十六話 まおうさまは みまもっている
――シャドーウルフ。
群れで狩りをする魔物だ。
まるで、光を飲み込むような漆黒の魔毛が特徴的。その群れは、人間の村など一夜で攻め落としてしまう。ある程度自衛力のある街でも変わらない。
哀れにも、ただの肉として食い荒らされるだろう。
階級的には、中位に位置する魔獣である。
【魔力感知】で数を測る。
わかっていたことなのだが、反応はなし。
この魔物、私としては厄介な相手である。
なんと、艶やかな魔毛が内外変わらず魔力を弾いてしまうのだ。
そのため、【魔力感知】で体内の魔力を見つけることが出来ない。私が接敵に気づけなかったのもこのためだった。
「アリシア、隠れて!」
お姉ちゃんの叫び。
流石の彼女も、動揺しているらしい。
「お姉ちゃん! あいつには魔法が効かないよ!」
私は木陰に身を隠すと忠告する。
当然、シャドーウルフの毛はある程度の攻撃魔法を防ぐ。
お姉ちゃんの下級魔法など通用しないだろう。中位であっても、数の前には先に力尽きてしまう。
「うん!」
お姉ちゃんとカインが剣を抜く。
訓練用の木刀ではない。どうやら、護身用の剣を持ち出したらしかった。
――これはお母さんの説教ぐらいでは済まないな。
無断での森への侵入。
刃物の無断持ち出し。
そして、魔物との戦闘。
役満だった。
最上級のそれも覚悟する必要があるかもしれない。
「か、かかってきなさい!」
お姉ちゃんの声は震えているものの、握る剣は安定していた。
鍛錬の成果だろう。影狼から目を離すことはない。
二人は、正眼に構えたまま待ちの姿勢だ。
敵の数がわからない。下手に攻めるよりは有効だと思えた。
「ガウッ!」
痺れを切らせたシャドーウルフが一匹飛びかかる。
――が、遅い。私のイメージしていたより幾分ゆっくりとしていて拍子抜けしてしまうほどだ。
そういえばシャドーウルフは夜行性だった。
本質は、闇夜に紛れる暗殺者である。
もしかすれば、木々の間から洩れる日光が襲撃者へ不利益を与えているのかもしれなかった。
これなら問題はないだろうと私は一安心。
「てあっ!」
身を翻すことでお姉ちゃんは回避。
そのまま返す刀で一撃をお見舞いした。わき腹から血が溢れ、もがき苦しんだものの、その一匹はすぐに動かなくなった。
お姉ちゃん達の使っている剣の切れ味は凄まじい。
日の光により動きが鈍くても、防御力には変化がない。普通の剣では手も足も出ないだろう。
材質は鉄であり別段特殊なものではないはずだ。だが、よほど鍛冶師の腕がいいのか、切っ先が鋭い。また、お父さんたちの手入れがいいのか刀身には曇り一つなかった。
「グルルァ!」
仲間を奪われた狼たちは怒りの雄たけび。
そして、それを皮切りに一斉に飛びかかる。
だが行動が遅すぎた。
お姉ちゃんとカインは一匹目で大体感覚をつかんだのだろう。動きを見切り、時に背中合わせに、時に挟み撃ちにして戦っていく。
認めたくはないが優秀なコンビネーションだと言えるだろう。
「火よ、我が敵を貫け! 【火矢】!」
カインの背中をつこうとした一匹をお姉ちゃんの魔法が襲う。
私の警告を受けているため、攻撃のためではない。目くらましだ。
虚を突かれたところを、意図に気づいたカインの剣が突く。足を抉り、大きく機動力を削いだ。
そのまま続けてもう一撃。身動き取れないままシャドーウルフは絶命。崩れ落ちる。
本来ならば、統率した動きで攻め立てるはずのシャドーウルフが、逆に混乱し分断されていくさまは滑稽ですらあった。
――ここまでとはなあ。
最後の一匹にトドメが刺されるまでわずか数分。
私はお姉ちゃん達の実力に感嘆していた。
実は、かつて私がエルフの国を襲撃した際に使ったのがシャドーウルフだった。
対魔法戦闘においてならば、圧倒的戦果を誇る魔物なのだ。
しかし、子供相手にあっさりと全滅。
お姉ちゃんは魔法の腕だけでなく、剣の腕も一流なのだった。
いわば魔法剣士といえるだろう。
それにしても、敵ながら引き際が良くない。
夜間ならまだしも、この時間帯で勝利の見込みがないのに徹底抗戦とは。最初の一太刀で力量の差を見切り、撤退するべきだったと私は思う。
弱まっているとはいえ足の速さだけならば向こうが勝っているのだから。
「ふぅ……。どうなることかと思ったぜ」
カインが額の汗を拭う。
何度か狩りに同行していた彼ですら、かなり緊張していたようだった。
「うん、まだ震えが止まらないよ……」
お姉ちゃんが刀身を綺麗にしながら言う。
「でも、不思議と体が勝手に動いたの」
そして鞘に納めて手をにぎにぎ。
訓練の成果が出たということなのだろう。日々の鍛練は、体を無意識に動かすためのものだ。ひたすら反復させ、一瞬の判断すら必要なく行動できるようにする。
シャドーウルフの最初の一撃を捌くことが出来たのも、そのおかげだ。
「これ、どうする?」
シャドーウルフの残骸を指してカインが言う。
「埋めないと、血の匂いで魔物がよってきちゃうよ」
「でも、それで終わりってのも勿体ないよね」
私の答えにお姉ちゃんが反論した。
「なら戦利品を頂くとするか」
カインはそう言ってナイフを取り出す。そして、器用に毛皮を剥ぎ取っていく。
「肉は無理だけど、毛だけなら俺たちでも持って帰れるだろ」
シャドーウルフの毛は見た目に反して驚くほど軽い。
その上、保温性に優れている。非常に高品質な素材といえた。
一方、肉に関しては一欠けらだけを炙って食べてみたところとても不味かった。生臭くて食えたものではない。
結局ぺっぺと吐き出しながら地面へと埋めてしまった。
炙っていない部分の処理は私がすると申し出た。
「あ、私これが欲しいな」
シャドーウルフは魔物なので当然、体内に魔石が存在する。
解体の際、表に出てきたのを目ざとく拾い、折角の機会なので、私は言ってみた。
「駄目だよ、アリシア。魔石なんて持って帰っちゃ」
「どうして?」
お姉ちゃんのまさかの返答に、私は問い返す。
「魔石は不死者の温床になるからな。見つけ次第砕くのが狩人のルールだぜ」
カインの説明によると、魔石に残留した魔力と死者の魂が結びつき不死者が産まれてしまうという。不死者は往々にして狂ってしまう。生者への妬みが、魂を汚染するのだ。そうなれば、ただ生者を襲う悪魔と化す。
……魔石を丁寧に管理すればいいと思うのだが、それがこの世界での一般常識らしく、私の意見は聞き入れられることはなかった。
「そんなあ……」
「別に、そんなに綺麗なものじゃないよ? また今度、川で綺麗な石を探そうよ」
目の前で砕かれてしまい、私が頬を膨らませるのを、お姉ちゃんが宥める。
結局私の要望は聞き入れられず、森から帰還することになった。
――勝利の美酒に酔いしれた私たちは忘れていた。
帰宅すればカンカンになったお母さんが待ち受けていて、地獄を見るということを……。
調子に乗って毛皮まで持ち帰ってしまったのだから、言い逃れのしようがない事実だった。