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『舞、ハッカの店はどこじゃ』
『案内する、こっちよ母上』
ここに来て、まずは桂、巧を連れて中央周辺からぐるっと一回り見て回った、中央が栄えているのは当たり前であるが、それを作る働く者たちの表情でこれからの伸び率は用意に予測できる、武義の区画はいい伸び率を叩きだすであろう。今はまだ小さな差であるかもしれん…しかし計画が大きくなればなるほど、その差は取り返しのつかないものになる…
隣接する区画の1つはいずれ武義に呑まれるであろうな、どれほどこの街を、ミラを呑み込むか楽しみじゃ。
しかし、今は仕事にばかり打ち込んでいる場合ではない、わらわは遅咲きじゃったが、武義は若い今のうちにいろいろ経験が必要じゃ、男は使い物にならなくなるのも早いしの。
『母上、まだ開店前みたいだけどどうする』
『聞くまでもなかろう舞よ。未来の嫁は私の娘同然ぞ。進むのみ』
入り口を勢い良く開く。
『ハッカはおるかぁぁぁぁ。わらわじゃぞぉぉぉぉぉぉ』
ん、不規則な動きで何かが近づいてくる…そこか。
『お見事です、はい。オーナーにご用でしょうか』
さすがはボブ、あの不規則な動きは並みの武道家では動きを捉える事もできないだろう。
が、今回は相手が悪かったな。
母上は懐から取り出した鉄扇を脳天から振り下ろし、アフロの中心を捉え、その振り下ろしの風圧でアフロの中心線は少し凹んでいた。
『命燐さ…ん』
『おお、ハッカ。元気じゃったか、また一段と可愛くなりおって、その可憐さは若き日のわらわのようじゃ。ほら、もっと良く顔を見せておくれ』
母さんは現れたハッカに飛び掛るように近づき、やたらと体に触りながらベタベタしている。
ボブのアフロは自動的にその形を戻す仕様のようだ、もう少しで綺麗な丸に戻る。
ハッカの勧めで昼食を食べることになった。先ほどのアフロが出す料理はなかなか味わい深いものがあるな。それにしてもハッカがオーナーとは、商売に目覚めたのなら武義にも希望があるやもしれんな。それとなく聞いてみるか。
『ハッカや、エスとはその後どうじゃ、やっぱり武義は駄目かのぉ』
『母上、聞き方が真っ直ぐすぎるのでは、それに武義は駄目だと思いますよ』
『エスさんとはその後特に進展は無いです…武義君は友達なので…』
『そうか、駄目じゃな』『駄目ですね』
『…』
『よく考えれば、なんでわらわが世話を焼く必要があるのか。自分で立ち上がり、いろいろ奮い立たせることが出来ない男は駄目じゃ』
『フェイのは素晴らしく立派』
『舞は幸せそうで何よりじゃ、男は立派でないといかんからの』
どうしよう…なんとなく卑猥な感じに聞こえるけど、そう思う私がやらしいのかな。
『こんな昼間から下の話ばかりもなんであるな。ハッカもこの店のオーナーということじゃからしっかりやるとよい。わらわも商売の世界で生きてきた者、先輩として相談にのれると思うぞ、何か無いか』
『母上は商売人としての腕は確か』
それはそうだと思う、むしろ命燐さんが腕が無いとか言ったらこの世の商売人はほぼ全滅じゃないかな。
ボブさんが気にしていたあれ、聞いてみようかな。
『ふむ、客が増える。客層の偏り、ふむ、そこのアフロ。そう、お前じゃ、アフロはお前しかおらんであろうが』
なかなかに面白い動きをする。多才な男よ。
『ふむふむ、なるほど、あいわかった』
『わかったんですか、命燐さん』
『少し調べてみるゆえ大船に乗った気でおるとよいぞ。舞、わらわに合うくたびれた作業着を用意せよ、フェイと舞は影からわらわの周囲の会話から探るのじゃ、行くぞ』
店を飛び出したわらわはとなりの区画の工事現場に潜入している。日払いの現場労働を転々と回る。
『姉さん、その細い体ですげー力だな』
『おぬし達、男ならわらわの倍、動かぬか』
『ほらほら、新入りの姉さんに負けるなよ。俺も負けないぜ』
