十三話 まおうさまと おばあちゃん
話し合いの末、ミューディを私の家に案内することになった。
彼女がお父さんの旧知の仲であることは疑いようもなかったので、適当だと思われた。
歩いていると、ミューディが帯刀していることに気づいた。
鞘の形からして片刃のロングソードだ。刃の部分だけで15メルほどあるそれは、長身とはいえ彼女が扱うには長すぎる。不可思議だったが、尋ねはしない。
どちらかといえば、エルフが帯刀していること自体が珍しいからだ。
少なくとも私の知るエルフは魔術主体の戦闘スタイルをとっていて、まず刃物は使わなかった。というより、そもそも剣術が発達していなかったのだ。
民のほとんどが魔法を使えるのだから当然である。エルフという種はその分非力なので、無理に近接戦を学ぶより、そちらに特化した方が効率がいい。
前世での戦争時――後でお母さんに聞いて知ったが、人魔戦争などと呼ばれているらしい――エルフの軍には中々手を焼かされた。接近する前に文字通り焼き払われるのである。
下級の炎魔法を、お得意の風魔法で燃え上がらせ一掃する。
進軍は遅々として進まなかった。
エルフは基本的に風属性の魔力しか持っていないが、魔力の扱いには長けている。効率は悪いものの、別の属性のマナへと変換できるのだ。
炎の魔力を持っていないお母さんが料理の時、発火魔法を使ったり、逆に水の魔力を持っていないカインが【洗浄】を使えたのも同じ原理である。
結局、これを打ち破ったのは魔法耐性の強い種だけを集めた魔獣軍団だった。あくまで魔術の利点とは遠距離攻撃だ。近接となれば不利となる。
間合いさえ詰めてしまえば、一度の詠唱の間に幾度となく切り付けられるのだ。
もしかしたら、敗戦の経験が剣術の発展を促したのではないだろうか。
私の思考が伝わったのか、ミューディが振り向いた。
「エルフが剣を持っているのが珍しいかい?」
「いえ……」
つい否定しかけたが
「はい。初めてみました」
普通なら、ヒトしか住まない村の私が疑問を抱くこと自体おかしい。だが、ミューディは私の経験を知らないだろうと考え肯定する。
もし問い詰められたなら、一度だけ会ったことがあるとか適当にとぼければいい。
「ふ……素直だね。まあ昔取った杵柄ってやつさ。あんたの親父に剣技を教えてあげたのもあたしさ」
「そうなんですか……あの、どうしてクルックを村に預けたんですか?」
「あたしは年がら年中旅してるからね、もうあいつは年なのさ。流石に足腰経たなくなっちゃ連れてはいけないよ」
彼女は「ガキのころの相棒だったけど、年は取りたくないもんさね」と続け、遠い目をしていた。
コカトリスの寿命は400年ぐらいだ。一方エルフは1000年。今ミューディは300歳らしい。時の流れは残酷だ。
……年という割に卵をポンポン産んでる気がするんだが。
まあいい。
私たちは日が暮れる前に家へと急ぐことにした。
◆
私が帰宅して、ミューディを見たお母さんは、親愛を表現するように抱き着いた。
「お久しぶりです、先生!」
「やめなよ、先生なんて柄じゃない。それに、あんたに魔法を教えたのはほんの一週間だけだろう。エルフにとっちゃ、瞬きする間も同じさ」
笑顔でもてなすお母さんと、呆れたようなミューディ。
「このやりとりも、いつぶりかね」
「シンシアを身籠ってた頃ですから、六年ぶりですわ」
「アンナは? 相変わらず暴飲暴食の毎日かい?」
「それが、……まあ、明日ご自分でお確かめください。積もる話もあるでしょうし」
二人のやり取りを、私はテーブルに頬をついて伺っていた。
まだ夕ご飯まで余裕はあるが、お腹がペコペコで、とても行儀よく座ってはいられなかった。
「エイベルもそろそろ帰ってくる頃です。そうしたら夕食にしましょう」
お姉ちゃんは席を外してお風呂掃除。今夜はお客様が泊まるので念入りにということらしい。
魔法を使っての掃除なので、私は力にはなれない。
……使えたとしても空腹で役に立たないと思うけどね。
◆
ほどなくお父さんが帰ってきて
「ミューディ! どうしてこっちに?」
あっけにとられた顔をしていた。
こんな顔をするお父さんは珍しいと思う。
「不肖の弟子の様子を見に来た、じゃ駄目かい?」
「いや、久しぶり!」
そうしてお母さんのとき同様、ハグをしていた。
「この子が連れてきてくれたのさ。あんたに似ず、利発そうじゃないか」
「アリシアが? 確かに賢いが、いや、そんなに褒めてくれなくても」
お父さん、それ褒めてないと思う。
「アリシア、ミューディは師匠で、俺の育ての親でもある。ちゃんとあいさつしたか?」
「うん! クルックの飼い主さんでもあるんだよね?」
なんとなく、私もお父さんに抱き着いておく。
するとミューディは意外そうな顔で
「……なんだ、年相応の顔もできるんじゃないか」
と呟いていた。
む。
ミューディがお父さんの養母だというのなら
「あれ? もしかすると、ミューディさんは私のおばあちゃん?」
――場の空気が凍りついた気がするのは気のせいだよね?