三十三話 まおうさま あまりしりたくない しんじつをしる
「――ア……シ……ア? アリ……ア?」
少女の声が響いていた。
上手く聞き取れない。まるで、ぼやけたように音が聞こえるのだ。だけど、少しずつ苛立たしげな感情を帯びていくのはわかる。
「あー、もう!」
私の肩が掴まれた。
そして、少女はもう一度強く呼びかける。
「――アリシア!」
それでようやく私の思考は明瞭になった。
「……ん。ああ、リリアか」
私の呑気な返事に、目の前の少女――リリアは呆れた様な視線を送る。
「あんた、またボーっとしてたのね。最近、やけに多いし……あんたが話を聞きたいって言ったんだから、ちゃんと最後まで真剣になってよね」
「リ、リリアさんこんな口調だけど心配してるんだよ」
……そうだ。ようやく思い出した。
私はこめかみを抑えることで頭痛を誤魔化すと、少し前のことを思い出す。
彼女たち四人の話を聞いているうちに、ある程度この世界――『双星界』のことがわかってきた。
私は彼女たちから学んだ知識を纏め、事実かどうかを確認するためリリアとティニーの二人と話し合いをしていたのだ。
◆
この世界には二つの大陸がある。
私たちの住む大陸の名は『聖大陸クリスロード』。
人間たちの暮らす大陸である。歪な十字架のような形をしていて、かつての人間界を元として出来上がったらしい。
そのため、住民は人間族が殆ど。
もう一つは『魔大陸バルバトス』――私の名前を勝手につけるな恥ずかしい。
巨大な円のような形をした大陸。主に魔族たちが支配している。
恐らくは元魔界である。
聖大陸とは交流がほとんどない。だが、それ故に二種族の軋轢は最低限に抑えられているようだ。
今のところ重要なのは聖大陸について。
それに、魔大陸についてはあまり情報がない。
ミミーナが頼りになるかと思いきや、両親が聖大陸に移住してきてから生まれたため、魔大陸について全く知らないらしい。
◆
さて、聖大陸には五つの国家があった。
それぞれ人間族四種が治める国家が四つと、多人種国家が一つ。
双星界の成立以来、何度かの小競り合いがあったものの、繁栄を享受していたらしい。
――そう。全て過去の話である。
今となってはそのうちの二つ、ドワーフの国『ワルド』、ヒトの国『マニル』は存在しない。
多人種国家『レギオニア』に吸収されたのだという。
レギオニアは、聖大陸の中心に位置していた。
かつては、そこから延びる様な形で四つの国が存在していたのだ。
当然ながら交通の要所となり、複数の種族が入り混じる形で発展していったのである。
が、今から十年ほど前。
聖大陸を『災厄』が襲ったのだ。
見たこともない五匹の強大な魔物が突然、各国家に現れ、滅亡寸前へと追い込んだのである。
まるで、龍のような――だが数段禍々しいそれを、人間族は総称して『邪竜』と呼んだ。
――人間族は各々の力を結集し『邪竜』との戦いへ挑んだ。
その裏側には聖大陸に住む魔族の協力もあったのだろう。
そして、彼らは全ての『邪竜』を退けた。
だが、時間がかかりすぎた。
健闘虚しく、ワルドとマニルは滅亡。
今ではレギオニアに統治され、復興しつつあるのだという。
◆
「これであっているか?」
「……そうね。事実だわ。あたしが住んでいたのはエルフの国『エルグランド』だから、レギオニアのことはあまり詳しくないのだけど」
「わ、私はワルド生まれだったから、よく覚えてるよ。れ、レギオニアの人が助けてくれたときは嬉しかった……」
ティニーは震える声――まあいつものことだが――でそういうと、手を組み祈りを捧げ始めた。
なんという宗教だったかは忘れたが、彼女は敬遠な信者らしく、食事の前にも祈りを欠かさないのだ。
「ふむ……。にしても、レギオニアとやらは行動が速すぎないか? 豊かな国ではあったらしいが、それまでは小国だったんだろう?」
彼女たちの説明の中のレギオニアは、武力に秀でた国家ではなかった。
