白雪姫と眠れる森の美女の戦い
ディズニーの白雪姫と眠れる森の美女のイメージからは相当外れます。
また、白雪姫と眠れる森の美女のキャラクターのイメージを、本筋の童話から壊したくない方はここでバックしてください。
むかしむかしあるところに、広くて深い森がありました。
その森には一つの言い伝えがありました。森の奥深くに、一人のお姫様が眠っているというものです。
なんでもその昔、仲はよいのですが、なかなか子に恵まれない王様とお妃さまがおりました。二人はついに子どもを授かり、お姫様が生まれました。
二人は非常に喜んで、パーティを開くためにたくさんの人を招待しました。
七人の妖精も招待したのですが、王様とお妃さまは幸せでしたので、八人目の妖精をすっかり忘れてしまっていたのです。
さて、お城では大きなパーティが開かれました。七人の妖精は、お姫様にお祝いとして、不思議な力を使って贈り物をしました。
あるものは美しさを、あるものは夢を……。そうして六人が思い思いに贈り物をして、ようやく七人目の妖精がお姫様のいる揺りかごの前に立った時でした。
ゴロゴロ、どーんっ! という激しい雷の音がお城中に響きわたりました。
城は真っ暗になり、みながざわめきました。
すると、お姫様の揺りかごの前に、突然、まばゆい光が弾けると、誰かがそこに現れました。
あの、忘れられてしまったかわいそうな八人目の妖精です。
妖精は、ひどく意地悪な顔をして、お姫様を指差しました。
「この娘は十六歳の誕生日に、糸車の針で指を刺して、死ぬ!」
招待されなかった妖精は、腹いせにお姫様に呪いをかけにきたのです!
ああ、なんと執念深い妖精か。わざわざ森の中からご苦労さまです。
「ああ! なんてこと!」
その言葉を聞いたお妃さまは叫び声をあげてその場に崩れ落ちました。王様はそれをささえると、すぐに兵隊たちに向かって叫びました。
「その妖精を捕まえろ!」
しかし、不思議な力を持つ妖精に叶うはずもありません。妖精はもう一度まばゆい光を放ったあと、跡形もなく消えてしまいました。
さきほどまでみなが笑っていたパーティは、あっというまに暗い雰囲気のものになってしまいました。
「お姫様は死にません!」
その静けさを破り、お姫様の側に歩み寄ったのは、まだ贈り物をしていない妖精でした。
「お前が呪いを解いてくれるの?」
お妃さまは期待いっぱいの表情で妖精を見つめました。
妖精は首を縦に振るのかと思いきや、何故か横に振りました。
それはそうでしょう。世の中はそんなに上手くいかないものです。
「解くことはできません。ですが、効力を弱めることはできます」
解くことはできないのね、とお妃さまは思ったに違いありませんが、優しいお妃さまはそんなことは言
いませんでした。
「あなたは糸車に指を刺しても死にません。ただ、百年の眠りにつくだけ」
長い眠りです。普通にそれだけの間眠るだけでは、体が朽ちてしまうでしょう!
