外伝 とある少年の追憶
俺が目を覚ますと、アリシアの布団の上だった。
はっとして腕を見たけど、何もなっていない。
何度も動かしてみたのだけど健康そのものだ。
……どうなってんだ?
慌てて起き上がろうとすると声がかけられた。
「カイン、起きたの?」
シンシアだった。
何処も外傷はない。彼女も、無事。
はぁ~。
あのとき、胸が張り裂けそうなぐらい心配だった。
薄れゆく意識の中、死ぬんじゃないかって不安はなかった。それより、シンシアの方が気にかかったぐらいだ。
一階に降りると、見知らぬ四人の大人たちがいた。
この人たちは、村よりずっと遠くから来た冒険者らしい。俺たちが対峙したあいつは、極悪の犯罪者だったんだとか。
感動に打ち震えた俺が必死にお礼を言うと
「いや、僕たちは大したことはしていないよ……本当に」
ってリーダー格の男の人が答えた。
レミングさんっていうらしい。
すげえ。
俺は素直にそう思う。
俺たちが手も足も出なかった相手に「大したことはしてない」だなんて。
やっぱ世界は広いんだな。
俺もシンシアも調子に乗ってたんだと思う。
確かにアリシアが危なかった状況だったけど、相手の力量を見極めず、踏み込んだ。
その結果があの様だ。
「……稽古をつけてください」
ふと、こんな言葉が口から出ていた。
この場にいた全員の目が、俺を向いた。
ハッとして、地に額が付きそうなぐらい、首を垂れる。
「お願いします。強くなりたいんです」
「私も、お願いします!」
シンシアも、俺に追随するかのように頼み込んだ。
「……多分、あんまり意味ないと思うよ」
レミングさんは困った風に言う。
……俺たちは、鍛えても意味がないってことだろうか。
頭をガツンと殴られたような衝撃。
レミングさんは、そんな様子を見て、急いで二の句を継いだ。
「君たちはエイベルさんやセシリアさんに鍛えてもらってるんだよね。だとしたら、僕たち程度が教えても、意味はないよ」
「でも……」
「レミング、こいつが言いたいのはそういうことじゃねえよ」
反論しようとした俺を、竜人のハルトさんが静止した。
「何かしてねえと不安なんだよ。自分が弱いんじゃないかってな。何でもいいから、我武者羅に吸収してえ年頃なんだ。俺も50年ぐらい前、ガキの頃はそうだった」
それだけ言って、ハルトさんはいたずらっ子のような笑みを俺に向け
「一週間だけだ。面倒をみてやるよ。よろしくな、坊主ども」
と告げた。
「ありがとうございます、ハルトさん!」
俺が礼を言うと、ハルトさんはすっと手を差し出す。
握手!
たった一週間だけだけど、俺たちに新しい師匠が出来た!
「ハルトさんもまだまだ子供ですけどね~」
「っていうか、宿はどうする気なのよ」
「竜石は出来る限り早く返却しないと駄目なんだけどなあ」
ハルトさんの仲間の人たちの呟きは、俺たちには届かなかった。
このあと、父さんたちが帰ってきて、ハルトさんたちに少しの間滞在してもらうこと。
それまで、空き家を貸すこと。
そして、来訪者を持て成す宴を催すことの三つが決まった!
一週間後。
あの人たちは帰って行った。
別れるのはとてもさみしかった。
でも、俺はあの人たちみたいな素敵な冒険者になりたい。そう、心に決めたんだ。
◆
吸血鬼騒動から数か月が経った。
ライガット村にも平穏が訪れていた――はずだった。
村の雰囲気は暗い。
誰もが浮かない表情をしていて……特にシンシアは、閉じこもりっぱなし。いつも泣き腫らした顔をしていて、かつての快活な姿はどこにもなかった。
本来なら、翌日にアリシアの誕生日を控えていたはずだった。
俺も客の一人として招待されていて、可愛い妹分に何をプレゼントにしようか迷ってる筈だったんだ。
一昨日、アリシアは「少し動物たちの様子を見てくるね」とドミニクと一緒に厩舎へ散歩に行った。
それは、吸血鬼騒動から見慣れたいつもの光景で、俺とシンシアはこれ幸いとプレゼントについて相談をしていた。
――そして日が暮れた。
おかしい。
厩舎が村の中とはいえ、こんなに時間になっても戻ってこないはずがない。
現に、普段は日が沈む前に必ず帰宅していた。
胸騒ぎがするのを抑え、シンシアの家に向かう。
もしかしたら一人で家に戻ったのかもしれない。そんな期待を込めて。
「カイン君? シンシア? アリシアは一緒じゃないの?」
セシリアさんの言葉に、ぎゅっと心臓が掴まれたような気がした。
俺はさっきからシンシアと手を繋いでいる。彼女が不安そうな顔をしていたからだ。
……恋する男としては、少しドキドキしないでもないんだけど、今はそんな気持ちは消し飛んでしまっていた。
「おかしいよ……」
シンシアが消え入りそうな声で呟いた。
「なんでだろ、すごく不安なの。あの日、アリシアが一人で抜け出したときぐらい……」
「――泣かないでシンシア。そろそろ、お父さんも帰ってくるはず。迷惑をかけてしまうけど、村のみんなにも声をかけましょう」
ポロリポロリと彼女の白い頬を涙がつたうのを拭いながらセシリアさんが言った。
「もしかしたらダロスさんやアンナさんの家で話し込んでるのかもしれねえ」
俺は、無理にでも明るい声を出す。
アリシアの介入で村のカップルとなった二人だ。とてもアリシアのことを好いている。だから、つい引き留めてしまっているのかもしれない。
希望的観測なのは自覚しながら、俺とシンシアは二人の家へ向かうことにした。
……結局両方の家にはいなくて。村のみんなが夜通し探しても見つからなかった。
彼女の艶やかな黒髪を思い出す。
俺はアリシアのことが好きだった。もちろん妹分として。
普段、どこかぴんと張りつめた糸のような雰囲気を纏った彼女だけど、姉のシンシアや家族といるときは柔らかくて。それが好きだった。
家族なんだって実感させてくれたから。
でも、あの日以来、アリシアはどこにもいなくなってしまったんだ――。