どちらかといえば、交易により立ち回る部類だったらしい。
だというのに、まず最初に『邪竜』を打倒したのはレギオニアだという。
そして、勢いのまま、滅亡に瀕したワルド、マニル両国の『邪竜』を討ち果たしたというのだから、違和感は拭えない。
「そうね。確かに不自然に見えなくはないけど、理由があるの」
「それは?」
「し、しらないの?」
心底不思議そうにする私を見て、意外そうにティニーが尋ねた。
一方、リリアは口元に人差し指をあてて笑う。
「ち、ち、ち。アリシアは結構田舎者みたいだからね。知らないのも無理ないわ」
む。
なんだか馬鹿にされてるみたいでムカッと来た。
……とはいえ、島育ちで世間知らずなのは事実なので反論はしない。
事実、少女四人に話を聞くたび知らないことばかりだった。
「もったいぶらず教えてくれ」
「わかったわよ。当時、レギオニアで一人のヒトの若者が立ち上がったの」
「たった一人?」
かつての『勇者』のような存在ならまだしも、ヒト一人が何をしようというのか。
私は話の概要が見えず、つい聞き返す。
「そうよ。彼は、神に認められた戦士だったの。聖痕を持ってたっていうんだから当たり前よね」
「……は?」
ちょっと待て。
聞き捨てならない言葉だったぞ。
私は口を大きく開けてあんぐり。
多分、自分では確認できないがとてつもなく間抜けな面を晒していたのではないだろうか。
「ま、待ってくれ。聖痕を持っていたということは、『勇者』なのか?」
「え、勇者様? そんなわけないじゃない。勇者様は二千年前の現れたクリス様ただ一人よ。最近、レギオニアに新しい『勇者』が出たって聞くけど、本当かどうか怪しいものね」
ああ、忘れていたがエルフは二千年前の『勇者』を信奉している者が多いらしい。
そのため、リリアは『勇者』の話になると熱く語りだす。……私が相対したあいつのことを教えてやったら、どんな反応をするのだろうか。
「え、え~っと。だ、脱線してますよ、リリアさん」
すかさずティニーが軌道修正しようと会話に入る。
ありがたい。『勇者』の真偽は今ここで論ずる必要はないのだから。
「十年前に現れたのは『英雄』よ。かつて『勇者』様と共に戦ったっていう、聖戦士の力を継ぐもの。彼らは、聖痕によって力を得ているの」
……頭が痛くなってきた。
私が二千年前に戦った『勇者』の仲間たちは『英雄』と呼ばれていたが、ただの人間族だった。
人間族の限界を超えた力を持っていたものもいたが、それは紛れもなく鍛錬により得たものだったのだ。
聖痕を持つものは『勇者』のみ。
それが、二千年前の人間界の大前提だったはずである。また『彼ら』というからには複数存在したのだろう。
この世界――双星界はどうなっているんだ?
リリアは私の反応を無視して続ける。
「その『英雄』がレギオニアの『邪竜』をあっという間に倒しちゃったのよ。で、次はワルド。最後にマニルに向かって、合計三匹の『邪竜』を討伐したの。それが昨今のレギオニアの隆盛に繋がっているわけ」
「わ、私も間近で見たけど、すごく格好良かった!」
「ふむ、ティニーはワルドの出身だったか?」
ティニーは何度も頷くと、説明しだした。
「れ、『霊竜』って『邪竜』が私たちの国に来たの……」
彼女が言うには、『霊竜』の生み出す瘴気には、周囲の死骸を不死者化させる働きがあるという。
戦死した兵が敵となり蘇る絶望感に国は打ちひしがれた。
ただでさえ不利な戦況での士気の低下。
滅亡を覚悟したそのとき――。
「で、でもそこにレギオニアの人が来てくれたの!」
珍しくティニーが興奮気味だが、それに構っている余裕は私にない。
それどころか、次の言葉が私の平静を大きく打ち砕いたのだから――。
「り、『竜殺しの英雄』様……! もう一度だけでいいからお会いしたいなあ……」
熱に浮かされたような彼女のセリフに、私は硬直。
……うちのお父さんです。