二十三話 まおうさまと ふおんな うわさ
お姉ちゃんとカインを部屋のベッドに寝かせた後、私と四人の冒険者たちはテーブルに向き合っていた。明かりはろうそく。
火をつけたのは私でなく、冒険者パーティのエルフである。魔石の魔力が勿体ないので仕方ない。
ちなみにドミニクは先ほどまできーきーと喚いていたものの、疲れて眠ってしまっている。肉体の構成に必要最低限の魔力しか与えていないので、あまり体力もないのだろう。
彼らの名はレミング、ミーシャ、ムルムル、ハルト。
そこそこ名の知れた冒険者だとか。
――それにしてはこの村の狩人と大差ない実力な気もする。
彼らの簡易的な自己紹介が終わると、こちらの番だ。
「私の名はアリシア。……アリシア・バートランドがフルネームらしい。今宵初めて知ったのだがな」
普段なら年上の相手には敬語を使うよう、よくお母さんから躾けられているのだが。
どうにも、先ほどの口調から切り替えるというのが気恥ずかしくて、このままだ。
「バートランド……? あのエイベルさんの娘さんか?」
ハルトという竜人はえらく興味津々のようだ。
残りの三人も同様のようで、目を輝かせている。
今にも机から身を乗り出しそうだった。
「いかにも。父の名はエイベル。母の名はセシリアだ。……心当たりが?」
ドミニクといい、彼奴らといい、一体なんなのだろう。
「娘だってのに知らないのか? エイベル・バートランドっていえば、この国、いや大陸で知らないやつはいないぜ。『竜殺しの英雄』って英雄譚があるくらいだ。それに――」
「ハルト。少し黙っていようか」
意気揚々と語り始めたところを、レミングがぴしゃりと冷や水を浴びせる。
初見では頼りない印象を受けたものの、彼がリーダー格で間違いないようである。
「多分、娘さんに教えてない理由があるんだと思うよ。えっと、アリシアちゃん。これは自分で聞くべきだ」
「うむ。相違ない」
「俺はその実力に納得がいったぜ。両親譲りなんだな」
しかし、この四人も気のよいことだ。
私のような子供に偉そうな言葉づかいをされて、全く不服そうにはしない。もしかしたら子供好きなのかもしれない。
……ミーシャというエルフだけは顔色が悪い。
「大丈夫か?」
と手を伸ばすと
「ひぃぃ」
と小さく叫び
「なんでもないわ! 平気よ!」
とこちらを安心させるよう言ってくれた。
【治癒】をかけてやろうかと申し出ると、謹んで遠慮されてしまった。
まあ、こちらも魔石に余裕がないのは事実だ。
実のところ、残り二個しかないのは中々痛い。これからは外出に大きな制限が付きそうだし。ドミニクという男、情けない反応の割に、意外と梃子摺らされた。陽動からの単騎特攻だったから何とかなったものの、ブラッドオーガやシャドーウルフを率いられていたら敗北していた可能性もある。
まあ、それは兎も角、まずは相互に情報交換をして現状確認をするべきである。
「まずこちらから。お前たち四人はどこから来たんだ?」
「レギオニアという国から。まあ、この島も領地の一つだから、「来た」って言い方はおかしいかもね」
「ちょっと待て。ここは島なのか?」
……初耳だった。
確かに私の今までの行動範囲は村、北の森の二か所だけだったが……。
「ええ。魔の島って呼ばれてるんですよ~」
「――えらく大仰な名前だな」
「魔王が封印されてるなんて噂があるぐらいだからな。まあ、あながち嘘じゃねえかもな。土地自体が過剰な魔力を含んでやがる」
魔王……。
なんだか心当たりがある気がして、嫌だ。
「実際に住んでいるのは『英雄』さんだったみたいだけどね。まあ、実際、そう言われてもおかしくないぐらい魔物が活発なんだよ、この島」
「シャドーウルフだけならまだしも、ブラッドオーガが闊歩してるなんて普通じゃないわよ!」
飄々としているレミングに、ミーシャはヒステリックに返す。
「それはドミニクが悪い。普段は精々、下級の魔物がいるぐらいだ」
私の言葉に、ムルムルが首を横に振った。
