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魔王様の復讐は失敗しました  作者: ぽち
一章 わたしの へいおんな ひび
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一章 エピローグ まおうさまの はじめて たったひ

 前話と同日投稿ですのでお気を付けください。

 これは、私が一歳ぐらいのころの記憶である。

 最近の私はよく昔のことを思い出す。


 特に現在に不満を抱いているわけではないが――。

 いや、もしかしたら寂しいのかもしれない。

 そこは素直に認めようと思う。


 兎に角。

 私の心情はどうでもいい。


 今はこの、心地良く懐かしい思い出に浸ろう――。





 ここ数日。私は自力で立つということに挑戦し続けていた。

 ヒトの赤ん坊というものはとにかく筋力がない。

 今の私は、四つんばいという屈辱的な姿勢で這うしかないのだ。


 これはいけないということで、かつてのような二足歩行を目指しているわけである。

 お母さんも


「そろそろアリシアが立ってもおかしくない頃よね」


 と言っていたことだし。


 ――私には前世の記憶がある。


 それ故に、幼児の肉体の感覚というものがわからない。

 前世のそれと、現世の未発達なそれが入り混じってしまうのだ。


 普通の赤ん坊であれば、周囲の真似をし、段階を踏んでいくのだろう。

 一種の手さぐり状態から始まるわけである。


 しかし、私の場合、立って歩くことを日常的に行っていた経験があるため、最初から完成形を求めてしまう。

 だというのに、幼子として過ごした経験はないのである。


 例えば、前述した四つんばいで歩くこと――「はいはい」というらしい――の存在を私は知らなかった。半年もして、ある程度成長すればすぐに立って歩けるものだと思い込んでいたのだ。

 私は、大して肉のついていない腕で体を支え、立ち上がろうとして――

 結果、自重を支えきれず、伏せる様に思いっきり頭を打ち付けた。


 まあ、そのような苦い経験があるため、周囲の反応を窺ってから行動しようと考えたわけである。


 この度、お母さんから許可が出た。

 早速、私は実行に移すことにした。


 「はいはい」の姿勢から、腕で床を押す要領で反動を大きくつける。

 そして、両足でしっかりと体を支え、バランスを取る。

 万が一にも失敗の起こりえない、完璧な計画であった。


「ふぁぁぁあーっ!」


 呂律のまわらないまま叫び、気合を入れると、身体が持ち上がった。

 第一段階成功である。


 次は踏ん張り、地に足を着ける!


 ……ここまでは良かった。

 が、私の両足はここで力尽き、身体のバランスが大きく崩れる。


「あわっ」


 慌てて立て直そうとするが、無駄な足掻き。

 へたり込むような形でしりもちをつく。

 だが、勢いを削ぎ落とすにはまだ足りない。


 後ろに転がり――運の悪いことに、そこには柱があった。頭と柱が激突する。


「~っ!」


 目の前が瞬き、星が見えた気がした。


 身体をぶつけた痛み、失敗した恥ずかしさ、上手くいかない悔しさ。

 この三つが混然一体となり、私を苛んだ。


「ふぇぇぇ……」


 涙が零れそうになるのを必死で堪える。

 空腹や不快を訴えるのならともかく、自分の見通しの甘さで泣き出すのは恥ずかしすぎる。


 だが、衝動を押しとどめるにはあまりにも無力。

 有無を言わさぬ感情の前に、私は泣き出してしまった。


「アリシア!」


 駆けつけてきたのはお父さんだった。今日はお休みで、隣の部屋で本を読んでいたらしい。

 私の黒髪を撫で、必死で宥めようとする。


 ――触られると、余計痛い。


「大丈夫か!? 何があった?」


 と聞かれても。

 私は言葉を話せないし、話せたとしても調子に乗って失敗しましたとは言わない。

 屈辱としか言いようがないのだ。


 涙は止まらない。

 自然と、私の指は柱をさしていた。

 ……本当に、無意識のことである。


「――そうか、柱に頭をぶつけたんだな。お父さんが、懲らしめてやろう」


 大真面目にそれだけ言って、お父さんは柱に向け


「こらっ! アリシアに謝るんだ!」


 と怒鳴りつけた。

 そして


「アリシアチャン。ゴメンヨー」


 と何故か片言で言い出した。

 ……まさか、柱を代弁しているのだろうか。


「ぷっ……」


 私は、つい吹き出してしまった。

 だって。

 だってあまりにも滑稽すぎるだろう。

 大の大人がこんな一人芝居だなんて。


 けらけらと、自分でも不思議なほど自然に笑いがこぼれた。


「お、笑ったな」


 お父さんは満足げ。

 まるで、一つの仕事をやり遂げたかのよう。

 それから


「それにしても、なんでこんなところで頭をぶつけたんだ?」


 と首をひねった。


 ――ふむ。


 明示してみるべきか。

 私はそう考え、先ほどと同じことをする。

 もちろん、今度は頭を打ち付けないよう、加減する。


「なるほど。お前は立ちたかったんだな」


 得心が行ったとばかりにしきりに頷いた。

 そして


「でも、いきなり立とうとするなんて無謀だぞ」


 という。

 お父さんが見せてくれたのは、物につかまりながら立つ方法。

 つかまり立ちというらしい。


 即座に実践に移る。

 お父さんは、俺に掴まれとばかりに、胡坐をかいて手を伸ばす。

 私はお言葉に甘えることにした。


 まず、太ももの部分に手をかけ、次に伸ばされた父の手にのせる。

 そして、少しずつ足に力を入れ――立ち上がる!


 そのまま、父から手を放す。

 ふらふら。ふらふら。

 危ういバランスをなんとか保ちつつ、私は、自立出来た。

 このときの私は――鏡で見たわけではないので推測だが――凄く自慢げな顔をしていたのではないだろうか。


 ――ただし、それはほんの数秒の話。

 そのまま歩こうとして、すぐにバランスを崩し、しりもちをつく。


 またもや頭から後ろに転びかけて――お父さんの腕に抱きとめられた。


「……お前は、呑み込みは早いが、なんでも自分一人で出来ると考えるのが悪いところだな」


 その瞳は、咎める様な……でも、とても暖かい眼差しをしていた。


 ……そうなのだろうか。

 私としては、特に複雑なことをしているつもりはないのだが。


「たまに、お前が本当に赤ん坊なんだろうかと考えるときがあるよ。でも、お前は俺たちの子供なんだ。だから、絶対にお前を守ってやる」


 そのまま、私は力強く抱擁されたのだった。





 この後、我が家が大変なことになったのは覚えてる。

 お母さんは「娘の初めて立つところを見れなかった!」と嘆くのだし、お姉ちゃんは自分より妹の方が早く立ったと聞いて、複雑な顔――多分対抗意識――をしていた。


 まあ、お姉ちゃんが初めて立ったところをお父さんは見れなかったらしいし、往々にして上の子の姿を見て育つ下の子の方が早く成長するものらしいけれど。


 ああ。

 懐かしいな。


 また家族に会いたい。

 でも、不本意ながら私にはやらなければならないことが出来た。


 だから、私は――

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