この区画にしては働いている者の表情がいいな、この現場監督の影響か…これは当りを引いたかも知れぬ。
久々の肉体労働は心地よいのぉ
『昼にするぞ』
『そういや、この間監督が進めてくれた店旨かったよ。もう少し稼ぎがあればな』
少し雰囲気が暗くなる…
『では、わらわが今夜奢ってやろうぞ』
『そんなぼろぼろの作業着の癖に無理すんなよ姉さん』
無言で札束を胸の間から取り出して見せる。
『姉さん…あんたいったい何者だ』
『一緒に行きたい者はキリキリ働くのじゃ、わらわは働き者が好きじゃからな。そら行け』
周りのものは急いで仕事を始める。
『現場監督の仕事が無くなりそうだ』
『おぬしも一緒に行くであろう』
『いや、俺はまだ行けない。姉さんもしっかり働いてくれよ』
『よおぉぉっし、みんな気合入れて終わらすぞぉぉぉぉっ』
現場監督の大きな声が響き渡る、声を響かせながら現場に入っていく男の背中を見ながら。
『舞、フェイ。あの男を調べるように』
とつぶやき、わらわもまた鉄骨を担いで現場に戻る。
今頃、あいつらはあの変な姉さんとあの店に行くころかな…
いつものように中央区の服屋の前に立つ…
『失礼ですが、そのような格好で毎日店の前に立たれると、店のイメージが…』
『すいません。もう少しであなたの店で買物ができるかもしれないので…』
『うちの店はそのような身なりで入っていただくことは出来ません、申し訳ありませんがお引き取りください』
そんな…もう少しで…きちんとした服を着て、お礼を言いに行くんだって…
ちょっと頑張ったくらいじゃ、駄目ってことか。
『すいません…でした…』
『おやおや、現場監督ではないか。話は聞かせてもらったが。この店はドレスコードがあるのかぇ。服を買おうと思ったが残念じゃ』
『そのような身なりの方は…』
姉さんは昼のように胸の間から大金を取り出しながら店の人間を見つめている。
『品の無い店じゃ。現場監督もこんな店で買うのはやめたほうがいいぞ。ついて参れ』
有無を言わさない、強者の風格を漂わせ俺は汚れた作業着で姉さんの後をついていく。
今日の現場の全員と合流して店に向かう…俺はただ気が重かった。
店の前、姉さんは俺の耳元に顔を寄せる。
『この店は人手不足らしいぞぇ』
『今日はわらわの奢りじゃ、好きに飲み食いするがよいぞ』
カウンターに座る。
『命燐さんに聞いた。頑張ってるみたいだな、トリオ』
横に座ったジョンさんの言葉に泣きそうになる。
『本当は俺、金貯めて綺麗な服着てあいさつに来たくて、でも服、買えなくて…』
『そうか』
目の前にグラスが差し出される。
『馬鹿者、人は身なりではない。考えが浅い』
『トリオが頑張っているんだから素直によくやったと言ってやればいいじゃないですか。黙っていい酒出すぐらいなら』
『今日は貸切状態だから高い酒出した方がいいではないか』
『それ、ボレロさんの秘蔵の一本じゃないですか』
『ふん、忙しいんだからジョンも働かんか』
「へいへい」と言ってジョンさんは仕事に戻っていった。
『ありがとうございます』
オーナーさんが話しかけてきた。
『トリオさんがこの店を宣伝してくれたんですよね。おかげさまでお客さんがいっぱいです。手が足りないくらいなんですよ』
よかった、少しは役に立てたらしい。これで思い残す事はない、家に帰ろう…
『俺はちょっと宣伝しただけです。こんないいお店、遅かれ早かれ繁盛していましたよ。でも、少しでも役に立てたならよかったです。これで村に帰れます』
『村は貧しいのだろう。ハッカよこの店は人手が足りないな。頭は悪くても元気があって、なんでも嫌な顔せずに働ける若い男の雑用係が欲しいところだな。私も若くないしな』
『トリオさん、できればこの店で働いてもらえないですか。お爺ちゃんも年なのでいろいろな雑用が辛いと思うので』
食い逃げした俺が、ここで働く…働ける…
いつの間にか俺の頭にはアフロが載せられていた、俺は大馬鹿野郎のままで一生懸命働くと決めた。




