二十五話 まおうさまと きいたこともない じゅもん
私は、波に揺れる感覚がとても不快で目が覚めた。
辺りを見渡せば、暗い。
明かりもないのだから当然だろう。
つんと饐えた匂いが鼻を突き、私は顔をしかめた。
――ここは、どこだったかな。
どうやら、夢を見ていたらしい。
穏やかな、家族の夢。
周囲を見れば、私より少し上ぐらいの少女が粗雑な毛布に包まれ眠りについていた。
どの子も肌は汚れ、あまり良い扱いを受けていないことはすぐにわかった。
――そうだ。ここは船の上。
私がこの船に乗船したのは一週間も前のこと。
なんだったか、奴隷商船――とかいうらしい。
中途半端な時間に目覚めてしまった。最近、体調が悪いせいか、眠りが浅いのだ。
折角なので、私は少し前までのことを想起し、状況の整理をしてみることにした。
◆
ドミニクの襲撃があった日、レミングという冒険者はかなり興味深いことを言い残していった。
「魔王の復活という噂が巷で溢れ返ってる。それに同調して、魔王を名乗る魔族が凌ぎを削り合ってるんだ」
と。
レギオニアは民族の隔たりなく人間族、魔族が暮らす国であるので被害も大きいらしい。
由々しき事態である。
ドミニクのような小物ならまだしも、凶悪な魔族が行動しているとなれば、余計な波風を立たせかねない。
今のところ人間族と魔族に目立った対立は起きていないようだが、下手をすれば戦争すら勃発する可能性もある。
というか、魔王の復活って私のことではないのか?
もしそうであれば事態の収拾を図る責任がある。違うのであれば、次代の真の魔王とやらの顔を拝みたい。
まあ、ここまでなら「噂」でしかない。
もっとも興味を惹いたのが次の言葉。
「王都では『勇者』が見つかって、騒ぎになってるよ。噂は本当だったんだって」
『魔王の復活』とやらが現実味を帯びてきた。
二千年前同様、『勇者』が現れたということは、この世界に災厄が迫っている証左でもある。
「何か、そのものが『勇者』だという根拠はあるのか?」
出来る限りの動揺を隠しつつ、私は訊く。
「神の啓示があったらしいわ。その上、肩には聖痕があったとか……」
答えたのはミーシャという女だった。
彼女は上流階級とも付き合いがあり、そのおかげで情報が入ってくるのだとか。
聖痕――私の記憶によれば、『勇者』の証である。
かつて、天使が宝具と同時に授けたらしい。
宝具と違って私が実際に目にしたわけではない。だって鎧着こんでたし。勇者クリスの聖痕は胸元にあったとか。
敵対勢力に上半身半裸で立ち向かうわけがないのだ。
……というか、クリスは人間たちに『勇者』であることを証明するたび一々見せつけていたのだろうか。
今思えば、とんだ変態だな。
――思考が逸れた。
まあ、そんなわけで。
私は可及的速やかに王都へ向かう必要があった。
◆
王都に向かいたいのはやまやまなのだが、問題が一つ。
移動手段が無い。
私の住むライガット村は、魔の島と呼ばれていた。
当然のことながら、王都とは陸続きではない。
私は早速、そのことを両親に告げた。
「お父さん、私、王都に行きたい。王都に行って、勇者に会いたいの」
「それは……駄目だ」
「どうして?」
両親がこの村に入植したのはお姉ちゃんが産まれる少し前のことだと聞いた。
つまり、ここに来た船があるはずなのだ。
それを使えばいいと私は考えたのである。
「あの冒険者たちに出会い、外の世界に憧れが湧くのはわかる。だけど、アリシア。お前はまだ幼い」
「アリシア。確かに、シンシアやカイン君より年上の子たちはこの村を出て行ったけど、それはもっと大人になってからなの。……王都には危険がたくさんあるわ。もう少しだけ待ちなさい」
お母さんにすら止められてしまった。
渋々と私は諦めた……ふりをする。
成長するのを待って、争いが始まれば元も子もないのだ。
私はヒトとして生まれたが、思考は魔族寄りだと思っている。魔王気取りたちのせいで戦争になれば、巻き込まれた魔族に味方するだろうが、家族とは戦いたくない。
私の船を探す日々が始まった。家族には、厩舎に向かうと告げ、森を抜け沿岸へと向かう。
――が、数か月かけても一切の痕跡すら見つけることが出来なかった。
仕方がないので、ダロスを訪ね、それとなく聞いてみた。
あまり他人に私の目的を知られたくはなかったが、背を腹には変えられない。
「僕たちがこの島に来たとき、向こう側から船を出してもらいましたから。こちらに船がないのは当然です」
……意気消沈。
飛行魔法を使うことも考えた。
実際、この村を訪ねた冒険者たちはそうした。
しかし、この方法は現実的でない。
魔力が足りないのだ。
翼もなしに飛行するというのは、短時間であれば兎も角、大量の魔力を消費する。
ミーシャというエルフ、それを三人同時に行ったというのだから、実のところ、規格外の魔力を秘めていたのだ。
シャドーウルフを狩ることで大量の魔石を手に入れ、魔力問題は解決したかに思えた。
しかし、殆どがドミニクとの一戦で砕けてしまった。
そのうえ、あの魔物が魔力に満ちていたのは、ドミニクが注いだからであった。
普通の魔物であれば、狩るのに使う魔力とそれで手に入る魔石で同等――下手をすればマイナスになってしまう。
使い魔にしたドミニク経由で少量の魔力をかき集めては見たが、探索の際に使った魔力を考えれば帳消しである。
――万事休すか。
私があきらめかけたその時だった。
私は、最後のつもりで探索に出向いた。すると、見知らぬ男たちが現れた。
数は三人。
風貌からすれば剣士が二人に魔術師が一人の構成だ。
「よお、嬢ちゃん」
一人の男が前に出る。下卑た視線だった。
人相もよろしくない。明らかに村の住人ではなかった。
それに、腰に下げた剣から、血の匂いがする。
――これは、敵意?
いや、男の目に宿っているのは、獲物の前にした狩人のそれだった。
反射的に魔石へと手を伸ばそうとした瞬間、男が駆ける。
魔法を警戒したのだろう。
私の口を押え、そのまま地面へと引き倒す。
「へへっ、お前が魔法を使えることは知ってんだよ」
男は下品に笑う。
獲物を支配し、いたぶることを好む笑い。
しかし、私を支配したのは、痛みや恐怖でなく興味だった。
……どういうことだ?
この口ぶりからすれば、男たちが狙いは私自身のようだ。
奇妙なことである。
かつてのドミニクのように、両親を狙うものであれば自然だ。あまり語ってくれないが、どうやら私の両親二人は有名人らしいし。
考えられるのは人質。
だが、それならば、私が魔法を使っていることを知っているのはおかしい。
その上
「黒髪の女のガキ、間違いねえな」
「足がつくと不味い。早々に引き上げるぞ」
などと、明らかに私がターゲットだと仄めかしている。
……効率が悪いが、無詠唱でも魔法は使える。
しかし、そこから三人を相手にするのは魔力量が心許ないのも事実。
出来れば殺すよりは事情を問いたいところ。
私が逡巡していると
「彼のものよ、我が手に収まれ――【格納】」
聞いたこともない呪文が唱えられ、私は暗闇へと呑み込まれた。
島を出る経緯はギャグにしようか真面目に行くか迷って、家族を置いていくことを考えると茶化さない方がいいだろうと思いこうなりました。
でも相変わらず緊張感には欠けると思います。
……一話先を間違えてアップしてました。すみません。