九話 まおうさま みらいをうれう
洗濯が終わって家に入ったころにはとっくに夕方になってしまっていた。
入口からすぐの食事場で、お父さんとお母さんが談笑していた。お父さんの顔は普段より赤い。どうやら酒を嗜んでいるようで、すでに結構出来上がっている。多分狩人たちは、カインが同行したのでいつもより帰宅を早めたのだろう。
「おー、シンシア、アリシア、お帰り」
上機嫌なお父さんが迎えてくれる。
「お疲れ、二人とも。反省した?」
仁王立ちするお母さんにこくこくと何度も頷くと
「そ、ならご飯にしましょ。お腹、すいてるでしょう?」
破顔させ着席を促してくれた。
むむむ。
なんだか申し訳なくなって、カインのことを伝えた。
「実は、カインが持ってきてくれて、こっそりお昼ごはん食べちゃってたの……」
「ごめんなさい……」
二人して項垂れる。
しかしお母さんは
「あら、そんなこと知ってたわよ?」
と笑うのだった。
「馬鹿ね。家の裏であんなに大声でお喋りしてたら丸聞こえよ」
……言われてみればそうだった。
肉の美味しさに燥いでいたのは事実である。見て見ぬふりをしていてくれたようだった。
私たち二人の頭を撫で、上を向かせる。
「さて。すぐ夕ご飯が出来るわ。座って待ってなさい」
「「は~い!」」
私たちはそれぞれ自分の椅子に向かった。
◆
お父さんとお姉ちゃんがお喋りをしているのを横目に、私はお母さんの後姿を観察していた。お母さんは簡易的なキッチンで炒め物をしていた。鉄製の鍋の中で野菜と肉が踊っている。
何故簡易的なのかといえば、お母さんほどの魔法の使い手ならば、大した設備は必要ないからである。
火は魔術で起こせば自由自在に調整できるし、水も簡単に出すことが出来る。まな板の洗浄も一瞬だし、その気になれば包丁なしでも風の魔法で切り刻める。……制御を失敗すれば、飛び散り大惨事となるが。
これは魔法使いのためのキッチンなのだ。
ついでに言えば、お母さんは家事は得意だがそこまで拘りがない性格をしている。家を建てるときにも結構適当に作ってしまったとか。世の中には、まるで自分の城のようにとことん拘る人もいるらしいが……。
が、その適当さが災いして、今になって困ったことが起きた。お姉ちゃんはともかく、私はキッチンで何もできないのだ。将来的に家事を手伝うことになれば由々しき事態である。
実は、お姉ちゃんは狩人、癒し手以外にも冒険者の道を考えているらしい。たまたまカインと話し合っているのを立ち聞きしてしまった。カインもカインで「もしそうなら俺も一緒に――」なんて答えていた。
ぐぬぬ、お姉ちゃんはあんな男に渡さんぞ。
――話が逸れた。
対して、私は特にこの村を出る気もない。転生の目的が早々に潰えてしまった今、特に目標も思い浮かばないし。
なにより、この村には若者が少ない。
私、お姉ちゃん、カインの三人以外、お母さんより上の年齢の人しかいない。若者が不足しているのだ。
――別にお母さんが若くないとは言っていない。
かつて「どうしてこの村には若い人がいないの?」なんて尋ねたとき、少し青筋が浮かんでいたのは気のせいである。
聞けば、冒険者や騎士を目指し都会へ村を出て行ってしまう若者が多いのだとか。いいところなのになあ。
つまり、将来的にこの村は高齢化の波に襲われてしまう。ヒトの寿命は短いのだから尚更である。
で、私がこの家で暮らすには色々と不便なのだ。
他の三人は魔法を使えるので、魔法前提の家でも特に問題は出なかった。しかし、私は違う。まだ幼いのでさほど気にならないが……。
将来のことを考え改築するか、魔法を使えるようになるかを考えなければならない。
なんて考えていると、話題が私の方を向いていた。
「アリシアは天恵を授かって生まれてきたんだなあ」
先ほどより顔を赤らめたお父さんが言った。
エールのジョッキは空になってしまっている。つまみの串焼きも殆ど残っていない。ちなみに、串焼きの肉は本日の獲物の鹿である。村周辺の森は魔界由来の魔物が多いが、人間界の動物も負けじと生息している。
かなりへべれけになりながら続けた。
「天恵を持った子は、何か為すべきことがあるというから、頑張りなさい」
――為すべきこと、か。
本当は天恵などではないのだけれど。
ちょっと興味が出てきたので訊いてみた。
「お父さんが昔あった人は、どんな為すべきことがあったの?」
「ん~?」
少し考え込む素振りを見せた後
「村のダロスさんは、畑で新種の芋作ってたなあ!」
とわっはっはと笑い出した。
為すべきことってそのレベルなのか……。芋は嫌いではないけれど。っていうか、私たちが普段食べている芋がそれなのか。
この村の主食は芋とパンである。芋は基本的に蒸して食べる。
私はどちらかと言えばパンより芋が好きだ。ほくほくとした食感と程よい甘味が堪らない。それに腹持ちがいい。パンだとすぐにおなかが空いてしまうのだが、不思議と芋なら数個で十分満腹になる。
ついでに言うと、私たちの家は狩った獲物を村の人々に引き換えてもらっている。上で挙げた芋はもちろん、野菜や家畜の乳、卵なんかも。
「も~、私には為すべきこととかないの~?」
使命に憧れを感じたのだろう。お姉ちゃんが羨ましそうに駄々を捏ねると
「こんなに可愛い娘が二人も産まれてきてくれただけで十分だー!」
とお父さんは益々上機嫌になるのだった。