八話 まおうさま おしおきをうける
「あ~あ。あたしも天恵欲しかったなあ」
家の裏の広場で、洗濯物を洗いながらお姉ちゃんがぼやいた。
本日三度目の台詞である。
天恵の説明の後、幸いにしてこっぴどく叱られることなく解放された。どうやら、お話をしているうちにお母さんの怒りが冷めたようだった。
しかし罰は別である。
昼食抜きと一日分の洗濯を二人だけでやること。これがお母さんの出したおしおきだった。
「もう、何度言ったって仕方ないよ。その分、私は普通には魔法使えないんだし」
ぎゅるると鳴るお腹を押さえながら、本日三度目となる答えを返す。
「そうは言ってもね~」
「あ、水出して」
「うん、清浄なる水よ、清めたまえ――【洗浄】」
今のお姉ちゃんの魔法には勢いがない。
訓練の時に散々魔力を消費したためだろう。
「はあ、お腹すいたね……」
「うん……」
私は同意すると、昼食を夢想し始める。
本来なら、猪肉の塩漬けを焼いたものをパンに挟んで三、四枚ほど食べる予定だった。
お母さんが言うには、年齢の割に食べ過ぎらしい。
でもおなかが空くんだから仕方がない。
私は離乳食のころからよく――という次元を超えているようだが――食べる子だった。
三歳になっても食欲は劣るどころか、ますます増している。
恐らく、前世が関係あるのだろう。
ヒトに生まれ変わって初めてとった食事は刺激的だった。何せ、魔王時代には味という概念すら乏しかったのだ。
当時感じたのは、攻撃のため喰らいついた敵の肢体の肉の味と、傷を負ったことによる口内に滲んだ魔力の味だけだった。今生のなんと恵まれていることだろう。
それだけに現状はかなり辛い。
お腹の虫が全力で泣き続けている。
ひ、ひもじい。
「お、やってるなあ」
そこに通りかかったのはかつてのクソガ――いや、カインだった。
「何? 冷やかしなら帰って」
冷ややかな私の声。
対して、赤毛の少年は人懐っこい笑みを浮かべていた。こいつはお姉ちゃんより一つ上、つまり七歳である。成長してがっしりとした体つきになってきたと思う。
ライガット村は農村である。そのため、子供は親の仕事を手伝うのが当たり前だ。カインも、父親の狩りに同行し学んできたのだろう。
ちなみに彼が同行を許されたのは今回が初めてのことだ。カインは普段、私のお父さんに剣術を教わっている。先日、一人前の剣士としての合格点に達したと判断されたのだ。
何度も何度も自慢してきて鬱陶しいことこの上なかった。
お姉ちゃんが魔法を学んでいるのもその一環。
実はお姉ちゃんには治癒魔法の才能がある。光の属性を持っているからだ。治癒魔法には光か闇の魔力が必要なのだ。
なので、その才能を活かして村の癒し手となるか、お父さんの後を継いで狩人になるか悩んでいるところらしい。どちらにしろ魔術の知識が必要となるため、勉強は必須である。
「相変わらずアリシアはひでえな……」
「も~、アリシア! 駄目だよ」
「ごめんね、お姉ちゃん。でもカインだから」
「理不尽すぎる……」
はっきり言って私はこの男が嫌いだ。
別に性格が問題があるというわけではないが……。
「それで、何しにきたの? ただ顔を見に来たわけじゃないんでしょ?」
――あり得なくもないのが怖い。
一言でいえばこいつはお姉ちゃんにつく悪い虫である。ことあるごとにお姉ちゃんの傍にいる。
「あ、ああ。村の人に話聞いてさ。腹減ってんだろ? これ、差し入れ」
そう言って、彼が差し出してきたのは何かの肉だった。
鳥……だろうか。腿肉に見えた。
骨付きのままこんがりと焼かれたそれは、香ばしい匂いが食欲をそそる。調理されたばかりなのだろうか。まだ温かい。
「ウィンドバードの肉。俺が仕留めたんだぜ!」
カインはそう言うと、ふふんと胸を張って自慢げにしていた。
「もらっていいの? ありがとう、カイン!」
「もちろん!」
ちょうど洗濯物を切りよいところまで干し終えたところだった。もしかしたら、カインはタイミングを見計らっていたのかもしれない。
物陰で様子を伺ってる姿を想像して、つい笑いそうになってしまった。
「む、ありがと」
不承不承で私も礼を告げ、受け取る。二本あったので、お姉ちゃんと私で一本ずつ分け合った。子供一人が食べるには大きすぎるサイズだが、魔力不足で空腹な私たちには関係ない。ガツガツと食らいつきながら、カインの言葉に耳を傾ける。
