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あれから半年、この街はガランドウと名づけられた。名づけ親は武義だ、この半年で武義は街の3分の一の区画を開発する権利を手に入れていた。今では武一族の影響ではなく武義の力でコルティックに並ぶ発言力を持っている。一族の力を使えば更に発言力は増すだろうが、あいつはきっとそれをしないだろう。
建設ラッシュも一段落し、ワンダーによるエネルギー発掘、それらを扱う企業、カネホリや企業相手に商売をする商人、都市としての機能を果たし第一段階の安定期を迎えた。
ジーザは先週旅に出て行った。
『サードの誕生を見れたから。縁があったらまた遊ぼう』だと。いい笑顔だった。
俺もゆっくりしすぎたのかもしれない。
『珍しいなお前がこちらで飲むなんて』
『たまにはボレロの出す酒の味をチェックしてやろうかと思ってね』
『エス、お前は大体いつものジンだろう』
『今日はボレロにお任せで』
私がチョイスしたのはいつものジン、かざりっけの無いグラスに注ぎいれる。
俺の前にはいつものジン。
エスがいつも通りに口元を少し歪め口をつける。
いつも通りに口をつけたつもりだがボレロは少し微笑んだように見えた。
『気をつけてな、ハッカにはちゃんと話していってほしい』
『ああ、そうする』
私の眼前でグラスの酒を煽る男がいる。
俺に極上の酒を出してくれた男がいる。
『やっぱり、高級店は俺にはあわないらしい』
『また来い』
『ああ』
私のオーナー姿も板についてきたかな、みんな一生懸命働いてくれる、この店の賑わいはガランドウ1番だと思う。元気のない人も、疲れている人も、悩みがある人も、元気で幸せな人もこの店で元気になってほしいって願ってる。
ジョンさんは悩んでる人の話を親身になって聞いている。
ボブさんは店のマスコット的存在で子ども達にも大人気だ。
トリオさんは大きな声で皆に元気を浴びせている。
カウンターの隅にそうでない人がいる。
『エスさん、元気がないですよ。ジーザさんにならまた会えますよきっと』
『ハッカ、暫らく街を出ようと思う』
『どこへ行くんですか』
新聞が差し出される、「荒野にアルコ種が湧く」の文字。
『ちょっと気になるんでな、散歩がてら調べてみようかと思ってな』
『そうですか、いつ街を出るんですか』
『今夜。武義に一言言って、とりあえずアクアサークルに行こうと思ってる』
『そうですか』
『また飲みに来る』
そういってエスさんは店を出て行った。
エスさんがこんな時間に訪ねてくるなんて。
『武義、ちょっと出かけてくるわ』
『ハッカさんは知ってるんですか』
『今さっき話してきた』
『ジーザさんに続いて、エスさんもですか。寂しくなりますね』
『お前にはそんな暇無いだろう、皆のこと頼んだぜ』
『エスさんには頼まれてばかりですね…』
『悪いな、別に消えてなくなるわけじゃない。また、戻ってくるさ』
『お気をつけて』
『ちょっと、行ってくる』
エスさんはそう言って出て行った。買物にでも出かけるかのように。
夜でも比較的明るい街をアクアサークルのある方角へ歩いていく、高額な金を払えばコルティックのTホイールもどきによる輸送方法もあるが、別に急いでいるわけでもない。
移動にあんな高額な金は出せない、いや出さない。
調べものの為にも歩いた方がいい、歩くことが大切だ。
『遅かったじゃないですか』
『ハッカ…』
町外れに旅支度を整えたハッカが立っていた。フッ…
『散歩か』
『はい』
『どこへ行くんだ』
『あなたの行くところへ』
『じゃあ行くか』
『はい』
並んで歩いてる、エスさんと並んで歩いてる。
ガランドウに店を構え、ジーザさんが旅にでた日から私の旅支度は始まっていた。
ジーザさんを見送るエスさんの目の奥に何かを感じたから、無駄になってもいいから出来ることをしておこうって。もう離れないって決めたんだ。エスさんはああいう人だから、そんな人を好きになったんだから必死に喰らいついていくしかない。
もう、無力だと嘆いて後悔したくないから。
お爺ちゃんは、
『無理は…いや。納得するまで思い切り生きるといい。身体には気をつけてな』
と言ってくれた。
そして部屋に戻ると用意してあった旅装束に着替え、ソニミオを手に町外れに飛びだした。
そして、今、一緒に荒野を歩いている。
キャスから定期的に送られてくる研究データがおかしい。コルティックから供給している資源とエネルギーでこれほどの実験データが取れるものなのか。
報告にはガランドウのワンダー調査の際の獲得資源も使ってとあるが。しかし内容は素晴らしいの一言に尽きる。今まで以上の高効率のエネルギー運用の仕組みに、巧耐久の新物質、加えてコスト低減による生産費の大幅減少。
その結果がTホイールの大都市間運輸の成功、船舶の巨大化などだ。これらが進めば物流は姿形を変え物の価値が変わり社会は大きく様変わりするであろう。
キャスはソニミオに始まり、この世を大きく変えた人物として歴史に名を刻み続けている。
不安材料は新技術がこうも溢れるように出てくる背景と本人が姿をまったく見せないこと…
あれほど可愛がり、長く重用したカノンですらその姿を見ていない。
奴のTホイール内はすでに未知の空間、開けてはいけない禁断の箱になっているのではないだろうか。しかし、それを知る術はもう無い。
キャスはほぼ個人で完結している…協力者もいるだろう、誰かは解っている。武義君しかできない支援だろうが証拠が掴めない、たどり着くのは時間も費用も無駄だろう、そもそもたどり着けるかもわからない。そんなものに金は使えない。
あの男はこの町を治めているに等しく、ガランドウはコルティックのホームでは無くなった。そのうち私の計画をも塗り替えていくのだろう…後継者ではないな命燐よ。あれは開拓者、確実にお前を越えていく者だ。
『2人とも営業時間中だぞ』
ボブとジョンが私の店のほうに顔を出す…
『店はサードがいるので大丈夫です、はい』
『他の従業員もだいぶ慣れたようですからね』
3人分の飲み物を用意する。あの町で飲んだ安い酒だ。
『エスとハッカは散歩に行った』
男3人に会話は要らない。静かにグラスをあわし、飲み干すと2人は仕事に戻っていった。
ひょっこり戻ってくるだろう、だってここは「サウザンドハッカ」なんだから。