ところが、このあと紆余曲折の末、お姫様はやっぱり眠りに落ちるのですが、賢い王様は考えました。
この城を森で囲んでしまえばいい。森の中に時間の流れは存在しません。そうすれば、お姫様だって、朽ちることなくただ静かに眠りにつけるでしょう。
そうして城の周りには茨や木をたくさん埋めましたので、深い深い森になりました。
その百年の間に、眠っているお姫様の話は言い伝えとして残ったのです。
眠れる森の美女は百年の時を超えて目を覚ます。
お姫様が美女かどうか誰も知りませんが、妖精の贈り物の中にあったので、きっとお姫様は美しいのです。
さて、八番目の妖精は、当然妖精らしく歳を取ることもないし、姿を自由に変化させることができました。かなり月日が経ってからではありますが、一番の美女に変身しまして、隣の国へ行きました。お姫様の眠る森を挟んで向こう側の国のことです。妖精は、その隣の国の王様に出会い、王様を誘惑してお妃さまになりました。
ところが八番目の妖精にとっては気に入らないことに、ここには白雪姫と呼ばれる美しい娘がおりました。まだ十歳の彼女は、どことなく、九十四年前のあのお姫様を彷彿させる容姿をしておりました。
眠りについたお姫様は十六歳で、今の白雪姫よりも完成された美しさがありましたし、二人の顔が似ているというわけではありません。
しかしながら、妖精が羨む美しさを持つ彼女は、どこか妖精にとってわずらわしい存在でありました。
「鏡よ鏡。この世で一番美しいのは誰?」
妖精は、不思議の鏡に問いかけるのが日課でした。
「それはあなたです」
鏡はそう答えてくれましたので、お妃さまは満足しておりました。もちろん、お妃さまは一番の美女に変身したのですから当たり前です。
しかし、もし他にもっと美しい人が現れても、お妃さまになった以上、無闇に姿を変えるわけにはいきません。
鏡がそうやって妖精が一番の美女だと答えている間には、妖精は白雪姫をいじめるだけで満足しておりました。
ところが、あのお姫様が眠りについて百年。そして白雪姫が十六歳になった日、物語は大きく動き始めます。
「鏡よ鏡。この世で一番美しいのは誰?」
「それは白雪姫です」
「なんですって!」
妖精、もといお妃さまは怒りに震えました。
もっとも、一番の美女じゃなくたって、お妃さまは充分に美しいのですが、美へのこだわりは時に人を狂わせるのです。ああ、悲しき女の性。
「あの娘は忌々(いまいま)しい七人の妖精によって殺し損ねたけれど、白雪は確実に息の根を止めなければ」
お妃さまは狩人に、白雪姫を殺してその心臓を持ち帰るように命じました。
狩人は白雪姫を殺そうとしましたが、白雪姫があまりに美しく純粋であったために、殺すことを止めてしまいました。そして、彼は白雪姫を逃し、妖精あるいはお妃さまには、猪の心臓を渡しました。そして、一目散に城から逃げて遠い遠いところへと行きました。
白雪姫は森の中に逃げました。そう、あの眠れるお姫様の言い伝えがある森に、です。白雪姫は七人の小人に出会い、その純粋な心で小人たちの信頼を勝ち得ました。
さてさて、一方、妖精あるいはお妃さまは、狩人の持ち帰った心臓を見て、にこにこと笑っておりました。白雪姫が死んだことに大変満足していたので、自信満々に鏡へと話しかけました。
「鏡よ鏡。この世で一番――」
「――白雪姫です」
「なんですって!」
最後まで言わせてもらえなかったばかりか、白雪姫が生きているということで、怒りに震えておりました。
「白雪姫は七人の小人とともに森で暮らしています」
「七人の小人!? 七人の妖精の次は小人とは!」
妖精にとっての百年はさして長くないので、昨日のことのように、あの眠り姫のことについても思い出せるのです。
ですからまた邪魔をされたと知った時には、妖精あるいはお妃さまはひどく怒り、自ら止めを刺さねばと心に誓いました。
そして考えたのが毒リンゴです。
こっそりと老婆に変身した妖精は、毒リンゴを持って森に行きました。
そして小人がいないすきに、純粋な白雪姫を言いくるめて毒リンゴを食べさせました。すると白雪姫はばったりと倒れました。
白雪姫が毒リンゴのせいでばったりと倒れた頃、森の中の城では、一人の美女が目を覚ましました。
