十五話 まおうさま はじめてのぼうけん
翌日。
ミューディはまた旅に出て行った。当人が言うには、「デカい掘り出し物」があって、それと対になるものを探しているらしい。
私としては名残惜しかったが、引き留めるわけにはいかない。
シンシアと共に別れを告げようとすると、強引に抱き寄せられ
「あんたたちはこの村で幸せに暮らすんだよ」
とハグされてしまった。
そして
「クルックの世話、頼んだよ。あの子はさびしがり屋だからねえ……」
と私にだけ告げた。
私は頷く。
私の生涯はこの村の中だけで終わるのだろう。
不思議と嫌ではない。そういう穏やかな生き方もしてみたかった。
ミューディが旅立つ直前にアンナが現れた。
隣には、ダロス。告白は上手くいったのだろう。
「あんた、本当に痩せたねえ……」
「……いつも言われます」
それから、二言三言、言葉を交わすと今度こそミューディは旅立っていった。
意外な来訪者だったが、私の日常はまた平穏を取り戻した……はずだった。
◆
「お姉ちゃん、集中してね――」
私はお姉ちゃんと手を重ね合わせていた。
はー、あったかい。
「うん……」
目を瞑ったままお姉ちゃんが答える。
何をしているのかといえば魔法の練習だ。
初日の失敗以来、どうにも感覚がつかめないというお姉ちゃんのため、つきっきりで私が教えている。
【魔力操作】は他人にも使えるのだ。
私にかかれば、肉体的接触さえしてしまえば他人の魔力すら容易に操れる。
魔王時代はあまり有用ではなかった。そんなことをする前に殺してしまえばよかったからだ。
だが、今となっては中々便利な技となっている。
「清廉なる水よ、弾丸となり、我が敵を打ち払え! 【水流破弾】!」
お姉ちゃんの詠唱。
きちんと制御された水の弾丸が、的として置かれていた薪木を打ち砕いた。
「すごいよ、アリシア! ちゃんと出来ちゃった!」
大喜びのお姉ちゃんだが、実のところ今の魔法を発動させたのは殆ど私である。
手を繋ぐことで彼女の魔力を操作し、プールを作り適切な魔力量を注ぎ込んでおいたのだ。
私の持論だが魔法で重要なのは知識ではない。
感覚である。
出来ると思えば出来るし、出来ないと思えば出来ない。ただそれだけなのだ。
もちろん、行使の結果巻き起こる事象を詳細にイメージすることも大事だが。
幸いなことにお姉ちゃんはこれで感覚を掴み、自信を取り戻したようだった。
しかし、これが一種の増長を招いたのかもしれない。
◆
私が現在いるのは、村の北の方の森。
この村は四方を村に囲まれているので「森」だけではどこだかわからないのだ。
ちなみにお父さんたちが今日向かっているのは南の森。正反対の位置だ。
「お姉ちゃん、帰らなくていいの?」
私が言葉を漏らせば
「も~、大丈夫だよ、アリシア。中位魔法を使えるようになったあたしがついてるんだから」
「アリシア、怖いなら帰ってもいいんだぜ?」
二人からの返事。
お姉ちゃんとカインだった。
◆
本日の昼下がりのことである。
もうすっかり狩人見習いが板についてきたカインの自慢話。それを聞いたお姉ちゃんは
「あたしも森に行きたい!」
などと言い出してしまった。
もしかしたら、一つ上のカインが剣の腕を認められたのがずっと気にかかっていたのかもしれない。
これにはカインも困り果てていた。
だが、最終的には折れ
「わかったよ。でも俺がついていくからな。絶対自分勝手な行動をするなよ?」
と二人で森へ行く気になってしまったのだ。
多分、気になる女の子へいいところを見せてやりたかったのもあると思う。
「なら、私も行く」
すかさず、私も混ざる。
別に森になどは行きたくはなかったが、子供二人だけを目の届かないところへ行かせるわけにはいかなかった。――最年少が私なのは兎も角。
流石にシンシアもカインも渋る。
だが、私からすれば切り札があった。
「なら、このことをお母さんに言うよ」
