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魔王様の復讐は失敗しました  作者: ぽち
はじまり
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プロローグ まおうさまの きおく

 魔物と魔族の支配する世界――魔界。

 その中心に聳え立つ魔王城にて、世界の命運を賭ける戦いが行われていた。

 戦いの場は玉座の間。荘厳な雰囲気に包まれ、魔王の威光を表し、重圧を持って謁見者を圧倒していた。

 しかしそれは数刻前のこと。今となっては戦闘の流れ弾を受け瓦礫の山。見る影のない有様となっていた。


 相対するのは勇者と魔王。


 勇者の名はクリス。

 人間界より現れた最後の希望である。


 十五年前、突如始まった魔族の人間界侵攻。

 その大部分において人間界は苦境に立たされてきた。


 それに対しクリスが立ち上がったのが二年前。まだ幼い十三歳のころである。

 勇者は天使からその証たる聖痕(スティグマ)と神器を受け取ると、仲間たちと共に、多くの魔族を打ち破り、ついに魔王の喉元へとたどり着いた。


 だが、仲間たちとは、すでに別れている。

 これより先は人間の枠を超えた戦いだ。そのため彼らには荷が重いと考えたのである。

 もちろん、仲間たちもおめおめと引き下がるわけにはいかない。彼らは殿として、戦いの邪魔が入らぬよう努めてくれていた。


 魔王の名はバルバトス。

 魔力の扱いに長け、魔術の研究に明け暮れていたという奇特な魔王。だがそれゆえに、歴代最強との呼び声も高い。

 強者が弱者を支配する魔界において、彼は珍しく穏健派だった――いや無関心といってもいい。

 だが、十五年前より人が変わったかのように侵略を扇動し始めたのだ。


「うおぉぉぉっ!」


 クリスが吠えた。

 剣の切っ先を魔王へ向け、飛びかかる。


 勇者の純白の鎧にはところどころ赤い染みが滲んでいる。返り血ではない。クリス自身の血液だ。

 肉体が軋み悲鳴を上げるのを無視し、身の丈ほどの大剣を振るう。暴風のような一撃が黒衣の魔王を襲った。


 バルバトスは魔力により漆黒の障壁を幾重にも展開し、受け止めようとした――が、大剣の勢いを殺すことは叶わずやすやすと打ち砕かれる。

 大剣の余波により時空にひずみが発生し、幾重の裂け目が生まれていた。


 死闘だった。

 お互いの全力を持って、相手の肉体を破壊し、命を奪おうとする。情けも容赦もない。

 力と力のぶつけ合いである。


 勇者の剣――聖剣アロンダイトは天使により齎された神器の一つだ。魔力を注ぎ込めば注ぎ込むほど切れ味の増す業物。

 勇者の莫大な魔力を受け、刀身は輝き続けていた。


 ――ちっ、天使め。露骨に人間界へ肩入れしよって……。


 魔王は、理不尽なまでの威力の聖剣を一瞥し、内心悪態をつく。

 口に出す暇はない。極限状態のやり取りでは一瞬の隙が命取りとなる。


 早々に真っ向から防ぐことを諦め、身を翻す。寸のところで躱すと、体勢の崩れた勇者を打ち倒さんと、魔力を五発分練り上げた。

 闇、炎、水、風、地――魔界に存在する五属性全ての最上級魔術(エンシェント・スペル)だ。

 魔術の多重起動は常人には不可能である。長年の研究により裏打ちされた技術と、溢れんばかりのマナを駆使した荒業。制御を誤ればバルバトス自身が消滅しかねない。


 魔術の一つ一つが、勇者に匹敵する魔王の魔力で生み出されている。

 一騎当千の実力者である魔界の上位者(ハイエンター)でさえ、触れれば跡形もなく消え去ることとなる。人間界の住人だとしても変わりない。英雄と謳われる、勇者の仲間たちすら一撃で抹消できるだろう。