そう、あの言い伝えのお姫様は、百年の時を経て、ようやく目を覚ましたのです。
「う、うぅん……」
目が覚めた瞬間、お姫様の真っ白だった頰に赤みが差し、唇は紅色に彩られ、非常に美しく艶やかな姿になりました。
百年の間に、世間には完全に忘れ去られていましたが、彼女の名前はオーロラと言います。
オーロラは、大きな目をぱっちりと開けたかと思うと、ゆっくりと上半身を起こしました。そして、キョロキョロとあたりを見回しました。
彼女が眠っていた部屋は、ベッドと本棚しかない、殺風景な部屋でした。
しかし百年経ったとは思えないほど綺麗でしたので、オーロラは目が覚めた時、ここはどこでいつかということを理解できませんでした。彼女に分かったのは、ここが呪いから逃れるために暮らしていた隠れ家でもなければ、呼び戻されたあとの城にあった自分の部屋でもないということです。
「おお、なんということだ!」
急に大きな声がしたのでオーロラがびっくりして扉の方を見ると、大層美しい王子様がそこにいました。
「眠り姫が目覚めたのか!」
「私は何年眠っていたの?」
「百年です、姫」
「妖精の言ったとおりだわ。それと、私はオーロラよ」
自分の名前を名乗りながら、聡明なオーロラは自分の状況をだいたい理解しました。
「あなたは?」
「フィリップと申します。この森の東にある国の王子です。あなたの遠い親戚になります。もしよろしければ、私の妃になってくださいませんか? あなたの美しさに心を打たれました」
もしここにいたのが白雪姫ならば、純粋で無知な彼女は、何も考えずにこの言葉に頷くでしょう。
しかしここにいたのは、オーロラです。オーロラはお姫様として育ちませんでしたので、それなりに世間を知っています。それに、両親に捨てられたと思っていましたので、多少すさんでおりました。
オーロラは、王子の語る愛など一ミリも信じてはおりませんでした。百年も前から眠っている謎の女を、妃にしたいと思うなんて、まともなやつだとは思えません。
しかしオーロラは、自分の子孫が治めている国に世話になるのが一番だと判断し、とりあえずは王子の求婚に答えることにしました。
「まあうれしい! 私も一目見て、あなたをお慕いしていたのです」
こんな風に心にもないことを言って、王子を喜ばせました。
王子はそんなオーロラの心など知らず、にっこりと笑うと言いました。
「私は馬で家来と参りましたので、一度城に戻り、明日、馬車で迎えに来ます。明日まで待っていていただけますか?」
「ええ、もちろん」
こうして、表面上はフィリップとオーロラの婚約話はうまくまとまりました。
そして、王子は森の中の城から出ますと、家来たちにオーロラのことを話し、彼女を妃にすると告げました。
すると家来たちは大喜び。
どうしてかといえば、このフィリップ王子は非常に女遊びが激しいことで有名だったです。どんなに急かしても結婚しようとしないフィリップ王子に、家来たちはやきもきさせられていました。
しかしそんな彼の心を、この世で一番の美女であるオーロラが溶かしたのです。
この世で一番の美女といえば、白雪姫の継母かつ、お妃さまかつ、オーロラを殺そうとした八番目の妖精は、オーロラが目を覚ました時、鏡の前にいました。
「鏡よ鏡。この世で一番美しいのは誰?」
「それは、隣国のお姫様です」
「な、なんですって! 次から次へと!」
このとき、妖精はひどい勘違いをしました。この隣国のお姫様とは、もちろん彼女が殺そうとしたオーロラのことなのですが、彼女は白雪姫のいる国とは森を隔てて東側の国のお姫様です。
ところが、そんなことを忘れていた妖精は、なぜか白雪姫のいる国の西側の国のお姫様だと思ったのです。
そしてさっさと旅支度をして、そのお姫様を抹殺しに行きました。
このとき妖精は気付くべきでしたが、白雪姫の継母かつお妃さまであることにこだわらないなら、不思議の力で姿を変えてしまえば、すぐにでも一番の美女になれました。しかし年をとって柔らかな発想を失っていた妖精には、それは思いつくことができませんでした。
こうして、白雪姫のいる国からも、オーロラのいる国からも、悪しき妖精は立ち去りました。
めでたし、めでたし。