告げ口だ。
未遂であっても、間違いなくお仕置きは免れないだろう。結局、二人には断る手だてがなかった。
◆
「それで、どこまで行くの?」
ぐんぐん進んでいく二人へと声をかける。
少なくとも、お母さんたちが気づく前に帰らなければならない。
実のところ身の危険は感じていない。
この森の魔物はあまり強くない。普段の鍛錬を見ているからわかるが、幼いお姉ちゃんとカインでも十分に身を守れるだろう。
顔へと飛んでくる巨大な虫――ビッグモスを手で払う。
戦闘力はないのだが、血を吸おうと近寄ってくる鬱陶しい虫だ。刺されると痒い。人間に生まれ変わって初めて知った快感は多いが、不快もある。虫刺されによるかゆみは、そのうちの一つだった。
「何か戦利品は欲しいよね~」
お姉ちゃんは上機嫌だ。
証拠品を持ち帰るのはやめた方がいいと思うのだが。
「俺は、食い物がいいと思うぜ。具体的には肉」
カインの台詞に内心頷く。
肉であれば内密に処理できる。食べてしまえば残らない。
「ウィングバードはもう勘弁だけどね……」
私が呟くと、お姉ちゃんも首肯した。
あまりにも乱獲するのでお母さんから
「当分捕ってこなくていいわよ」
との命が出たのは昨日の話。
良かれと思っていたお父さんは肩を落としていた。
「ならレイジブルか?」
レイジブルは魔物ではない。人間界の動物だ。
村で家畜として飼育されている乳牛の類種らしい。
だが、凶暴で縄張りに入る生き物には容赦しない。特徴的なのは突進力、下手な魔物ならば角で一突きだ。
仕留めるならば魔法でだろう。
攻撃圏内から削り、とどめを刺すのが一番安全だと思う。
「牛肉……いいよね。あんまり食べる機会ないもん」
レイジブルはあまり狩られない。
別に、お父さんたちにとって脅威というわけではない。なにせ、幼いお姉ちゃん達でも勝てそうなのだから。
逆に、村にとって脅威が薄いから狩る必要がないのだ。その上、縄張りから動かないので、わざわざ遭遇する必要もない。
「なら決まりだな」
カインの一言に、私とお姉ちゃんは同意した。
味を思い出し生唾がこみあげてきた。
私はフーセンの皮で作った水袋を取り出しのどを潤す。
「……あれ、見て」
視界を過ったものに思考を中断し、私が告げる。
全員の目が向き――
そこにあったのは、レイジブルの無残な死骸だった。
◆
「……何がやったんだ?」
カインの疑問。
「何」。「誰」ではない。お父さんたち狩人であれば、こんなところに死骸を遺棄することは考えられない。
それに、レイジブルは内臓などを食い荒らされていた。
明らかに人間の仕業ではない。
「カイン、この森のあたりに、そんな肉食の魔物いたの?」
お姉ちゃんの疑問。
顔をしかめていた。お姉ちゃんは何度か、お母さんの手伝いで肉を捌くのを手伝っている。死体程度で嫌悪感は抱かない。
だが、見れば肉は腐りかけ、虫が湧いていた。酷い匂いだ。
私がこれに気づいたのも、元はといえば匂いに反応したからだった。
「……いねえと思う。レイジブルを殺れるようなのは、魔物含めても北の森には生息してない」
まず狩人の子が叩き込まれるのは、森の生息生物についてだという。
生活サイクル、因果関係、そして強さをみっちり学ぶのだ。
自分が手を出していい相手なのか?
村へ危害を加える生態なのか?
そして、異常な行動をしていないか?
これが狩人の基本だとか。
何故私がこんなことを知っているかといえば、お姉ちゃんが進路について学んでいるときに同席していたからだ。
多分、両親は聞き耳を立てているとは思っていなかっただろうけど……。
「帰った方がいいと思う」
私の提案。
「……うん、そうだね」
「仕方ないな」
二人の同意を得て踵を返そうとした。
「グルル……」
が、少し遅かったらしい。
私たちは囲まれていた。
……どこかで見覚えがある黒い毛皮。
それは、漆黒の魔狼、シャドーウルフだった。