三十話 まおうさまと みたことのないいぎょう
リリアと話しながら昼食を取っていると、ちらちらと視線を感じるようになった。
残りの少女も私に興味を持ち始めたらしい。
船旅の間、彼女たちと交流を深めるのも悪くないな……。なんて思っていると、リゼルグがやって来た。後ろにはピトー。
……途端に少女たちが怯え始めた。
私を連れてきた三人組の内、リゼルグとグドンが訪れた際、そんな様子はなかった。
どうやらピトーだけはえらく嫌われているらしい。
まあ、島での嗜虐的な様子を見れば納得するが。
「どうした? 何か用か?」
リリアに断りを入れてから私は彼らの前に歩み出る。
少女たちをこれ以上怯えさせるのは忍びない。
早急に用件を済ませるべきだろう。
「ちっ、口のきき方を学べってんだよ……!」
ピトーは苛立たしげにつぶやくと、入口近くに置いてあった台車を蹴飛ばす。
ガタン! と大きな音が響き、台車の上の皿から汁が零れ、少女たちの悲鳴が上がる。
「不必要に騒ぎ立てるなピトー。不愉快だ。船長が呼んでいる。ついてこい」
「……わかった」
非常に残念なことに私はまだ食事中だった。
ただでさえ量に欠けるというのに、残したまま行くのは辛い。
しかし、このままピトーを留まらせるのも問題がある。逡巡して、私は仕方なく彼らに着いていくことにした――と、思ったところでふらり。
突如体の力が抜け、私は転びそうになった。
流石に寸でのところで堪えたが、リゼルグは見逃さなかったようだ。
「大丈夫か?」
「……単に船が揺れただけだ」
私は短く答えると、彼らに案内を促した。
◆
私のいる奴隷用の船室は下層に位置しているらしい。
何度も階段を登ってようやく船長室へと辿り着いた。
正直、私としてはもうへとへとだ。
この呼び出しが一度きりのことであることを願う他ない。
リゼルグが数回ノックをすると
「入りなさい」
と、ハスキーな声が返ってきた。
すぐにリゼルグはドアを開ける。
室内にいたのは、白塗りの化粧をした長髪の女……? いや、男なのだろうか。
女にしては体格がいいし、男にしては派手すぎる。
……残念なことに私には判別できなかった。
兎も角、豪華な金箔に包まれた衣装のヒトが座っていた。
「あたしが船長兼ゴルトー商会長のゴルトーよ」
一人称を見るに、どうやら、女性らしい。
「アリシアだ。……商会長とは?」
「ゴルトー商会は、あたしの立ち上げた人身売買の組織なの。ま、この船――セイレーン号っていうんだけどね――は、輸送船兼商会本部なのよ」
「兄貴はお偉いさん方からの覚えもよくてなぁ、今回お声がかかったってわけよ」
ピトーがまるで自分のことのように自慢してくる。
――と、少し待て。
兄貴……?
私の記憶が正しければ、男性相手の呼称のはずだが。
「ゴルトー。お前は魔族かなにかなのか?」
このような奇怪な魔族に覚えはないが、二千年も経てば新しい種族の一つや二ついるかもしれない。
私は素直に問いかけることにした。
「どういう意味だ、てめぇ!」
「止めなさい、ピトー。弟ながら馬鹿なんだから……あたしはヒトよ。まあ、美の化身って呼ぶ者もいるけれどね。例えばここにいるリゼルグとか」
「そんな呼び方はしていない」
「ふふふ、あなたみたいに、ヒトかどうか疑いたくなる気持ちもわかるわ」
どうやら二人は兄弟のようである。
……なんだか頭が痛くなってきた。
「それで、私に何か用があるのでは?」
とりあえずこの部屋からいち早く退散したくて、私は率直に用件を聞くことにした。
「顔が見たかっただけよ」
「は?」
それだけのために私の食事を中断したというのか。
私はいら立ちを感じ、無意識に前に出る。
「そう怒らないで。あなたを連れてくれば金に糸目はつけない……なんて言われてるのよね。わかる?」
「ふむ……」
「年の割に頭は回るみたいだけど……」
「余計な詮索はするな、ゴルトー」
興味を惹かれたところ、リゼルグが割って入る。
「こっちとしても、たったの五人しか商品を入荷してない状況だったのよ? うちは耐用年数がウリの商会だってのに。これを法外な値段で買ってくれるから帳消しみたいなもんだけど、気になっても仕方ないと思わない?」
「……消されたいのか?」
――リゼルグのそれは、明確な脅しだった。
ピトーが後ずさり表情を引き攣らせる。一方、ゴルトーは余裕の表情。手をひらひらさせ、おどけて見せる。
「冗談よ、冗談……上とやり合うつもりはないから、ね? あ、アリシアちゃん、戻っていいわよ」
私は言われた通りに踵を返そうとして――一つ要件を思い出した。
「こちらからも一つ言わせてほしい」
「何? 恨み言以外なら聞いてあげる」
「食事の量が足りなさすぎる。もう少しぐらい融通してくれないか。空腹で夜も眠れないくらいだ」
――一瞬の空白。
が、静寂はすぐに破られる。ゴルトーの大爆笑によってである。
……彼が落ち着きを取り戻すのにはかなりの時間を要した。
「あー、お腹痛いわ……。あなた、この状況でよくビビりもせず言えたもんだわ」
「私にとって火急対処してほしい案件なんだ」
「そのあたりが依頼主が欲しがる理由なのかもしれないけど――」
とゴルトーが言った途端、リゼルグがぎろりと睨み付けた。
「おーこわ。残念ながら、無理よ。食料の備蓄に余裕がないの。本来の航路とは大分逸れて魔の島なんかに立ち寄ったんだから。弟の頼みじゃなきゃ、引き受けるか微妙なところだったかもね」
構わず続けるゴルトーにリゼルグが歩み出る。
「はいはい、今度こそ黙るわよ。ま、そういうことだから大人しくしててね。下手に暴れでもしたら、このお兄さんが怖い目に合わせに来るわ」
彼の視線の先にはリゼルグがいた。
そういうのが好きそうなピトーではなく彼か。
私は気になったものの
「では、私はこれで失敬する」
大人しく部屋へ戻ることにした。
――私一人で戻ろうとしたところ、道に迷いそうになり、慌ててリゼルグが駆けつけたのはまた別の話だ。