三十一話 まおうさま こうさつする
船長室から奴隷用の船室に戻った私は、先ほどの会話で得た情報を整理することにした。
あの兄弟は何かとベラベラ喋ってくれるので、私としてはありがたいことこの上ない。
とりあえず推測できるのは三つ。
まず一つ目。
リゼルグは奴隷商人たち――ゴルトー商会といったか――に所属していないこと。
恐らく、私を攫うよう指示した依頼主の方から遣わされた人間なのだろう。
ただし、以前「クライアントの命令」という単語を使っていたのは覚えている。
依頼主と深い関わりのある部下であればそのような言葉遣いはしないはずなので、一種の用心棒のようなものなのかもしれない。
グドンに関しては情報がないので不明。しかし、雰囲気から察するにリゼルグよりの人間とみるべきか。
二つ目。
私の誘拐は突発的に計画されたこと。
現在、船に食料の余裕があまりないと言っていた。
そのせいで私は空腹を堪え今ここにいるのである。
――こほん。今は関係ないか。
これはつまり、最近になって計画が立てられたということを示している。
少なくとも綿密に練られたものではない。
もしそうであれば、セイレーン号の面々は補給を済ませてから島に向かったであろうから。
……つまり、私の情報を依頼主が掴んだのはあまり昔のことではない。
最近の出来事――といっても数か月前のこと――といえば、ドミニクの襲撃。それに伴う冒険者たちの追跡だろう。
ドミニクは兎も角……レミングたちから情報が漏れたということだろうか。
彼らは王都へと帰還していった。そして依頼主の在り処も王都。
残念なことに合致してしまう。
私としては、彼らのことを疑いたくはないのだが。
そして三つ目。
彼らと競合する勢力が存在すること。
船長室に向かう途中、観察していたのだが、彼らは明らかに船旅に手馴れていた。
私のような素人とは違うのだ。いわば熟練者である。
だというのに、このようなリスクを冒している。
ゴルトーは、私が法外な値段で売れると言っていたが……裏を返せば、クライアントにとって、それだけ急を要する案件だったということ。
補給もそこそこに航路を強引に変更させたことからも明らかだ。
……私が島を出たがっていたことを依頼主が知っているとは思えない。
ならばこのように急ぐ必要はないのである。
であれば、別の勢力より先に確保しようとした――と考えるのが自然ではないだろうか。
もしくは、期日が指定されていて余裕がないのか。
まあ、情報が少なすぎるので判別は出来ない。
――整理していると一つ思い出した。
ここから導き出される推測は、ますます残念なことである。
ピトーは私が魔法を使えると知っていた。
私が魔法を使えるようになったのは魔石を手に入れてから――シャドーウルフと遭遇してからだ。
更に魔法を使って見せた相手はドミニクとレミング一行だけなのである。
当然のことながらドミニクは論外。
……もし彼らと再会した場合、どう行動すべきか。考慮する必要があるかもしれない。
意気揚々とした船旅とはいかないようで、私はため息をつくしかない。
「だ、大丈夫?」
すると、一人の少女が声をかけてきた。
リリアではない。
まるで森のように深緑の髪。全てを吸い込む闇のような瞳。
背丈は私より少し高いくらいか。
だというのに私より筋肉質な腕。
……彼女はドワーフのようだ。
「ああ。大丈夫だ。心配して声を?」
「う、うん。あ、あの男の人、気に入らないことがあると私たちを怒鳴るの……だ、だから」
どもりながらも続ける少女を安心させるため、微笑んでやる。
すると、彼女も問題がないと理解したようで胸をなで下ろした。
恐らく、彼女が言っているのはピトーのことだろう。
商品に直接手を出すことはしないものの、恫喝を繰り返しているらしい。
「私はアリシア」
「わ、私はティニー。ご、ごめんね、名乗るのが遅れて」
名乗りと同時に私が手を差し出せば、ティニーも震える手で応えた。
乗船から二回目の握手成立。
……このような大人しい性格の娘は、私にとっても初めての相手である。
前世でもあまり出会わなかったタイプだ。
どう対処するべきか、いまいちわからない。
私がまごまごしていると、ティニーもまごまご。
にっちもさっちもいかない謎の光景が展開されてしまった。
そこに
「何してるのアリシア」
見かねたのかリリアが割り込んでくる。
小さく欠伸をし、目をしぱしぱさせていた。どうやら彼女は昼寝していたらしい。
「ああ、リリアか。……少し戸惑ってる」
「何やってるの……ええと、ティニーさん……でいいのかしら?」
「は、はい……」
「あたしはリリア。よろしくね」
「む……?」
二人のやり取りに怪訝なものを感じ、私は声を上げる。
名前すら知らないとは、まるで初対面のよう。
素直にそう訊いてみると
「その通り。あたしたちが話すのは今日が初めて。……言っておくけど、こんな状況で他人に話しかけるのなんて、あんたぐらいよ?」
「そういうものなのか?」
「……普通は将来への不安とか、売られる恐怖に打ちひしがれるものなの」
リリアは心底理解できないと言いたげに頭を押さえる。
「てっきり、夜啜り泣いてるから虚勢だと思ってたんだけど。まさか、話しかけたらあっけらかんとしてるんだもの」
「や、やっぱりアリシアさんだったんですね……」
合点がいったという風なティニーに私は赤面。
そこを穿り返さなくてもいいだろう。
「で、また別の女の子に声かけたわけ?」
「違う。私を好色家のように言うんじゃない。ティニーの方から話しかけてきたんだ」
「そ、そうです。心配で……」
「ええっ!?」
リリアの表情は、まるで信じられないものを見るようだった。
……ティニーから話しかけてきたことと、私を心配すること。
どっちに対してなのだろう。
「どっちもよ」
まるで見透かすかのようにリリアが告げた。
「この子はいつもおどおどしてるし。あんた、堂々とついて行っちゃうんだもの。心配するのが馬鹿らしくなるわ」
まあ、後者は昼寝なんてしている時点で明らかだろう。
だが、なんとなく癪である。
「……私を見ていると弟を思い出す、なんて言ったくせに」
「ああ、それ勘違いだったわ。少なくとも、うちの弟はこんなに無鉄砲じゃなかったもの。そっちこそ、お姉ちゃんにあたしを重ね合わせてたんじゃないの?」
「お姉ちゃんはリリアみたいに性格は悪くない」
お互いの視線が交錯し、火花が散った気がした。
「ど、どうしよう……」
そして、そんな私たちを見て困惑するティニー。
……なんだかそれがおかしくて、つい私とリリアから笑いが零れた。
「冗談だ、ティニー」
「別に本気で怒ってるわけじゃないのよ」
ああいえばこういう。
打てば響く様な少女と、純真な反応を返す少女。
こういう関係も悪くない。
私は少しだけそう思った。
……よし、決めた。
私は船旅の間、ここにいる少女たちと会話し、世界情勢について情報を得ることにする。