十二話 まおうさまと たびのえるふ
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盛大に地雷を踏んでしまった私は、気まずくなってダロスの家を後にしようとした。
だが
「待ってください、アリシアさん」
……引き留められてしまった。
正直、無視して出ていきたいんだけど。
「貴女はアンナさんに言われて来たのですか?」
ぐいぐい来たな。
イエスと言えばイエスだし、ノーと言えばノーだ。
相談――愚痴の方が正しいか?――するってことはアンナ自身なんらかのアクションを期待してだろう。でも、ダロスの家を訪ねたのはお母さんの入れ知恵だ。
「いえ、違います。でもアンナさんはとても気にしていました」
「そう、ですか……」
考え込んでしまった。
ここは畳み掛けるべきか?
私はヒトの心の機微とかいまいちわからないし、洗いざらいぶちまけてしまう方が楽なんだが。
「散々アプローチしておいて、いきなり退くなんて不誠実だと思います」
戦略的に考えれば、猛攻を仕掛けてきた敵軍がいきなり退いて籠城を始めたのだ。不可解すぎて困惑するしかないと思う。私なら、罠を疑う。
「僕は、怖いんですよ」
「はあ」
何がだ?
いわば敵陣に踏み込んでおいて、何を今さら恐れるというのか。
「僕は、アンナさんの……あの、なんといえばいいんでしょうか。ふくよかなところが凄く好きだったんです。ああ、決してそういう女性が好みというわけではありません。一見、クールなようでいて、実はとてもお優しいところとか。それでいて、動物や小さい子相手に、どうすればいいかあわあわしているところか。人間的な箇所にも惹かれていますよ。そして何より、彼女とは話が弾むんです。魔法学だけでなく、植物学などの知識もお持ちなので、一日中話していても話題が尽きることがありません。それに――」
長い。
いや本当長い。
饒舌すぎて鬱陶しい。
「それで、じゃあどうしてアンナさんを避けるんです?」
このままだと止まりそうにないので私は遮る。
もしかして、この長台詞をでアンナを口説いたんじゃないだろうか。
「……アンナさんが、お痩せになられたんです」
「はあ」
当人はダロスのために痩せたんだからいいんじゃないだろうか。
まさかこの男、太った女性でないと駄目なのか。
「もちろん今のお痩せになられた姿も美しいと思っています」
私の懸念を察してか、続けるダロス。
「ストレスによるやつれではないかと不安なのです。昔、薬学で肉体への心理的影響を学びました。僕の身勝手な行動が、彼女を傷つけたのではないかと思い至ったんです」
ダロスは「アプローチがしつこすぎたかもしれないので」と付け加えて頭をかいた。
自覚があるならとっととやめろよ。
「初恋って、何が何だかわからなくなるものですね」
照れるようにはにかむ。
「……アンナさんは凄く不安がっています。すぐに居留守を止めて、思いの丈を話してあげてください」
「すいません、貴女のような幼い子にも迷惑をかけてしまって……。でも、それだけで引き籠っていたわけではないんですよ。研究が大詰めだったのは本当です」
ああ、確かに一つのことにのめり込むと周囲が見えなくなりそうな人だってのはわかった。
「私はそろそろ帰りますね」
「ありがとうございました、アリシアさん。明日、アンナさんと話し合ってみます」
「上手くいくことを願っています。あ、ちゃんとバスケットの中身食べてくださいね」
「ええ。魔術で温めてからいただくことにします」
魔法って便利だなー。
私は今度こそダロスの家を後にした。
◆
私はまっすぐ家に向かわず、厩舎へ向かうことにした。かなり遠回りになるが、日が暮れるまでには帰ってこられるだろう。
理由は簡単、癒されるためである。
なんだかどっと疲れたので、コカトリスの羽毛に包まれてもふもふしたい。
もふもふは癒しである。これも魔王のころには知らなかった快楽だ。あのころは、獣は血と肉の塊でしかなかった。両親の勧め通り、【魔力視】を活かして獣の面倒を見る役職に就くのもありかもしれない。
ほどなくして厩舎に着いた。
最初のころは往復だけで息切れしていたのだが。一週間だけで随分体力がついたと思う。
「コケっ!」
いつも朝にしか厩舎によらないので、コカトリスは少し驚いたように見えた。
「トリッピィ!」
なんとなく思いついた名前を叫びつつ、お腹の毛へとダイブ。
そのまま抱き着いて顔を埋める。
「コケェ?」
疑問形に
「名前ないと不便だし、駄目かな?」
上目づかいで答える。
「コケっ……」
少し困惑するような響き。
すると――
「そいつはクルックだよ。変な名前をつけるんじゃない」
低い女性の声が聞こえてきた。
「……誰ですか?」
振り返ると、そこにいたのは見覚えのない女だった。長身と黒い毛皮のコートが目を引く。長い前髪が顔半分を覆い隠しているが、尖った耳はそれをかき分け主張していた。
……エルフか。
確実にこの村の人間ではない。
ライガット村に住んでいる人種はヒトだけだ。「将来的に複数の人種が住めたらいい」とお父さんは語っていたが、未だ実現には至っていない。だって、この村基本的に余所から客来ないし。
「そいつの飼い主さ。おいで、クルック」
トリ……クルックは誘われるように歩み出て、女の頭を啄んだ。
「こらっ! あたしの髪はあんたの餌じゃないって言ってるだろうが! 牧草じゃないんだよ!」
――ぷっ。
予想外すぎて吹き出してしまった。
見れば、彼女の髪色は若草色で、確かにクルックが美味しそうに思えるのも無理はない。
クルックは申し訳なさそうな顔に俯くと
「コッケェ……」
と鳴いた。
うん。飼い主っていうのは事実だろう。
クルックが全く警戒していない。さっきのやりとりも手馴れていた。
でも気になるのは、この女、エルフなのに魔力を感じられない。
実は、私が不意を突かれたのは【魔力感知】に反応がなかったからなのだ。村の中ならまだしも、自分しかいない場では常に使用している。これは自衛と鍛錬を兼ねている。感じた覚えのない魔力の持ち主ならばすぐにわかる。
一応、感知が難しいほど魔力が小さい場合も考えられた。だが今回の相手は魔術に長けたエルフである。それほど微小とは思えなかった。
「あんた、まさかエイベルの娘かい? いや、年齢が合わないな。……二人目?」
「お父さんを知っているんですか?」
コカトリスの飼い主でこの村を訪ねてきた以上、なんらかの関わりがあるのは容易に推測できた。だが、まさか私の家族とは思わなかったので驚く。
「ま、昔面倒を見てやった程度の関係さ。今はこっちがこいつの面倒を見てもらっているがね」
女はクルックの喉を撫でる。クルックが気持ちよさそうな声を上げるのを無視して
「名乗るのが遅れたね、あたしはミューディ。見てのとおり、旅のエルフさ」
ミューディは不敵な笑みを浮かべながら言った。