十七話 まおうさまと ういじん
帰宅した結果、私たちは盛大に叱られた。
当然である。
私としては二人を監督していたつもりだが、お母さんからすれば一緒になって森に入った共犯者だ。
実行犯として、お姉ちゃんは二週間の謹慎と、魔法を禁じたままで家事の半分近くを手伝うことが決まった。
カインは治外法権。向こうの両親が厳しい処罰を下すらしい。
「男だというのに女の子二人を巻き込んで!」
などと母親にしかられていた。
性差というものは理不尽であると痛感する。
私はといえば、一週間の謹慎と人間語の書き取り。
お姉ちゃんと比べかなり軽い処罰だった。
どうやら、お姉ちゃんの罰は「妹のことを考えずに森へ行った」というのが重い査定となっているらしい。
無理についてきたのは私だ。
……悪いことをしてしまったかもしれない。
と、私たちの初めての冒険は散々だったと言える。
しかし、シャドーウルフの毛皮だけは喜ばれた。私は知らなかったのだが、シャドーウルフはこのあたりに生息していない魔物らしい。
通気性に優れ、魔法抵抗にも優れたそれは、高級素材として流通しているようだ。
残念ながらこの村に隊商などが立ち寄ることはまずないので、家計の足しにはならないようだが。
「コートにしてしまうのもありかもしれないわね……」
とお母さんは呟いていた。
実は、お姉ちゃんの誕生日が近い。あと三週間ほどのはずだ。
つまり、そのプレゼントにしてしまおうというわけだ。
結局二人分作ろうということになった。
二人といっても片方は私のものではない。カインへと贈られる。
都合のいいことにカインの誕生日はお姉ちゃんとかなり近い。
二人の年の差はちょうど一年ほどなのだ。
二年前から、その方がにぎやかだしと合同で祝ってしまおうということになっていた。
自分の討伐した影狼がコートへと変わりつつあることをお姉ちゃんたちは知らない。
所謂サプライズプレゼントというやつだった。
◆
さて、一週間ほどが過ぎた。
私の謹慎期間は解け、無駄な書き取りもしないで済む。
前世の記憶のおかげで殆どマスターしてしまっているのだ。本当に無駄としか言いようがない。
たまに、時代の流れか綴りが変化している単語もあったが……。
現在の時間は夜。
それも、家族の皆が寝静まった深夜である。
私は寝間着からワンピースへと着替えると、家を抜け出し、北の森へと向かった。
幸いなことにお姉ちゃんが起きる気配はなかった。魔法を使わずに家事というのは、六歳の子供にとっては重労働である。わざわざ井戸に向かって水汲みまでしていた。くたくたになってしまって、まず朝まで熟睡だ。
この先起きることを考えれば、私一人であるほうが都合がよいのでありがたいのだが。
私は腰に下げた水袋から濁った液体を取り出して撒いた。
一週間前、処理するといったシャドーウルフの肉と血を水に漬け込んだものだ。
……酷い匂いが充満する。
ヒトの体の私がそう感じるのだから、奴らからすればなおさらだろう。
がさりと葉が擦れる音がして、私はそちらを向いた。
そこには目を爛々と輝かせたシャドーウルフの群れがいた。
――目論見通り。
あまりにも予定通り過ぎて拍子抜けするぐらいだ。
彼らの瞳に、憎しみの色が浮かんでいるように見えるのは、同胞の死を察したからだろうか。
「ガウッ!」
眼前に現れた幼いヒトの子に、シャドーウルフは狂喜の雄たけびを上げた。
やつらにとって私は新鮮な肉? それとも、同胞を殺された憎悪のはけ口?
