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魔王様の復讐は失敗しました  作者: ぽち
一章 わたしの へいおんな ひび
29/60

外伝 とある家族のピクニック

 今朝、唐突にお父さんの発案でピクニックに行こうということになった。

 いきなり言われても、用意は出来ないのではないかと私は思った。しかし、お母さんを見れば、問題ないとばかりに親指を立てる。

 どうやら、夫婦だけで計画されていたことらしい。


 私には理由がわからないので、少し揺れる視界の中ドミニクに尋ねると


『さぁな、家族サービスじゃねえのか』


 と返ってきた。

 家族サービス。そういうものもあるのか。


 使い魔にしたドミニクと私は精神的にリンクしている。

 そのため、距離に拘わらず会話ができるのだ。一種の念話である。


 彼は最初の方は私を恐れていたのだが、話をするうちにえらく砕けた態度になってきた。

 これが彼の素の喋り方らしい。


『ドミニクにもそういう経験はあるのか?』


 私は彼の記憶を覗き込んだが、それは直近のものだけ。

 あまり踏み込んだものまでは見ていない。


『ねえよ。俺は家族の落ちこぼれ。殴られ、蹴られたことはあっても、まともに扱ってもらったことなんて一度もねえ』


 悪いことを聞いてしまったか。

 私が渋面を作ったのを見て、ドミニクは


『今じゃそんなことはねえがな』


 と、視線を合わさずに言った。


『では、私に感謝しているか?』


 私は、ドミニクの鼻を指でつつきながら訊く。

 我ながら、少しいやらしい質問だ。


『んなわけねえだろ! 早く俺を元の姿に戻しやがれ!』


 案の定というか、ドミニクは憤慨する。

 翼をバンザイのように広げ、ぱたぱたと体を傾ける。

 少し可愛いかもしれない。


『戻してやってもいいが、まずお姉ちゃんたちにドミニクの正体がバレるぞ』

『ぐ……』


 ドミニクは言葉に詰まる。

 この男、村の住人達に餌を恵んでもらっては、ちょっとした芸を披露したりしている。それが失われるのは辛いようだ。

 ……いや、馴染みすぎだろう。


『次に、島を逃れたところで人目に着けば賞金稼ぎの的だろうな』

『……』


 こいつの立場は国宝を盗み出した反逆者である。

 レミングたちの報告次第ではあるが、まず命はないだろう。

 そこまで言うとドミニクは完全に黙り込んでしまった。


 さて、私が今どこにいるのかというと――。





 俺は今、愛娘のアリシアを肩に乗せている。

 理由は簡単、目的地までの距離が遠すぎて、三歳の子が徒歩でいくのは遠すぎた。懸命に自力でいこうとしたのだが、あえなく力尽きてしまった。

 一方、シンシアは全く平気そうな顔をしている。

 年の差もあるが、剣の鍛錬を積んでいることもあるのだろう。


 俺としてはアリシアにも教えてやりたいのだが、セシリアから


「本人が自分から学びたいと言わない限り、絶対に駄目よ」


 きつく言われてしまった。

 まあ、無理に学ばせてもいいことはないのはわかっているが……。


 そのあたり、シンシアは積極的に学んでくれるので助かる。

 不穏なものが立ち込めるこの時代、剣や魔法の心得があるに越したことはない。

 少し自信過剰になりがちなところがたまに傷だが。


 数か月前のこともそうだ。

 突如、森に現れた魔物たち。まさか陽動だとは思わなかった。


 万全を期すため、出来る限りの戦力を集中させたのだが、それが裏目に出てしまった。あの程度(・・・・)なら、俺とセシリアの二人だけで十分だったかもしれない。

 冒険者たちが駆けつけてくれてよかった。

 もし、村を、娘たちを失ってしまっていたら……悔やんでも悔やみきれない。


 俺たちは出来る限りの礼をしようとしたのだが


「僕たちは大したことはしていない」


 と謙遜の上、何故か逆に俺たちの方が褒め称えられてしまった。

 若者に――実際はほとんどが俺たちより年上なのだが――尊敬されていると言われても、その、困るな。


