外伝 とある冒険者の帰還
「「かんぱーい!」」
僕たち四人は、王都に戻り、そこそこ上等な酒場で祝杯を挙げた。
今の僕たちはお大尽である。
仕事の報酬は大金貨五枚。四人で等分すれば大金貨一枚と金貨二枚、大銀貨五枚となる。僕たちの収入数年分だ。これだけの金額となると、流石に一夜ぐらい燥ぎたくなる。
実のところ、これでも大幅な減額を食らっている。ざっと十分の一まで。
肝心の宝玉の魔力は霞み、三分の一ほど輝きを失っているからだ。あのドミニクという吸血鬼、かなり無茶な使い方をしていたらしい。
正直、失敗と認定されてもおかしくない結果だった。
しかし、帰ってギルドに向かってみれば
「上からの命令とはいえ、お前らを捨て駒に近い形にしちまったのは事実だ。すまん。その分、報酬は出来る限り払うよう要請しといたからよ」
なんてギルド長に言われてしまった。
……どうやら、僕たちはかなり危ない橋を渡らされたらしい。
ぞっとする。
ハルトが
「いや、俺たちは何も――」
とバカ正直に告白しかけて、ミーシャの肘鉄で悶絶していたのは放っておこうと思う。
まあ、そんなわけで僕たちは打ち上げをしているわけだ。
「全員無事でよかったです~」
ムックバードのから揚げを頬張り、エールで流し込みながらムルムルが言う。
彼女は蟒蛇だ。どんどんエールのジョッキがテーブルに積み上げられていく。
「そうだね。偶然とはいえ、まあ、割のいい仕事ではあったよ」
僕たちのしたことと言えば、魔の島まで飛んで、そこの村のお世話になって帰っただけ。仕事ですらない観光のようなものだ。
「そりゃ、あんたたちはいいでしょうよ~。私が魔法で飛ばしてやったんだもん!」
しかし不服な仲間もいるようで。
ミーシャだった。顔を真っ赤にして管を撒いていた。
彼女はとても酒に弱い。
まだエールは一杯目のはず。だというのに、質の悪い酔っ払いになってしまっている。
まあ、彼女の発言にも頷けるところはある。
飛行魔法で丸一日かけてハルト以外を飛ばしたのは彼女。
追尾魔法を使っていたのも彼女。
僕たちはただついて行っただけだ。
「んふふふ~、でも、おかげであの魔道書が買えたの~!」
さっきまで不機嫌だったかと思いきや、もうご機嫌。
何処からともなく取り出した本に、頬ずりをしている。正直、少し引く。
あの魔道書のために、もらったばかりの大金貨は一瞬で消えたらしい。
本当ならもっと上等な酒場に行きたかったのだけれど、どこかの誰かさんが素寒貧になってしまったため、少しグレードを下げた。
そんな高額なものを酒の席に持ち出していいのかと疑問だが、保護魔法と盗難防止魔法を三重にしてかけてあるとか。
「魔道書――ああ、ずっと欲しいって言ってましたもんね~」
ムルムルの相槌に、ミーシャの話が弾む。
「そうよ! 魔王バルバトスの遺した魔道書! 写本とはいえ、高かったんだから!」
――魔王バルバトス。
一部の宗教からは「狂王」「愚王」なんて言われてる存在。
しかし、魔道師たちからは研究が一定の評価を受け、信奉者すら存在するらしい。
目の前の彼女がそうかどうかは……考えるまでもないと思う。
そんなミーシャは、僕にページを見せびらかすのだが、一切読めない。
古代魔界語で書かれてるらしい。現代の魔界語ですら廃れているというのに、更に古語。読めるのなんてドラゴンぐらいだろう。
『双星界』が産まれたとき、大きな衝撃が起き、様々な文献が失われた影響が大きいのだとか。
驚くことに、ミーシャはその解読を進めている。
冒険者を始めたのも、資料の購入に色々と物入りだからだと語っていた。
