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魔王様の復讐は失敗しました  作者: ぽち
一章 わたしの へいおんな ひび
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二十話 まおうさまの へいおんは おわりをつげます

 ()は闇の中で自分の半生を想い返していた。


 彼は長きに渡り、虐げられてきた。

 本来ならば、愚民たちを総べる立場だった。だが、こともあろうに彼の親族たちは、彼を「無能」だと罵った。彼が失敗するたび嘲笑った。

 そして、ついには彼を追放したのだ。


 憎い。

 憎い。

 憎い憎い憎い。


 だが、彼には力がなかった。

 復讐など、叶うはずがない。

 追放された先でも、居場所などはない。ただ虐げてくる存在が変わっただけだった。


 むしろ、法という存在が更に彼を厳しく縛り付けた。

 空腹に耐えかね、吸血行為(・・・・)をした彼を世間は許さなかった。犯罪者のレッテルを貼り、厳しく追い立てられていった。

 何度も死にかけた。

 かろうじて致命傷を免れただけで、命を落としてもおかしくない重症は日常茶飯事だった。


 彼は驚くほど脆弱だった。

 恵まれた種に産まれながら、格下であるヒトにすら劣っていたのだ。

 だが彼にも唯一の取り柄があった。それは、闇に身を溶け込ませること。


 最初は店先の食い物を盗んだだけだった。

 驚くほど上手くいった。普段自分のことをゴミを見るような目で見ていた店主を、出し抜いたのは痛快だった。その日、彼は一人で腹を抱えて大笑いした。

 そして、彼のモラルは崩壊した。

 

 盗みは、どんどんエスカレートしていく。

 平民の店から、貴族御用達の高級店へ。

 高級店から、貴族の屋敷へ。

 そして、そこで彼は運命の出会いを果たした。


 ――竜石。


 人間族と共に生き、当代の王を永遠の友と認めた竜のものだという。

 だが、彼にとってはどうでもいいことだ。

 彼にとって、それは力だった。

 生を受けてから、常に渇望してきた力だったのだ。


 これを取り込めば、復讐してやれる……?

 かつて、自分を嘲笑した彼奴らを見返して……八つ裂きに出来る?

 誰ももう俺を追い立てない……?


 一瞬にして思考が支配される。


 そして、彼は上位者(ハイエンター)となった。




 家の外に出て、夜空を見上げる。


「そうか、今宵は満月なのか」


 道理で明るいわけだ。

 満月の夜は魔族や魔物が活性化するという。月から放出される魔力が、魔石に影響を与えるのだ。

 もしかしたらこの魔力反応も、月夜に酔った魔物のものなのかもしれない。


 ……なんて楽観的には考えられなかった。


 私を襲うのは、酷い胸騒ぎだった。

 臓腑をぎゅっと掴まれる様な、嫌悪。


 そして、魔力の奔流が村を包んだ。





 コトリ、という音であたしは目を覚ました。

 ベッドから身を起こすことなくちらりと目をやれば、アリシアが子供部屋から出ていくところだった。


 ――トイレかな。


 驚いたことに、アリシアはおねしょを全然しなかった。

 おむつがとれるのも凄く早かったと思う。

 お姉ちゃんの立つ瀬がない……。


 睡魔に身を任せようとして――玄関の戸が開く音がした。


 ――え?


 あたしは急いで起き上がり、窓から外を覗く。

 そこにいたのはアリシア。

 何処か切羽詰まった表情でお月様を見上げている。

 お月見……なんて雰囲気じゃない。

 あたしも下に降りて声をかけようとコートを羽織った途端


 ――あたしを強烈な睡魔が襲った。


 な、なに……?


 倒れ込みそうになるのを、強引に頬を抓むことで抑えた。

 明らかに異常だった。

 体が酷い倦怠感に包まれてる。


 体中がざわざわして――


「我が肉体よ、平静を取り戻せ――【鎮静(サニティ)】」


 嫌な予感がして急いで治癒魔術を使う。

 一瞬にして倦怠感が払拭される。間違いない、これは魔法だ。


 ――アリシア!?