しかし物語は終わりません。これからが白雪姫と眠れる森の美女の戦いなのですから。
話はフィリップ王子に戻ります。彼はオーロラと約束したために、自分の国に帰ろうとしました。
しかし彼は思い込みが激しくて、プライドの高い面倒な人種でもあったので、家来の言葉に耳を貸さずに森を馬で駆け抜け、迷ってしまいました。家来はいつものことなので、呆れながらも王子様についていきました。
そこで、彼は白雪姫が小人と住んでいた家にたどりつきます。
家の前には七人の小人が、ガラスの棺の前ですしくしくと泣いていました。
「どうしたんだい?」
「白雪姫が死んでしまった……」
王子様はその棺を覗き込むと、驚きました。そこには非常に美しい白雪姫が眠っているのです。
王子様は一目で恋に落ちました。もういっそ死んでいても飾っておきたいと思ったのですが、王子様は悪知恵は働くので、そうは言いません。代わりに小人に向かっていいました。
「おお、愛らしい白雪姫。このような姿になられて残念です。ですが、私なら彼女を生き返らせられるかもしれません。小人さん。どうか、彼女を棺ごと城まで連れていくことをお許しください」
小人と白雪姫と同じくらい純粋でしたので、王子様の言葉に素直に喜び、棺から身を引きました。
家来たちは死体を棺ごと運ばなければならない未来に絶望していましたが、それもよくあることなので黙っていました。
オーロラを妃にと言った直後のことですが、死体が相手なら浮気でもなかろうと家来たちは考えたのです。
ところが、家来たちが棺を持ち上げ歩き出すと、一人の家来が石につまずいて転んでしまいました。
棺もまた傾いて、大きな衝撃を受け、中の白雪姫も強く背中を打ちました。
するとなんということでしょう。白雪姫の胸につかえていた毒リンゴがポロリと取れて、白雪姫が生き返ったではありませんか。
「おお、白雪姫。やはり私の思いに応えて生き返ってくださったのですね」
家来たちはそんなわけはないと一斉に思いましたが、小人たちはそれを信じて喜びました。また、白雪姫もそれを信じて、にっこりと微笑んで礼を言いました。
その美しさといったらもう、オーロラに引けをとりません。
もしあの八番目の妖精が、白雪姫の生き返った今、鏡に問いかけたら、どちらが美しいと言われるのでしょうか。答えを知るうる妖精は、今は遠い西の国へ行っています。
とにもかくにも美しい白雪姫に、王子様はすっかり惚れ込んでしまい、彼女の側に寄って言いました。
「私の妃になってください。あなたの美しさに胸を打たれました」
純粋な白雪姫は、王子様の言葉を疑うことを知りませんでしたので、すぐに「はい」と言いました。白雪姫は王子様か自分を生き返らせてくれたのだと信じていた上に、王子様がオーロラにも求婚していようなどと想像すらしていなかったからです。
「では、私の馬に乗ってください。共に城に参りましょう」
家来たちはオーロラはどうするんだと心のなかでつっこみましたが、純粋な白雪姫の前でそんな話をするのはためらわれましたのでしませんでした。
そうして二人はお城につき、王子様は彼女を妃にすると宣言しました。そして彼女を西の塔に住まわせました。
さて、王子様は白雪姫にゆっくり休むように言うと、自分は馬車に乗って再び森へと向かいました。
そう、王子様はオーロラのことも諦めてはいませんでした。
彼はオーロラを迎えに行き、城に連れ帰ると、東の塔に住まわせました。そして、彼はまた、オーロラを妃にすると宣言しました。
二人のお妃さまを迎えることはいけないことだとされていたので、家来たちは止めました。しかし王子様は、反対を押し切って、二人を妃にすることに決めました。
「二人が城で会わないようにしろ。東の塔で働くものは、西の塔に誰がいるか言ってはいけないし、逆もだめだ。私は何も言わないが、あの二人には、自分が唯一の妃だと思っていてもらわなければ困る」
困るのは家来たちでしたが、彼らはどうにか王子様の希望に沿おうと奮闘しました。なにせ、王子様の女好きにはほとほと手を焼いていましたので、二人で満足するならば、それでもいいかと思い始めたからです。
こうして三人の城での暮らしは始まりました。
