。


「すまない、少し寝る。夕飯になったら起こしてくれ……」


 結局、私を中心に円を囲むようになってしまった。

 気恥ずかしいので、私は言伝を頼み、意識を手放すことにする。





 頬をぺちぺちと叩かれる感覚。

 あまり力は入っていないのだが、それでも眠りを妨げられるのは鬱陶しい。


「起きて、アリシアちゃん」

「ん……」

「夕ご飯の時間よ。食欲、ある?」


 ミミーナはまるであやすかのように私に訊く。

 私が口を開くまでもなく、ぐ~と別の個所が答えを返した。


「……大丈夫みたいね。風邪かしら?」


 安心したのか、ふふふ、と彼女は微笑む。少しだけ、彼女の仕草はお母さんに似ていると思った。

 そして私の額へと手を重ねる。


「熱はないみたいだけど……」


 部屋に目をやれば、リゼルグとピトーの二人が台車と共にいた。

 二人が今日の配膳当番らしい。

 ……理由はわからないが、いつもリゼルグはいる気がするな。

 監視のためだろうか。


「はい、お皿、持ってきたよ」


 私たちの会話を聞いていたのか、ウィンディが差し出した。

 手を伸ばし受け取ろうとした矢先――ミミーナが受け取ってしまった。


「む……?」


 困惑する私を無視し、彼女はスプーンを突きつけてくる。


「あーん」

「……?」

「お口、開けて?」


 まさか、食べさせようというのか?

 確かに強い空腹感があるのだが、それは、ちょっと……。


「自分で食べられる」

「駄目よ。病気のときは、誰かに食べさせてもらうものなの」

「そういうものなのか……?」


 私は一度も風邪を引いたことがない。

 前世ではそういう概念がなかったし、アリシアになってからは健康そのもの。

 だから、嘘かまことか皆目見当がつかない。


 そもそも、これは病気なのだろうか……?

 この倦怠感と眩暈。

 それに反した食欲の増加。島を離れてから徐々に頻度が上がりつつあるこの症状。

 どちらかといえばこれは――。


「と、芋か?」


 甘い匂いが私の鼻孔を擽った。

 そのまま視線をやれば、焼いた芋が皿の上にある。

 赤い皮に、ずいぶん黄色い実と、残念ながら、私が慣れ親しんでいる品種ではないようだったが。


「うん。今日は魚はなしだってさ。天気悪いから仕方ないね。……これからずっとこんな調子だろうけど」


 ウィンディは残念そうに言う。

 彼女の予測では、これから一週間ほど天候は荒れるらしい。船室の中だというのに、彼女は寸分の互いなく予測を立てる。


 ……そう、彼女には天恵(ギフト)がある。

 ヒト以外の希少な種族を商品とするゴルトー商会に彼女が捕まった原因がこれだ。

 本人いわく、天気がわかる力。

 農村の生まれだったが、大金を目の当たりにした両親に売られ、今ここにいるのだという。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