二十二話 まおうさまからは にげられない
「そうだ、私は吸血鬼……! 栄誉ある一族なのだ!」
ドミニクは被りを振り、平静を取り戻そうとしていた。
……言い出しにくいことだが、魔王というのは種族であって、吸血鬼がなれるものではないのだが……。
まあ、2000年も過ぎていればその程度の認識なのだろう。
「ふぅ……、茶番はもう終わりでいいか?」
もうドミニクなどどうでもいい。
会話をしているうちに奪った魔力も霧散してしまったし。
てっきり、新しい魔王なのかと思って構っていたのだが、単なる自称のようだし。
そんなことより二人に早く治癒魔術をかけてあげたい。
「逃げるのなら今のうちだ。私の気が変わらないうちにさっさと消えろ」
爆発の爆心地にいたのに無傷だったあたり、この男は防御だけには長けているのかもしれない。一々片づけるのも面倒だ。
そう考え、温情で言葉をかけてやったというのに、ドミニクは顔を真っ赤にして憤慨しだした。
「なっ、子供風情が調子に乗るなよっ!」
「うるさい、【針】」
再びドミニクが魔力を練ったのを、詠唱を簡略化して妨害。
通用しないというのが理解できないのか?
馬鹿の一つ覚えとしか言いようがない。
「くそっ!」
魔術による攻撃を諦めた彼は、私に飛びかかり――首筋へと噛みついた。
◆
僕たち四人はようやく鬱蒼とした森を抜け、ドミニクの元へと辿り着いた。
大爆発が起きたのが少し前のこと。
あまりに予想外すぎて足が止まってしまったけど、おかげで進む方向は明確に理解できた。
進路の先に見えたのは村!
まさか村があるとは思わなかった。
ということは、噂は本当だったのだろうか……。
なんて感動している時間はなかった。
見張りのはずの男が昏倒しているのだ。
明らかに異常事態だ。
僕たちは駆ける。
ただし、満月の夜であることを考慮して準備は入念に。
ミーシャに防護魔法を付与してもらい、ドミニクの吸血に備える。
そして、突入した先で僕たちが見たものは――
首筋に牙を突き立てられた一人の少女だった。
◆
「これで貴様も我が僕だ。生意気なガキだが、魔法の才能だけはあるらしいからな」
勝ち誇った顔をするドミニクに、私は唾を吐いた。
あまり行儀はよくないと自分でも思う。
だが、こんな下郎に首筋を触られた仕返しである。
「なっ、何故効かない!?」
恐らく彼は私を下僕へと変えようとしたのだろう。
しかし徒労でしかない。
私には魔力がないのだ。
吸血する魔力もなければ、変質させる魔力もない。
完全に無駄骨である。
「……もう満足したか?」
相手をするのに完全に飽きた。
まあ、四つも魔石を失った分は取り替えさせてもらおうと思う。
私は腰につけた袋から魔石を一つ取り出すと、魔力を一気に体内へと取り込む。
久方の心地良い万能感に浸りつつ――
「下僕になるのは貴様だ」
魔力を左手へと集中させる。相変わらず魔力を使うたび、右手が熱く疼く。
そして、手刀に沿うよう魔力を練り上げると、ドミニクの心臓を貫いた。
肉を掻き分け、魔石に到達すると、全ての魔力を注入する。
要は、たった今ドミニクがやろうとしたことを仕返してやるということだ。
これならどれだけ守りが固かろうが関係ない。
――そうだな。本質通り、脆弱な蝙蝠へと変えてやろう。
「あが……がが……」
うめき声と共に、筋肉が軋み、骨がねじ曲がる音がした。
ドミニクの肉体は変質し、どんどん縮小されていく。
腕は翼に。
足は爪に。
そして、顔面は獣のそれに。
そこにいたのはドミニクではなく、ただの一匹の蝙蝠だった。
「ひっ……」
悲鳴に目を向ければ、そこにいたのはエルフだった。
信じられないものを見たという眼差しを私に向けている。
集中しすぎていたのだろう。
【魔力感知】するのを忘れていた。
「貴様たちもドミニクの仲間か?」
エルフ一人ではない。
仲間だろう。四対の瞳が私を見つめていた。
「ち、違う。僕たちは、ドミニクを追ってきた。そいつの持っていた石、竜石を探して」
ヒトの男が怯えながら言う。
……足元に転がるこれか。
本音を言えば欲しいのだが、わざわざ敵対する意味もない。
大人しく返却することにする。
「盗品なんだよ、胸糞悪いことによ」
竜人の男の言葉に納得がいく。
ドミニク風情が竜を殺し竜石を奪えるとは思えない。
残念ながら、垂れ流しのように魔力を使われたそれは、幾分輝きを失いくすんでしまっていたが。
「あの、ドミニクさんはどうなったんでしょう~?」
ドワーフの女の疑問に、指さすことで答える。
当のドミニクといえば、状況に困惑し飛び回っていた。逃げようと羽ばたくのだが、一定の距離になればまるで糸がついているかのようにぴたりと止まる。
「こいつが新生ドミニクだ。必要ならば明け渡すが?」
「い、いらないわよ! どうやったらそれがドミニクだって証明できるの!?」
「それもそうだな」
エルフの女がヒステリックに喚く。
その気になればいつでも戻せるが、その度激痛がドミニクを襲うだろう。それは少し忍びない。
「ドミニクは今日から私の使い魔となった。ここは竜石だけで引いてくれると助かるのだが」
四人は大きくうなずくことで肯定の意を示す。
えらく怯えられているのは気のせいだろうか。
「すまないが、家族に治癒呪文をかけたいから少し待ってくれないか?」
そういえば、お姉ちゃん達のことをすっかり忘れていた。
「癒せ、【治癒】」
一瞬にして二人の傷が消えていく。
目を覚まさないのに少し焦り、【治癒】が異常を検知しないので寝ているだけだと気づく。
ほどなく気が付くだろう。
だけど、このまま道端に放置しておくわけにもいかない。風邪をひいてしまうかもしれないし。
「すまないが、二人を運んでもらえないか?」
ヒトと竜人の男二人に声をかけると、快く引き受けてくれた。
「断ったら俺たちも……」
「想像したくないね……」
なんて呟きは、私には聞き取れなかった。