十一話 まおうさま きゅーぴっどになる
別にお母さんにすべてちくったのは悪気があってではない。
お母さんとアンナは幼いころの親友らしい。一番頼りになるのはそういう間柄だろうと考えてだ。
「そうねー。ダロスさん相手ならいい縁談だと思うわ」
昼食後、お母さんは乗り気だった。
ダロスという男の評価はかなり高いらしい。ライガット村の、狩人のリーダーがお父さんだとすれば、畑のリーダーは彼だとか。
「どうしたらいいのかなあ」
なんて言いつつ、正直私はあまり興味がない。
恋愛とかよくわからないし。身内でないなら誰がくっつこうがどうでもいい。
今日の晩御飯なにかなあ。
「あら、気にかかるの?」
「えっ?」
「そうね。アンナお姉ちゃんにはお仕事でお世話になってるものね」
同い年だからだろうか。妙にお姉ちゃんを強調しながらお母さんが言った。
「ふふふ、アリシアには恋の天使になってもらいましょうか」
私が二重の意味で苦々しい顔をしているのに気づかず、お母さんの暴走が始まった。
◆
お母さんの立てた作戦はあまりにも酷かった。
端的に言えば、私がアンナとダロスの間を行き来し、上手いこと二人を出会わせるというもの。
――何故そんな面倒なことをしなければならないのか。
恋は駆け引きとサプライズなのよと熱く語られたが、理解は出来ない。
好きなら強引に奪ってしまえばよいのではないか?
魔族にはそういう文化の種もいる。
具体的にいうと力のままに押さえつけごにょごにょするのだ。もっとも、その種は女性上位であり、男性はそれに打ち勝つ力を見せねばならないが。
はぁ。
ため息が漏れる。
私の手にはバスケットが一つ。重い。中には、お父さんの仕留めたウィングバードが丸焼きにされて一匹入っている。
お姉ちゃんと私がお仕置きされた日以降、かなりの頻度で狩られている。もしかしたら、あのとき食べたウィングバードがとても美味しかったと伝えたからかもしれない。
だが流石に連日食べれば飽きが来るというものだ。となれば道は一つ。お裾分けである。
余り物を押し付けるこの行為は、村社会において重要な役割を果たしているらしい。具体的に言えば人間関係の潤滑剤。
まあ、お母さんの料理は旨いので余り物といえど嫌がれないと思う。
さて、どうして私がそんな役割をしているかと言えば、冒頭の件に遡る。
お裾分けを持ってダロスの家を尋ね、それとなく誘導して来いというわけだ。お姉ちゃんに押し付けたかったが、残念ながら剣の稽古がある。
一歳上とはいえカインに剣で先を越されたのが我慢ならないらしい。熱心に打ち込んでいた。
――魔法の感覚を忘れてしまわないといいんだけど。
魔法も剣術も、日々の鍛錬が重要である。
継続が必ずしも力になるとは言わないが、継続しなければ衰えていくばかり。
自分の命を懸けるなら尚更だ。怠ったことで生まれる一欠けらの錆びつきが、突然の死を招きかねないのである。
私も魔力はないものの、魔力操作とイメージトレーニングは欠かしていない。そういう意味では新しい仕事の検診はありがたい。【魔力視】の実践となるのだから。
現実逃避をしたままとぼとぼと歩いていると、ダロスの家についてしまった。
意を決して扉を叩く。
コンコンコンと音が響いたが返事はない。
……留守だろうか。
いや、思い出した。
そういえばアンナが居留守がどうのこうのと言っていたな。
もし居留守をするのであれば、外部から判別は出来ない。必然的に誰にでも黙秘を貫いているのではないだろうか。
「お父さん――エイベルのところのアリシアです。開けてください」
名乗ると逡巡の後、扉が開かれた。
◆
ダロスは、私の抱いていたイメージとは真逆の男だった。
芋だの畑のリーダーだの聞いていたので、筋肉隆々の日焼けした男を想像していたのだ。実際は色白で線の細い優男だった。かけている眼鏡のレンズから除く瞳は穏やかな人柄を感じさせた。
思い返してみると初対面ではない。
私が産まれて数か月の来客ラッシュの内にいた一人である。
……今思えば、あのとき村中の人間が押し掛けてきた気がする。
しかし、あまりの数に私の許容量を超えてしまったのだ。残念なことに顔と名前が一致しない人間は多い。
「ああ、エイベルさんの」
招き入れられたのでそれに従う。
ダロスの家は一戸建てであまり広くはない。だというのに、室内は散らかっていて足の踏み場もなかった。ガラスや植物の種子が散乱している。
居心地が悪いのを隠すようにバスケットを渡し
「これ、お裾分けです」
とニコリと微笑む。
「これはこれは。ありがとうございます」
彼も笑みを返した。
ああ重かった。手が痺れたよ。
と私が考えていると声をかけられた。
「アリシアさん、大きくなりましたね」
「ええと、いつもお世話になってます?」
とりあえず無難に返答しておく。
「ははは、僕があなたに会ったのは産まれたばかりのことですからねえ。覚えていないでしょう」
――いいえ。覚えています。
などとは言えないので首肯する。
ヒトの子供は生まれて数年の記憶がないのが当たり前らしい。以前驚かれたので、出来る限り隠しておくことにした。
「すいません、わざわざ持ってきていただいて。最近、芋の品種改良が煮詰まっていましてね。どうしても引き籠りがちになってしまいまして」
「品種改良?」
聞きなれない単語に興味を抱き、つい尋ねてしまった。
「ええ。別の種同士を掛け合わすことで、新たな種を作り出すことです。あなたが普段食べている芋もこれで生み出されたのですよ」
「難しすぎたかな」と藍色の髪をかくダロス。
いわば、コカトリスと鶏を掛け合わせるようなことをしているらしい。
「いえ。面白いです。どうしてこんなことを?」
進化の恣意的な操作など、意味があるとは思えないが。芋は芋のままではいけないのだろうか。
ダロスは一瞬だけあっけにとられたような顔をして、すぐに答えた。
「ええと、この土地は魔力の濃度が普通の場所より高くてですね。普通の芋では育たないんです」
へえ。
ますます面白そうだ。
「魔力濃度が高すぎると、作物は腐ってしまいます。逆に低すぎると芽吹かないんですがね。つまり、土地に適した品種を作ろうというわけです」
「今までのではいけないんですか?」
疑問を率直にぶつける。
「いえ、現在の品種でも差障った問題はありませんよ。しかし、どうせ植えるなら多く実のなる種がいいでしょう?」
何やら話を聞いていると、ライガット村設立最初の難関は食料の確保だったらしい。
肥沃な土地ではあるのだが、魔力濃度が強すぎて作物が育たない不毛の地。森の採取や狩りで飢えは凌げたが、豊かな村づくりには安定供給できる農作物が必須である。
そこで率先して活動したのがダロスだった。
自身の知識と天恵を総動員し、問題なく育つ芋を作り上げた。村の立役者だが、決して驕ることはしない。彼を慕うものは多いようだ。
あ、別にダロス本人がそこまで言ったわけではない。自画自賛になってしまう。
お母さんから聞いていた話と照らし合わせただけだ。
ふーむ。魔力の濃い土地か。
この村周辺の森に魔物が多いのはそれが関係しているのかもしれない。
なんて色々考えていたのでぽろっと言ってしまった。
「別にアンナさんと気まずくて引き籠ってたわけじゃないんですね」
――あっ。