三十二話 まおうさま なかまをふやす
次の日、残りの二人に接触した。
彼女たちは私に対し、警戒を強くしていたものの、同時に興味も抱いていたらしい。
ぽつり、ぽつりと会話が成り立ち、身の上を話してくれるようになった。
そして四日が経過し――私がこの船に乗船して一週間が過ぎたころである。
◆
「いい加減離してもらえないか」
私は後ろにいる女性へと文句を言った。
現在の私は、がっちりと後ろから腹部を抱きかかえられ、全くの身動きが取れない状況。
――まだ肌寒い季節とはいえ、暑苦しい。
故に、彼女に呼びかけているのだが全く聞いてもらえない。
「いいえ、抱き心地がよろしいんですもの。もう少しこうしていましょうよ」
女性は紫の髪を靡かせ、妖艶に笑う。
彼女の名はミミーナ。
恐らく、この船の積み荷の中では最年長の女性である。
当人は少女と主張するのだが――少し無理があると私は思う。
ミミーナは、蜷局を巻いた尻尾を椅子のように形作り、私を乗せている。
――そう、彼女は人間族ではない。
魔族だ。
――ラミア。
ヒト型の上半身に蛇の下半身を持つ魔族。
初めて会ったとき、少女たちは毛布に包まっていたので私は気づかなかったのだ。
ちなみにこのラミア。
戦闘能力はさほどでもないのだが、魔族社会の中では重用される種族である。
理由は簡単。とてつもない子供好き。
そのため、魔族の上流階級では子守役として雇われることが多かった。
これは私の前世の話なのだが、ミミーナを見る限り変わりないようだ。
恐らく、彼女はその能力に目を付けられ、商品にされたのだと思う。
「アリシア、僕ともお話ししようよ」
「ウィンディか。……助けてくれ」
ウィンディが私に声をかけてくる。
彼女は、最初にいた奴隷の中では唯一のヒトである――多分。
「いやー、無理だなー。ミミーナさんに力じゃ敵わないし」
ウィンディはそう言って、水色の髪を指に絡ませ始めた。
見たところ、彼女はお姉ちゃんより少し上ぐらいの年齢。訓練の積んでいないウィンディに、弱小種族とはいえ魔族と力比べをしろというのは酷である。
それでも私は助けてほしい。
ううっ、船の揺れも相まって吐いてしまいそうだ。だというのに、お腹を押さえつけられるのはかなり辛い。
仕方がない。
背を腹には代えられないと、私は鱗に手をやると、思いっきり引きはがした。
基本的に強固なそれだが、油断した状況は隙間ができて驚くほど引っ張りやすい。
鱗とは身を守る鎧のようなものだが、裏からの衝撃には弱いのだ。
「きゃあっ!」
ミミーナは悲鳴を上げると慌てて私から片手を離した。
おかげで拘束が緩んだ――!
私は急いで全身で反動をつけ、ミミーナから飛び降りる。
ようやく解放された私は、一息をつくことが出来た。
一方ミミーナは不満げ。まあ、可愛がっていたらいきなり激痛が走ったのだから当然だろう。
だが、それだけ私が嫌がったのだとわかるとしゅんとする。
「ミミーナには困ったものだ」
私は、遠巻きに眺めていたリリアとティニーの元へ向かう。
二人は苦笑と共に迎え入れてくれた。
「あんたがそれだけお気に入りってことよ」
「は、はい。ま、まさか、あんなに暗かったこの部屋がこんなに明るくなるなんて……」
ティニーは信じられないとばかりに言った。
確かに、淀んだ空気に小汚い風景であることは変わらないものの、笑いに溢れているだけで幾分明るくなったように感じる。
少しは暮らしやすい空間になったのではないだろうか。
「……あんた、何したの?」
「私は話しかけただけだ」
この状況は、少女たちの持ち前のバイタリティによるものだ。
私は単に、各々の暮らしていた地域のことが知りたいという邪な動機で行動したに過ぎない。
あまりにも堂々とした私の態度にあてられたのか、いつの間にやら彼女たちも船員を恐れなくなっていった。
極端な話、彼女たちは商会の重要な商材なのである。
それに手を出すような愚か者は逆にゴルトーによって処罰されるのだ。
しかし、明るくなった反動か、女三人寄れば何とやらというやつで――私を除けば四人もいるのだから更にである――かなり騒がしい。
不思議なことに船員たちは何も言ってこない。ただし、一人の男を除けばだが。
「まあ、あんたと話してるとくよくよしてるのが馬鹿らしくなるもの事実だけど……」
「そんなことより、今日も二人の住んでいた国のことを教えてくれ」
「う、うん」
話しているうちに、幾分気持ちも落ち着いてきた。
私は二人に促し、本日の勉強を始めることにした。