「いえ~。確かに村の近辺は弱い魔物しかいませんが、島の外周はかなり凶悪な魔物が生息してますよ~」
「ドミニクが竜石を持っていたとはいえ、それほど簡単に上位や中位の魔物に変質させられるわけないわ。元の素体の時点で、十分凶悪なのよ」
もしかすると、村の狩人たちが頻繁に狩りに出るのは、それらを近辺に近づけさせないためだったのか。一つ合点がいった。
「ふむ。こちらからの質問は以上だな。次はそちらから頼む」
四人は視線を交錯させ、逡巡した。
そして、レミングが代表として私に問う。
「なら三つ。一つ目、ドミニクは、このままで問題ないのかい?」
私は眠りこけている蝙蝠を指でつつく。
「使い魔として作り変えたからな。私が許可を出さない限り、ただの魔物に過ぎん」
人差し指で頭を撫でつけてやれば、煩わしそうにきぃと鳴いたものの、惰眠をむさぼり続ける。
「これは、精神まで操作しているの?」
ミーシャの疑問。
私はかぶりを振ると
「いや。命令を下すことは出来るが、まだ何もしていない」
正直まだ私にもわからない。
使い魔にして以降、何度も逃げ出そうとしていたのだが、先ほど諦めたかのように眠り始めた。体力の限界が来たのかもしれない。とりあえず、大人しく眠っている分には可愛らしく思えなくもないのだが。
「なら、管理をお願いしてもいいかな。極端な話、竜石さえ戻ればドミニクはどうでもいいんだ。死んだってことにしてもいい」
肝心の竜石は結構な魔力を失ってしまっているのだが、そのあたりは大目に見てもらえるらしい。
「クソが……。一発ぶん殴ってやりたかったぜ」
まあ、一人、納得のいかない竜人もいるようだが。
「二つ目。その手の痣は、なんだい?」
痣?
四人の指摘の向いた右腕の甲を目をやっても何も見当たらないが。
「痣などどこにもないぞ?」
「いや、君が……あの手刀を繰り出す時、確かに右手に痣が浮き出ていた。お姉さんたちに【治癒】を使った時もね」
「まさか、気づいてなかったの?」
「……全く」
何か熱いなーぐらいにしか感じていなかった。
「聖痕……? まさかね。まあ、なんにせよ、何が原因かわからない以上、注意した方がいいよ」
「心遣い痛み入る」
「で、これが最後。三つ目だよ。……エイベルさんに、一度会わせてもらっていいかな? 実は、ファンなんだ」
「は、はあ」
「あ、ずりぃぞ、レミング!」
「私も会いたいですよ~!」
困惑する私をよそに、ハルトたちが喚く。
……本気か?
レミングとやら。どこか目が笑ってなかった気がするが。
「アリシア、お客さんなの?」
あまりに騒がしかったらしい。
お姉ちゃんが起きてしまったようだ。
私は四人をじろりと睨み、黙らせると
「お姉ちゃん、もう起きて大丈夫なの?」
と駆け寄った。
「うん……、なんとかね。アリシアは?」
「私も大丈夫。お姉ちゃんとカインが盾になってくれたから……」
もちろん嘘である。
「この人たちは?」
面食らったようになっているレミングたちに、お姉ちゃんの視線が向く。
「この人たちが助けてくれたんだよ。……ねえ?」
「いや俺たちは――げほっ」
「あ、ああ。僕たちはあの吸血鬼を追っていたんだ。間に合ってよかったよ」
ハルトが余計なことを言おうとする直前、レミングが肘鉄で止めた。
もし彼が止めなければ、私が口を縫い合わせる必要があっただろう。ありがたい。
「そうだったんですか……。本当に、本当にありがとうございます」
深々と頭を下げるお姉ちゃんに、四人が慌ててフォローに回る。
「あんな化け物相手にあっさり勝てる方がおかしいのよ!」
「俺が稽古つけてやろうか?」
「お菓子でも食べますか~」
結構様々で、見ている分には面白い。
「一応、あれでも魔王を名乗る実力者の一人だからね……」
――今、聞き捨てならないことを聞いたぞ?
「ちょっと待って。自称・魔王ってまだいるの?」
「そうか。君たちは島にいるから知らないのか……。今、巷を賑わせている噂があってね――」
レミングの言葉と共に、唯一の明かりである蝋燭から蝋がたらりと垂れ、火が少し揺らめいた。