王子様は白雪姫の歌声に癒され、その美しさに見惚れていました。しかし白雪姫との時間を楽しむと、今度はオーロラのもとへと訪れます。
オーロラはとりあえず王子様の喜ぶような言葉を巧みに並べ立てたので、こちらに来ても王子様はその射貫かれやすいハートを射貫かれていました。
そして夜更けには、どちらかにとどまるのかと思いきや、町に出て女たちと酒を飲んだりと、やはりその女好きは変わることはありませんでした。
西の塔の白雪姫は、東の塔に誰がいるか問いかけることもありませんでした。
彼女は庭で小鳥と歌い、穏やかに過ごしていました。彼女は王子様の愛を信じていました。
東の塔のオーロラは、問いかけるまでもなく王子様の浮気を見抜いていました。なにせ王子様はほかの女の香水の匂いをつけたままオーロラを訪れることがあったからです。王子様としては、百年の眠りについていたオーロラは世間知らずだと思っていたのですが、彼女は妖精からの贈り物の一つ、英知を持っていましたので、そんな子供だましに騙されることはなかったのです。それどころかオーロラは、王子が町に繰り出す時間までも自分の足で突き止めました。
そんなある日、オーロラはみなが寝静まった夜に城を探検していました。すると、眠れずに外で歌っていた白雪姫とばったり出くわしました。
二人はお互いの姿をみて、なんて美しいお姫様だろうかと思いました。
白雪姫は、王子様がほかの誰かを愛しているなどという考えはつゆほどもありませんので、このお姫様は誰だろうかとのんきに考えておりました。
オーロラは、こんなにかわいいお姫様が、どうしてあんな王子に捕まったのか不思議でしょうがないと思いました。
「あなたはどうしてここにいるの?」
「私は王子様のお妃さまになるためにここに来ました」
「お妃さま?」
「はい。王子様は私をよみがえらせてくれたのです!」
「よみがえらせて? ちょっと待って。お話を順番に聞かせてちょうだい」
オーロラは白雪姫の生い立ちを聞き、そしてどうして王子様に"よみがえらせられる"ことになったのかを聞きました。話しているうちに、白雪姫がいかに無知で純粋か思い知ったオーロラは、このお姫様はたすけなければならないと決心しました。
そして、あえて声を上ずらせて言いました。
「まあ、どうしましょう。私も王子様にお妃さまになってほしいと言われたのです!」
「そうなのですか? お妃さまが二人いても良いのでしょうか?」
「いえいえ。たとえどんなに愛が深くとも、それは許されませんわ」
オーロラは、白雪姫が自分が騙されていたことにすら気づいてくれないことをむなしく思いましたが、それでもくじけずに踏ん張りました。
「お妃さまが二人いるということは、神への冒涜です。王子様がそれを知らないはずはありません。ですが、もしかしたら……」
オーロラはあえて今まさになにかに気づいたかのような演技をしました。はっと目を見開いて、口元を両手で覆ったのです。
「もしかしたら、どうしたのですか?」
「もしかしたら、王子様は王子様ではないのかもしれません。悪い妖精や魔女が王子様のふりをしているのかもしれませんわ」
「まあ、大変」
深く考えるということを知らない白雪姫は、オーロラの推理が正しいような気がしてきました。しかしいくら白雪姫でも、それだけでは納得しません。
「どうにかして確かめる方法はないかしら?」
「それなら、こっそり王子様のあとをつけるのはどうかしら? もし彼が本当に悪い妖精や魔女ならば、きっと姿を現すはずよ」
「そうですね! そうしましょう!」
「それなら今からでも間に合うわ。少しでも早いほうがいいもの」
「ええ。では行きましょう」
オーロラは王子様がでかける時間を知っていましたので、これからでも間に合うとわかっていたのです。
そうして二人はどうにかこうにか王子様のあとをつけ、王子様が酒を飲んで女を侍らせているのを発見しました。
白雪姫はそれが悪いことかどうか分かっていなかったようなので、オーロラはここでも演技力を発揮しました。
「あれは絶対に妖精か魔女ですよ。本物の王子様は、あんな風にお酒を飲んだりしません。お酒を飲むことは悪い妖精や魔女がやることです」