 窓へ再び目をやると、そこには誰もいなかった。 

 愕然とするのを必死で堪え、あたしは寝床の傍に置いておいた剣を腰につける。

 準備が整うと、あたしは隣の家へと急行した。

 寝癖でぼさぼさの頭を整えてる時間なんてない。


 隣の家の戸をどんどんと叩く。

 まったく反応がない。……仕方ない。


 強行突破だ。

 下級魔法で強引に打ち破る。

 そしてそのままカインの部屋へと直行。


「カイン、起きて!」


 ……無反応。

 どれだけ揺すっても……駄目。


 やっぱり、魔法の影響みたい。

 【鎮静(サニティ)】をかけ目覚めさせる。もうこれで私の治癒魔法は打ち止め。


「も~! 起きて、カイン! アリシアが、いないの!」

「ん……そうなの?」


 寝ぼけ眼を擦り――


「って、はあ!?」


 状況を理解してくれたかな。


「外にいたと思ったら、いきなり眠くなって……。催眠魔法だと思う。次に見たら、アリシアがどこにもいなかったの」

「催眠魔法って……敵襲ってことか? それで、シンシアは俺の家に来たわけだな?」

「うん。アリシアは何か察知したのかも。でも、催眠魔法に抵抗できるわけないよ」


 あたしが昏倒しなかったのは、魔法を防ぐシャドーウルフのコートを羽織ってたからだと思う。

 これがないアリシアは眠り込んでしまったはずだ。でも、姿が見えないということは……。


 ――多分、攫われた。

 

 カインも急いで狩りに行く時の装備に着替える。


 これで臨戦準備はOK。

 生半可な魔物なら、私は負けない。


 自分でいうのもなんだけど、村に残った男の人より私とカインの方が強い。

 いてくれるに越したことはないけど、眠り込んでしまっているだろうし、当てにはならない。


「アリシア、無事でいてね……」


 あたしとカインは、まずは村の中を捜索することにした――。





「――動いたみたいね」


 ミーシャの冷ややかな声が僕の耳朶を打つ。

 竜石にかけられた追尾魔法は、魔力に反応している。つまり、覆い隠されてしまえば意味がない。

 魔の島で一度途絶え、それ以降飛び飛びにしか現れなかったそれが、ここにきてようやく反応を示し始めた。


「ようやくか、待ちくたびれたぜっ!」


 ハルトは待ちかねたように立ち上がり、拳と掌をぶつけパンッと軽快な音を立てた。

 随分イライラがたまっていたようだから無理もない。


「いきなりでしたね~レミングさん?」


 ムルムルは……まあいつも通り。

 こんなゆったりとした彼女だけど、追跡となれば驚くべきスピードで突き進む。


「今まで動かなかったのが気にかかるけど――行こう!」


 戦支度はとうに整えてある。

 僕の号令に、全員が頷いた。





 彼は熟慮に熟慮を重ねた。

 上位者(ハイエンター)の力を得たとはいえ、彼の父もまた上位者(ハイエンター)だった。

 自分は、数も、経験も劣っている。一人でかつての親族を敵に回し勝利を収める自信はなかった。


 彼が次に欲したのは手駒だった。

 一騎当千の力を持ち、言うがままに従う忠実な僕。


 幸いなことに彼にはそれを為す力があった。

 吸血の力をもってすれば、他者を操り人形と化すことは容易い。

 彼の配下である魔狼や大鬼も、そうやって作ったものだった。


 だが、弱者では意味がない。

 あくまで求めているのは強者なのだ。


 魔の島に『英雄』が隠れ住むという――それも『竜殺しの英雄』が。

 この情報を知ったのは偶然だった。

 いや、齎した人間にはなんらかの意図があったのかもしれない。だが、彼は迷わず飛びついた。


 そして、彼は魔の島へと辿り着いた。


 彼の名はドミニク。

 かつてはコソ泥ドミニクと罵られた爪弾きもの。


 だが、今の彼は違う。

 竜の力を得、上位者(ハイエンター)となった彼は――魔王。

 魔王ドミニク。

 それが彼の新しい名だった。

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