まあ、私としてはどちらでもよいのだが。
前回同様、斥候役の一匹が飛びかかる。
私はあっさりと押し倒され、腹へと食らいつかれる。
やわらかい腹肉は抵抗などなく簡単に裂かれた。
伸し掛かられたことによる鈍痛と、生きたまま内臓を食らわれる激痛が入り混じる。
だが、私の顔に浮かんでいる表情は――笑顔だった。
――まさか、いきなり噛みついてきてくれるとは。
それも腹だ。
腕だと勢いのまま捥げていたかもしれない。正直それも覚悟の上だった。
私は笑い声をあげそうになるのを我慢しながら、【魔力操作】を行う。対象はシャドーウルフだ。
魔力孔を通じてアクセス。狼の魔力を根こそぎ奪い、私の方へと移す。
普通の魔物相手ならば問題ないが、魔力を通さない毛皮を持つシャドーウルフ相手では、手を触れただけで魔力を奪うことは出来ない。
毛皮ではない部分と接触する必要があった。
今回の場合、適切なのは口内だった。食らいついてくれれば、まず離そうとは思わないだろうし。
急速な魔力欠乏症に襲われたシャドーウルフは昏倒する。
先ほどまで、驚くべき膂力で私を押さえつけていた四肢は、力なく垂れ下がった。
呼吸はもうしていない。
――獣くさい魔力だな。
内心毒づきながら
「癒せ、【治癒】」
手に入れた魔力を使い、治癒魔法を使っておく。
損傷した内臓が見る見るうちに復元されていき、最終的に皮まで元通りになった。
久々に自分で使う魔法の感覚に胸が躍る。
甘美としか言いようのない万能感に酔いしれる。高笑いを上げたい気分だ。
「クククッ……アーッハッハ!」
あ、我慢できなかった。
まあいいや、深夜だし。森の中なので近所迷惑ではないだろう。
まだまだ魔力に余裕はある。
魔狼は魔法を使えないものの、魔物にしては魔力量が多い。
魔力を奪った際のロスなどを考慮しても、下級魔法ならあと三発程度使えそうだ。
シャドーウルフたちは、尖兵が容易く討ち取られたことにようやく気付いた。
怯え、退いても良いだろうに一斉に私へと飛びかかる。
「力の差もわからないのか? ふん……。刺せ、【火針】」
圧縮し、針のような形状にした炎を無数に生み出す。
私がまるで指揮者のように手を振るえば、全てがシャドーウルフへと向かっていく。
そして目玉を貫き、勢いのまま脳へと突き進む。そして、圧縮した魔力が爆ぜた。
絶叫する暇さえない。一瞬でシャドーウルフの群れは物言わぬ躯となった。
毛皮は魔力を通さない。
ならば、毛でおおわれていない部分を狙えばいい。
単純な帰結だった。
魔法抵抗を上回る魔力をぶつけてもよいが、効率が悪い。
奪うしかできない私の魔力は限られているのだ。
少量の魔力を圧縮させ、効果的な部位にぶつける。
いわば面ではなく点の攻撃。魔術の威力とは、魔力量だけで決まるものではない。
それに、頭部を爆発させたことで魔石の回収が楽になる。
シャドーウルフの魔石は頭部にあるのだ。意外と魔石というものは頑丈で、この程度の衝撃では砕けない。魔石の貯蔵された魔力は、死の間際の衝撃である程度散ってしまう。
だが残された魔力も十分。
――また、魔法が使える!
つい、心が浮き立つのを感じていた。
が、身体はついていかない。眩暈がしてふらりと倒れかけた。
それにさっきまで痛みで気づかなかったが、右手の甲が焼けるように熱い。
久々に魔法を使って少し疲れたのかもしれない。
もしかしたら血が流れたことによる貧血か。
私は少しでも詠唱するのが面倒くさくなって、左手で印を結んだ。
「【浄化】」
魔法というのは魔力にイメージを伝えればそれでいいのだ。わざわざ声に出す必要はない。身振り手振りであっても、それが魔法を意味すると判断できれば――そう思い込めれば発動する。
とはいえ少しは言葉を交えた方が発動は容易である。
時間が経ち少し固まりかけていた血液が浄化され、私は清潔な姿を取り戻した。
それと同時に、シャドーウルフから奪った魔力が霧散した。
どうやら私の身体の中に、あまり長い間、魔力は留めておけないらしい。そのために魔石という器が必要なのだ。
「あ」
そして自分の間が抜けていることに気づいた。
私の一張羅であるワンピースは、牙が貫通しボロボロになってしまっていたのだ……。