正直に言って、お酒を飲む善良な人間もいましたが、オーロラは少しだけ大げさに話しました。白雪姫の無知さなら、それを簡単に信じてくれるだろうと思ったからです。案の定、白雪姫は目を大きく見開いて、納得したようにうなずきました。
「ではどうしますか? ここで正体を暴いたほうがよいのでしょうか?」
思いのほか行動力のある白雪姫は、今に王子様の前に出ていきそうになりました。それを慌てて止めたオーロラは、どうにか彼女を納得させられるような言い訳を考えて言いました。
「そ、それはよくありません。悪い妖精や魔女は強いですから、良い妖精の力を借りましょう」
「なるほど、それはいい考えですね」
どうにか白雪姫の暴走は止めることができました。オーロラはほっと一息つきました。そして、二人はそのまま森にすむ妖精のところへと向かいました。
オーロラからすれば、昔自分を育ててくれた妖精に会いに行くだけなので、森の中はさして怖いものではありませんでした。
白雪姫からすれば、森の中は優しい動物たちの住処なので、怖いことは全くありませんでした。
二人はそうして妖精のもとへ行きました。妖精は百年ぶりにあったオーロラに感極まって抱き着きました。
そう、この妖精は、オーロラの死の呪いを百年の眠りに変えたあの妖精です。
「ああ、眠りから覚めてよかった」
「ありがとう」
このやりとりを聞いて、白雪姫はオーロラがあの言い伝えのお姫様なのだと気づきました。
オーロラは、こうして抱き合っている間に、白雪姫に聞こえないようにこっそりとこう言いました。
「王子は悪い妖精が化けたということに。その妖精をこらしめるために、その美貌を奪うのだと白雪姫にいってほしいの。あの子は王子が女好きで酒好きだって理解していないのよ。夢を壊さずに王子をこらしめたいの。本当にできるのならば、王子の美しさを奪ってほしいわ。そして、どうにか城に戻らないように説得してほしいの」
早口で言いましたが、妖精は優秀ですので、きっちりと聞き取って、オーロラの意図を理解しました。
そして妖精は言いました。
「今日はどうされたのですか?」
「実は、悪い妖精が王子様のふりをしているのです。どうにかできないでしょうか?」
白雪姫がそういうと、妖精は考え込むふりをしました。
「そうですね……では、その悪い妖精を醜い姿に変えてしまいましょう」
「まあ、そんなことができるのですか?」
「ええ。そうすればきっと、反省するはずですよ」
「では、お願いします」
白雪姫がそういうと、妖精は不思議な力を使って王子様の姿を醜い姿に変えてしまいました。
王子様は女たちと酒を飲んでいる間に変身しましたので、女たちは大変おどろいて、腰をぬかしてしまいました。女たちに言い寄られたことはあっても、悲鳴をあげてにげられたことなどない王子さまは、意味が分からず混乱しました。しかし、鏡に映った自分の姿を見て、王子さまは気絶してしまいました。
この世のものとは思えないほど醜かったからです。
そんな変化を知ることはできないオーロラと白雪姫は、妖精が不思議な力で妖精の姿を変えたと告げると
、手を取り合って喜びました。
オーロラは、これであの王子も反省するだろうとしてやったりの気分でしたし、白雪姫は純粋に、王子様をかたる悪い妖精に罰を与えられたことに安心していました。
「さて、白雪姫。あなたは小人たちのところに戻ったほうがよいと思います。本物の王子様はきっと、あなたのことをご存知ないのですから」
「それもそうですね……」
白雪姫は少しだけ残念そうでしたが、すぐに笑って言いました。
「城の生活よりも、森の生活のほうが好きなので、私にはそちらのほうが幸せなのかもしれません」
こう言って、白雪姫は森に戻り、七人の小人たちと末永く幸せに暮らしました。そこをたまたま訪れた、実直なこきりの青年と恋に落ちたという話もあります。
「私は今度こそ、百年前に見れなかった世界を見るわ。もう、糸車の針に指を刺すこともないでしょうしね」
オーロラは、そういうと、自由気ままな旅を始めました。こうして百年前のような不自由さから解放されたオーロラは、旅先で恋に落ち、こちらもまた幸せな一生を送りました。
王子さまはどうしたのかって?
王子さまは、醜い姿になってしまいましたので、ついに誰とも結婚できませんでした。
おしまい。
教訓。男は女に誠実であるべし。