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魔王様の復讐は失敗しました  作者: ぽち
二章 わたしが ゆうしゃと であうまで
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二十六話 まおうさまと おおぶね

 私がいたのは闇の中。

 何も見えず、何も聞こえず、何も触ることのできない虚無。

 ただ魔力だけが満ちた空間だった。

 懐かしも似た居心地の良さに転寝しそうになったところを、現世へと強引に引っ張り出された。


 明るい光に目がくらむかと思いきや、そこは薄暗い室内だった。


「ここは……」


 足元が揺れる感覚。

 これは、海の上か?

 初めての経験に少し興奮しそうになり、私は抑えた。


「船の上だ」

「泣き叫んだっておせえんだぜえ」


 魔術師の男の説明に、最初に私に話しかけてきた男が続く。

 もう一人の剣士はだんまり。

 このかなりの巨漢なのだが、寡黙なようで島で会話しているときも一言も発しなかった。


「船……どこに向かっているんだ?」

「王都だ。お前はそこで売られることになる」


 王都!

 これは好都合といえる。黙っていても彼らが連れて行ってくれるとは。


「ふむ……。私のことを事前に知っていたようだし、誰かに依頼されたということか?」 


 流れに沿って状況確認を行おうとすると


「そうよ、上客で――」

「やめろ、ピトー」


 ピトーと呼ばれた男が意気揚々と話しかけたところを、魔術師が止めた。

 流石に頭が回りそうな方はべらべらと喋らせてはくれないようだ。


「ええと、お前がピトー。それで、お前たち二人は?」

「てめえ! 口のきき方ってもんを――」

「だからやめろと言っている。クライアントの命令だ。できる限り傷をつけるな。……俺の名はリゼルグ、こっちのデカいのがグドンだ」


 リゼルグが名を呼ぶと、グドンはググッと筋肉を強調するポーズをとって応えた。


「よろしく、三人とも。私の名は――知っていると思うが、アリシアという」


 名乗りつつ手を差し出す。

 これは人間の文化で握手というらしい。

 以前、レミングたちに教えてもらったのだ。


 が、差し出した手に、カシャンと小さな腕輪がつけられた。

 光を吸い込んでしまうような漆黒。中央には小さな石が填められていて、とても目立つ。


「これは?」

「魔封じの腕輪といって、魔法を封じるものだ。先にも言ったが、貴様がかなりの使い手だという情報は知っている」


 魔道具(マジックアイテム)らしい。


 ――魔道具(マジックアイテム)とは、読んで字のごとく、魔法を封じ込めた道具のことである。

 かつて、『勇者』の使っていた神器も魔道具(マジックアイテム)の一種といえるだろう。


「ほう……」


 見聞すると、思わず感嘆の声が漏れた。

 この腕輪、中々興味深いものだ。

 これだけでここに来た価値はある。そう思えるほど。


「趣味のいい腕輪だな。どこで手に入れたんだ?」

「依頼主からだが……。何故、魔法を封じられてそんな態度がとれるんだ?」


 リゼルグに浮かんだのは困惑だった。

 ピトーも同様。グドンだけが状況を理解しているのかいないのか、無表情を崩さない。

 が、今の私にはどうでもいい。この腕輪、かなりの値打ちものなのは間違いないのである。


「返せと言っても返さんが……いいのか?」

「……なんなんだこいつは」


 ついにリゼルグは頭を抱え込んでしまった。

 この腕輪の価値がわからないとは、実に嘆かわしいことである。





 船室の窓から外を見れば、かなり大きな船が目に入った。

 ゆうに百人は乗れそうな巨体である。


 先ほど、ピトーという男に説明されたのだが、この海域を超えるにはかなり大きめの船でなければいけないらしい。

 しかし、それでは直接島に船をつけることは不可能なので、一度小舟に乗り換えなければならない。その小舟が、いま私たちの乗っているものである。


 当然のことながら、帰りは行きの逆で、大船に乗り換える必要があるというわけだ。

 ピトーとリゼルグはひょいひょいと――リゼルグの方が時間がかかってだが――ロープ伝いに登っていく。


 残念ながら私の筋力では同じことは難しい。

 と、それを見かねたグドンがひょいと私を抱え込むと、片手だけで器用に登っていく。


「感謝するぞ、グドン」

「……」


 途中で礼を言えば、案の定というか、返事はなかった。

 しかし、彼は頷きを持って十分に感情を表していたといえる。


 グドンに運んでもらった私は、大船へと辿り着くともう一度礼を言う。

 何故か彼は二度目の礼に、苦々しい顔をしていた。


「……お前は、本当にこの船がなんなのかわかっていないのか?」


 そんな私たちに、リゼルグが声をかけてくる。


「知らん。私は船など乗ったこともないからな」

「そりゃこんなガキなんだから当たり前か……これは奴隷商船という」


 ふむ。奴隷か。

 魔界にはそういう概念はなかったから、新鮮である。

 強力な魔族のほとんどは魔法を使えるため、奴隷を使う必要がないのだ。

 現に、人間界でもエルフの国などは奴隷は存在しなかった。いわば、労働力過多といっていいだろう。


「それで、これに乗っていれば王都に着くのか?」

「まあ、そうだが。お前は怖くないのか?」

「どちらかといえばワクワクしているな」


 聞いたこともない魔法。目の前の魔道具。

 リゼルグがおかしな顔をする。

 理解不能――そう書かれていた気もするが。



 そのあと、私は小さな輪っかを足につけられた。

 これも魔道具(マジックアイテム)の一つ。

 簡潔に説明するなら、指定された結界内からの脱出を禁ずるもの。

 破れば、耐え難い苦痛が襲うのだという。まあ、今回の場合は船の中となるのだろう。





 そうして、私は船室へと通された。

 十人ほどが寝泊まり出来そうなタコ部屋だ。小汚く、空気も淀んでいた。

 粗雑に放置されたボロ布が毛布替わりなのだろうか。幼い――といっても私より年上だが――少女たちが四人ほど包まって座り込んでいた。


「ここがお前の部屋だ」


 リゼルグに告げられ、指示に従う。


「私は仕事をしなくてもいいのか?」


 奴隷とは、持ち主のために働くものだと聞いている。

 必然的に、私にも何か仕込もうとするのではないだろうか。

 それに部屋で籠っているのも退屈だし。


「お前は違うが――こいつらは観賞用奴隷だ。下働きなんてさせるもんじゃない」

「観賞用奴隷とは?」

「そりゃ、貴族どもの……俺は、娘より小さいガキ相手に、何言おうとしてるんだ」


 リゼルグはハッとした様子になり、私は大体をその姿で察した。

 彼は、雰囲気を一掃するかのようにゴホンと咳払いをし、続けた。


「お前が船内で出来る仕事はない。黙って寝ておけ」

「何から何まで済まないな」

「――なんで攫ったガキに礼を言われなきゃならない」


 そう吐き捨てて、リゼルグは去って行った。

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