 あまり昔のことには娘たちに教えたくない。

 それこそが、この島に来て村を作った原因なのだから。


 さて。

 アリシアは肩に乗せた蝙蝠のドミニクとお話し中。

 俺の肩にアリシアが乗り、更にその肩にドミニクという、傍から見たら珍妙な構図だ。

 きぃきぃと鳴くドミニクに、時折頷いている姿を見ると、本当に言葉が通じているのではないかと思ってしまう。


 こいつは、村に吸血鬼が襲撃してきた日、怪我をしているところを冒険者たちに助けてもらったらしい。そのまま、アリシアに懐き、うちに居ついているというわけだ。

 家族を失いかけたその日、逆に新たな家族が増えたのだから、世の中はわからないものだ。


 ……とはいえ、俺が今まで生きてきた経験の内、蝙蝠が人に懐くなんて話は聞いたことがない。それに、どこかこいつからは魔物に似た気配を感じる。

 だが、実際に大人しく我が家に帰ってくるのだから仕方がない。

 ちろちろとミルクを舐める姿を見たら、疑いの心も薄れるというものだ。

 恐らく、アリシアと心を通い合わせたからここにいるのだろう。





 歩いているうちに、俺たちはようやく目的地へと辿り着いた。

 ここは村から西の森にある水場だ。

 泉には澄んだ水が湛えられ、光を反射し、煌めいている。爽やかな風が心地よい。


 不思議なことに魔物は入ってこないらしく、穏やかな空気が流れている。弱い動物たちの安息地といえるだろう。


「凄い! きれ~!」


 シンシアが燥ぎ、泉に手を突っ込んでは


「つめたーい!」


 と悲鳴を上げる。

 もう寒くなり始めた時期だ。この島には雪などは降らないが、それでも水温はかなり低いだろう。行水などすれば、すぐに風邪をひいてしまう。


 一方、アリシアは落ち着いたもので


「私、長く生きてきたけどこんなに美しい景色見たの初めてかも」


 なんて言っている。

 いや、全然落ち着いてないな。

 長くって、お前はまだ三歳だ。なんだかたまに大人びて見えるが、来月で四歳になる子供なのだ。

 どっちにしろ、少し興奮気味のようだ。


 そんな娘を見て、妻は穏やかな笑みを湛えていた。

 優しく見守る姿に、心が温かくなる。


 俺には母の、いや、家族の記憶がない。

 幼いころに魔物に襲われ、死んでしまったらしい。そして、孤児として放浪していたところをミューディに拾ってもらったのだ。


 様々なことを叩きこまれた。

 戦いの知識、生きていくための知恵、そして、力の使い方。


 それに、セシリアと出会った切欠を作ったのも彼女だった。

 やはり、彼女は俺の義母(はは)と呼べるのかもしれない。

 ……面と向かっては言えないが。


 実は、今回、ピクニックに出かけたのは、(アリシア)のおねだりをどうしても叶えることが出来なかったからだ。普段、我がままの言わない子。

 ……出来ることなら、娘のためになんだってしてやりたいのが親心だ。

 だが、その願いだけは叶えられない。

 残念ながらその勇気はまだ俺たちにはなかった。


 だから、埋め合わせとしてピクニックを企画した。

 最近、どこか思いつめた顔をしている娘の、少しでも気晴らしになってくれればいい。俺はそう考えたのだ。


 ふと、目をやれば、アリシアはお弁当の蒸した芋を頬いっぱいに詰め込み、セシリアとシンシアに苦笑いをされていた。

 賑やかな家族たちを見て、俺はほっとする。

 俺がかつて失ったものは全てここにある。

 いつか、巻き込んだ人たちを解放しなければならないのはわかっているが、今はこの穏やかさに身を任せたい。





「そういえば、ドミニクはどこに行ったんだ?」

「あ……多分、自分のご飯を探しに行ったんじゃないかな」


 お父さんに尋ねられ、私は曖昧に笑った。

 ……ドミニクは、この泉に近づくにつれ顔色を変え、飛び去ってしまった。

 私には遠くに行っていないことがわかるが……。


「弁当から分けてやろうと思っていたのに。勿体ない奴だな」

「本当にね」


 ……不憫な奴。

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