 その魔術を更に圧縮し、爆発的な威力へと変貌させる。勇者の攻撃と同様、次元を破壊しかねない一撃を、五発同時に放つ―― 

 しかし、アロンダイトの一薙ぎの前に、闇、水、地の三つが無力化され、魔力の残滓となり掻き消えた。

 残りの二つが勇者を襲う。


 ――爆炎。


 炎が風により巻き上げられ、拡大していく。一面を魔力による炎が覆い尽くした。

 あまりの光量に視界が真っ赤に染まる。


「やったか……?」


 魔王は呟くも警戒は解かない。自らの目で死を確認するまで、息をつくことは出来ない。

 かつて、勇者を破ったと豪語した部下が、心の臓を貫いたはずの勇者の一太刀でひれ伏したのは記憶に新しい。神の奇跡と湧く人間どもを、苦々しく思ったものだ。


 この状況では魔力による気配感知も当てにならない。余りにも周囲のマナが濃すぎるのだ。勇者の魔力すら埋もれてしまっている。


「まだだっ!」


 叫びと共にクリスが突撃する。

 バルバトスにとっては残念なことに、勇者の肢体に目立った外傷は見受けられなかった。神器、ニーベルングの力である。アロンダイトと共に天使から賜った、死を三度まで免れる奇跡の指輪だ。

 

 本来ならば魔王と勇者の力量に差はない。だが、天使の介入で神器が加わっていれば話は別だ。パワーバランスは勇者へと大きく傾いていた。

 あまりにもな理不尽に、怒りを覚え、魔王の動きが一瞬止まる。


「これで、終わりだッ!」


 勇者がその隙を見逃すはずがない。

 ――一閃。

 聖剣は、魔王の腹部を貫いていた。

 傷口から溢れるのは血ではなくどす黒い魔力。


「貴様ァ……!」


 よろめきつつ、魔王は罵詈雑言を浴びせようとして


「かはっ……」


 咳き込んだ。口元からも魔力が噴出していく。

 構成していた魔力が急速に失われ、先刻まで張りつめていた肉体が弛緩していく。


 ――殺してやる、殺してやるぞ……。


 『星の核』である魔王が失われ、これから魔界の辿るであろう未来を想像し、バルバトスの思考が憎悪一色に染まっていく。

 だが、それでも僅かばかりに冷静な部分は残っており、致命傷を負った肉体では不可能だと告げていた。


 数日もせずに魔界は滅ぶ――いや、次元ごと消滅するだろう。『星の核』とは世界を構成する心臓部であり、破壊されれば世界の死を意味する。

 脳裏を過ったのは、世界と民たちが全て塵芥となり消え去る光景。


 死の気配が濃厚になるにつれ、行き場のない怒りと憎しみも強くなっていく。


 ――行き場のない……?


 バルバトスに浮かんだのは、一つの単語だった。


 ――復讐だ。そうだ、復讐してやればいいんだ。


 こんないい考えはないとばかりに、バルバトスの顔に笑みが浮かぶ。勝者であるクリスですらぞっとするような狂喜の笑顔。


 ――復讐。ふくしゅう。フクシュウ。


 怒りに燃えたぎる魔王の脳内には、抗いがたい甘美な囁きだった。

 例え魔界が滅びたとしても、必ず人間界に蘇り、報いを受けさせてやる。


「ふ、ふはははは……」

「何がおかしい……?」


 訝しむ勇者が滑稽で、笑いが止まらない。

 ところどころ咳き込みつつも魔王は続ける。


「いつの日か、人間界に蘇りっ……この魔王が、貴様たちっ、人間どもを、必ず駆逐してくれよう――! ひゃは、ひゃははははっ!」


 げらげらと嘲りながら、数日前に手慰みで生み出した『転生の秘術』を起動させる。

 自身の死が魔界の消滅に直結している以上、『転生』など何の意味もない戯れのはずだった。しかし、それが、今ではどうしようもなく愛おしいものに思えた。


「そんなことをして、何になるっていうんだっ……」


 勇者は気圧されたような声を上げると、悲しげな顔で聖剣を振り上げた。

 トドメを差すためだ。

 怨敵とはいえ、敗者を貶めるようなことはしたくなかった。だが、目の前の存在は、必ずや災いを齎すだろう。

 そう考えてのこと。


 だがもう遅い――


 『転生の秘術』は完成し――





 ――これが私、アリシア・バートランドの生まれ持った記憶だ。

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