「これで100年は暇を潰せるわ!」
――気の長い話だことで。
「魔王といえばよ、あの娘っこの顔は見ものだったな」
随分と静かにしていたハルトが久々に口を開く。
彼はひたすら食事に集中していたのだ。酒の席でいきなりご飯ものを頼み、ばくばくと頬張っていた。
顔に似合わずハルトは下戸なので、酒場だろうが飯屋と変わらないのだろうけど。
「魔王って聞いた途端、豆鉄砲食らったような顔して。あんな娘でもガキだな。魔王は怖いんだ」
うひひと笑い、揶揄するような口調。
一方、ミーシャは嫌なことを思い出したという表情。
「――ありえないわよ、あんなの!」
先ほどの上機嫌はどこへやら。
感情の浮き沈みが激しすぎる。
「吸血鬼を蝙蝠に変えて使い魔とか、セシリア様の血をひいてるからって無茶苦茶よ! もう、魔術に対する冒涜!」
魔術に詳しくない僕でも、魔族の身体を作り変える魔法なんて常軌を逸していることはわかる。
莫大な魔力か、卓越した技術が必要となる――禁忌。
それも、行ったのはたった三歳の少女だ。
『賢者』なんて称えられていたミーシャのプライドはボロボロなのだろう。
とはいえ――
「ミーシャ。声が高いよ」
今のはこんな往来で発していい言葉ではない。
「ご、ごめんなさい……」
ミーシャもハッとして謝る。
「ま、あそこの子供たち、嫌いじゃねーけどな」
ハルトは電気クラゲの和え物をぱくつきながら一言。
……残留している電気の魔力が痺れる一品らしいが、僕には試す勇気はない。
多分、ハルトが言っているのは村の少年のことだろう。
カインといったか。
正直驚きだった。稽古をつけてあげたのだけど、八歳になったばかりだというのに筋がいい。Bランク冒険者と同等の実力はあるだろう。
ハルトによくなつき、竜化した姿を見せると目を輝かせていた。
「シンシアちゃんも凄かったですよね~」
アリシアという子の姉も凄まじい。
妹が規格外すぎるだけで、あの年で中位魔法を使えるだけで十分異常といえる。『賢者』なんて言われるミーシャですら、その段階へ辿り着いたのは十歳のころ。
しかもヒトだというのに。
『先生』なんて呼ばれてにこにこだったミーシャが、シンシアの魔術を見て頬を引き攣らせていたのは――可哀想だけど、傍から見ている分には面白かった。
一しきり、村での思い出話に花を咲かせていると、店の壁に一枚の張り紙があることに気づいた。
『この痣を持つ人間を探しています』
描かれているのは剣のような痣。
……とても、見覚えがある。
「これって……」
誰ともなく、呟いた。
「あの、失礼ですが――」
そんな僕たちに、訪ねてくる声が一つ。
目を向ければそこにいたのは、老紳士。そこそこ品のいい酒場なので、裕福そうな老人がいるのは別におかしくはない。
でも、連れがいない。
どちらかといえば、小金持ちがここはワイワイ騒ぐ酒場のはずだ。
「……なんですか?」
タイミングが良すぎる。
酔いがさめ、全員が警戒の姿勢を取った。
「この張り紙、何か心当たりが?」
一見にこやかだが、目が笑っていない。
「いえ。……少し気になっただけですよ」
視線が交錯した。
「そうですか。水を差すような真似をして、申し訳ございません」
そう告げると老紳士は去っていく。
僕の首筋を、つーっと汗がつたった。
――これは、調べておくべきかもしれない。
本文中に書けませんでしたがレミングの酒の強さは普通ぐらい。
弱いのを自覚して飲まないのがハルト。
弱いのに飲むのが好きなのがミーシャ。ザルなムルムルが介抱しているうちに仲良くなりました。