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魔王様の復讐は失敗しました  作者: ぽち
一章 わたしの へいおんな ひび
28/60

外伝 とある吸血鬼の安寧

 前回のお話とは時系列が前後します。

 ()は、窓から差し込む日光の眩しさで目を覚ました。

 毛布の上に寝かせられているのか、柔らかな感覚が彼を包む。


 ――俺は、一体。


 寝ぼけた頭では、事態の把握が難しい。

 まずはとりあえず、顔を洗おうと思い起き上がり――


 自身の腕が骨ばった皮膜と化していることに気づいた。

 慌てて自分の顔に手を触れると、頭上には巨大な耳の感触がある。


 ――そうだ。俺は――。 


 ようやく彼は昨晩の出来事思い出した。


 彼――ドミニクは、策謀を実行に移し――敗北した。

 結果がこの様である。

 人の姿を失うどころか、言語すら発せない。

 彼は今、哀れな一匹の蝙蝠でしかなかった。


『――助けてくれっ!』


 魔王を装うため、威厳を醸し出そうとしていた演技を忘れ、ドミニクは叫んだ。

 返事はない。


 口から洩れるのはきぃきぃという鳴き声だけだった。


 焦燥に呑みこまれそうになりながら、ドミニクは助けを求めることは止めなかった。


 ――うるさいぞ。


 すると、脳裏に言語が響いた。

 彼が聞いたこともない、地の底から響くような声。ドミニクには耳をふさぐことすら出来ない。音声自体が脳に直接流し込まれる様な感覚。


『誰だ、お前は!』


 ――私か?


 声に、嘲笑が含まれた。

 一拍おいて声が告げる。


 ――お前の飼い主だよ。


 ドミニクは抗えない圧迫感に襲われ、恐慌に陥ると、そのまま意識を失った。





「あ、目覚めたみたい!」


 ドミニクが再び意識を取り戻すと、眼前にいたのは巨大な少女であった。


 ――否。

 少女が巨大なのではない。

 ドミニクが小さいのだ。


 ――もし、この子が俺を殺そうとすれば――。


 一瞬想像し、ドミニクは恐怖に震えた。

 変形させられたばかりの四肢は貧弱であり、ドミニクは自分の意思で動けない。

 もし、この場で襲われればあっけなくドミニクは生涯を終えるだろう。


 ――そうだ。この子は俺が吹き飛ばしたヒトのうちの一匹だ。


 ドミニクは、目の前の少女に心当たりがあった。

 昨晩の戦闘で、彼の放った大魔法(・・・)に巻き込まれた一人。


「大丈夫? 痛いところはない?」


 だというのに、ドミニクに向けられたものは慈愛に満ちた眼差しであった。

 頭を撫でつけられ、ついドミニクは目を細めた。


 ――美しい。


 少女の銀髪が日光を反射し、煌めく。

 今まで、陰に這いつくばって生きてきたドミニクには、彼女が美の化身のように思えた。


「それにしても、魔物に襲われて(・・・・・・・)死にそうになるなんて(・・・・・・・・・・)、助けてもらってよかったね」


 少女の言葉に、疑問符が浮かんだ。

 ドミニクには、何の話かわからない。


 しかし、彼の反応などお構いなしに少女は続ける。

 そもそも、彼女は目の前の蝙蝠が人語を解するなど思いもしない。


「あたしも、冒険者さんに助けてもらわなきゃどうなってたか……ね、アリシア」

「うん、お姉ちゃんも気をつけないと。何かあってからじゃ遅いんだから」

「も~、わかってるよ~!」


 もう一人、少女より幾分小さいヒトが現れる。

 アリシアと呼ばれた黒髪の少女は、姉の言葉に答えたあと――


 ――美しいだと? 次に指一本でも触れてみろ。縊り殺すぞ。


 口を動かさず、ドミニクに語りかけた。


 姉とのお喋りで使われた鈴なりのような声とはまるで違う。

 ドミニクの脳に響いたそれは、先ほど彼を恐慌に追い込んだものであった。





 それから少し時間が経過し、太陽は真上に上り昼を告げていた。

 少女たちが昼食の芋を頬張る傍らで、ドミニクは山羊の乳を啜る。

 銀髪の少女――シンシアが魔法によって温めたものだ。


「お父さんたち、まだ帰ってこないのかなぁ」


 シンシアが心配そうに呟く。


「随分遠くの方に大量のブラッドオーガを配置したみたいだから。危険はないけど、時間だけはかかってるみたい」


 アリシアがまるで見てきたかのように言う。

 彼女は、ドミニクの肉体を作り変える際、ついでとばかりに記憶を覗き込んでいた。

 ドミニクはオーガを単に配置するだけでなく、可能な限り撤退して時間を稼ぐようにと指示を出していたのだ。


「……アリシア、なんでそんなこと知ってるの?」


 何も知らない姉からすれば当然の疑問である。


「えーっと。……天恵(ギフト)。そう、天恵(ギフト)の力だよ」


 どこか投げやりにアリシア。


「そ、そういうものなんだ」

「うん、そういうもの。あ、冒険者さんたち、お父さんたちに会いたがってたからそれまで滞在するみたい」

「本当!? あたし、もっとお話ししたかったから嬉しい! お父さんたちにも、お礼してもらわなきゃ」


 そして、下手に突っ込まれては敵わないと思い、強引に話題を変えていく。


「あ、ドミニクのお皿、空になってるね」

「ほんとだ。よっぽどお腹が空いてたんだね。……って、ドミニクって?」


 ドミニクは意識しないうちに乳を飲み干してしまっていた。少女たちの会話に聞き耳を立てるのに集中していたのだ。


「この子の名前。私がつけたんだ」

『――何のつもりなんだ? 俺を、殺すなら殺せばいいだろう!』


 アリシアの注意がこちらを向いたので、ドミニクが叫んだ。

 蚊帳の外のシンシアからすれば、いきなりきぃきぃと何やら鳴いているようにしか見えないのだが。


「お礼を言ってるみたいだよ」

「アリシア、この子の言葉がわかるの!?」

「うん。ねー、ドミニク」


 シンシアは、その翻訳が改竄されたものだと気づくことはない。

 そんな彼女を横目に、アリシアが答える。


 ――殺すつもりなら、こんな姿にする必要はないだろう? これから、貴様には片腕として働いてもらうぞ。なぁに、その分の報酬は用意してやるさ。


 にこやかな笑みとは裏腹に、ぞっとするような、冷たい響きだった。





 ()がこの姿になってから、一月が経とうとしていた。

 彼は、家主たちに暖かく迎え入れられ、家族の一員となった。


 簡易的な寝床で日の出とともに目覚め、森の魔物から少量の魔力を吸い帰還する。

 家主たちと同じ時間に、一日三度山羊の乳を与えられ、子供たちの遊び相手を務める。

 そして、魔力を指定された魔石に注ぎ込んで眠りにつく。

 そんなサイクル。


 時折、恐るべき支配者にからかうように語りかけられることを除けば、このような快適な生活は初めてである。


 ――この村にいる限り、彼を貶めようとする悪意は存在しなかった。


 ――この村にいる限り、彼に空腹という概念は存在しなかった。


 ――この村に、彼を討ち果たさんとする者は存在しなかった。


 不可思議なことに、彼を包むのは安寧であった。

 虐げられ、支配者を目指した彼は、逆に支配されることで一時の平穏を得たのである。

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