「――飛んでたところを炎の魔法で……気持ちよかったなあ!」
カインは長々と武勇伝を語っていた。
時折お姉ちゃんが「すごいなあ」なんて相槌を打つものだからますます調子づいている。
むむむ、気に入らない。
ウィンドバードは風の魔物で、そこまで強い種類ではない。気性も穏やかで、警戒心は強いものの狩るのはさほど難しくはない。魔界でも人気の食材だったように思える。
狩られすぎて個体数が減少しているだの騒がれていたのは覚えているが、どうやら双星界でも問題なく繁殖しているようだった。
塩を少し振っただけだろうに、淡泊な中にも旨味が濃縮されていて、もう止められない。
――こんなに美味しいのなら前世でも食べておけばよかった……。
なんて悔やんでいると、二人の話題は魔術について移り変わっていた。
カインもお姉ちゃんと一緒にお母さんから魔法の手ほどきを受けている。使えるならそれに越したことはないからだ。
しかし、お姉ちゃんと比べると大した腕ではない。魔力を練り上げるのが致命的に下手で、攻撃魔法となると下位ですら、生まれ持った炎の属性しか使えないのだ。
一方、お姉ちゃんは非常に優秀だ。下位レベルならば四元素の魔術全てを操れる。すでに中位ですら――今日手痛い失敗をしたばかりだが――感覚を掴み始めている。
「それでフーセンの木を消し飛ばしちゃったのか? 無茶するなあ」
「も~! アリシアの言うとおりにしたらすごいことになっちゃったのよ」
「あんなにいっぱい魔力を詰め込むとは思わなかったんだもん!」
心外とばかりに私は口を挟む。
「本当なら、もっと小さくていいんだよ。上位魔法使うのかと思うぐらいマナを詰め込むなんて……」
流石にこれを基準にされては困る。
身振り手振りで大きさを伝え、厳重注意をしておく。
「でも、なんでアリシアはそんなこと知ってるんだ?」
「そうよね、魔力が見えるにしても、魔法に必要な魔力までなんて」
……痛いところを突かれた。
二人の疑問ももっともだろう。だがここは
「――天恵のおかげだよ」
全部天恵のせいということにしてしまおう。
うん、これから困ったときはこれだね。
「……そうなのか?」
「天恵ってすごいのねぇ……」
カインは半信半疑だが、お姉ちゃんは信じてくれそうだ。チョロイ。
駄目押しに
「頭の中に浮かんでくるの。……私、変?」
上目づかいで悲しげにする。
「そんなことない! 何があったって、アリシアはあたしの妹なんだから!」
「お、おう。俺の妹分でもあるぜ!」
陥落である。
だが私はカインの妹分になった覚えなどない。
まあ、鳥肉の借りがあるし、ここは否定しないでおく。
すると「カインお兄ちゃんって呼んでもいいぞ」などと言ってきた。調子に乗るな。
「そういえば、他に取ってきたものはないの?」
表情を一変させ、カインに尋ねる。
二人は少し面食らった風になったものの、すぐにいつも通りの雰囲気に戻った。
「なんだ? これだけ食べて足りないのか? ……アリシアの大食いは有名だもんな」
「違う!」
こいつのこういうところが気に食わない!
怒りを抑えながら続ける。
「肉じゃなくて! 他の素材とかはどうしたのって聞いてるの!」
「肉だけ剥いで後は捨てたぜ。親父も何も言わなかったしな」
どうやら初めての獲物ということで、父親から好きにしていいと言われたらしい。結果、気になる女の子であるお姉ちゃんの元へ訪れたようだ。
「はぁ~」
私が大きく落胆のため息をついたのを見て、お姉ちゃんが補足する。
「羽飾りとか欲しかったのかな? でも、あんまりウィングバードは綺麗じゃないよ?」
「炎魔法で焼いちゃったから、表面はボロボロだったしな……」
そういうことではないのだが……。
ウィングバードは光沢ある美しい羽をしているのだが、抜け落ちた途端、くすんだ灰色へと変わる。死んだ場合も同上である。どうやら魔力が関係しているらしい。
まあ、仕方ないだろう。私の目的の品はあまり価値がないと思われているようだし。変に高価であれば、そちらの方がややこしくなりかねない。
遅めの食事を終えた私たちはカインと別れ、お仕置きである洗濯に再度取り掛かることにした。