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『ジーザ、そろそろ機嫌を直してもいいんじゃないか』
『どうしようかなぁ。僕がつまらないことが死ぬより嫌いなのは解ってくれてると思っていたのに…あ~あ。どうしようかな』
めんどくさい…今日はハッカの店のオープンだぞ、わざわざそれに合わせて俺に声かけるなんて子供か…いや、ジーザだな…
『なんてね。別に過ぎた事をグチグチ言うほどめんどくさい男じゃないよ僕は』
言ってるだろうが、何度も何度も、まあジーザだからな…
『てことは、今日の目的は何だよ』
『あの女の手に付いてたあれ、恐ろしく面白そうな臭いがするからさ』
『あれは俺にもよく解らないが、やめたほうがいい。個人でどうにかできるモノじゃない』
『2人でもかい…』
『お前も見ただろう』
『確かに………もし、エスが譲ってもらったら貸してよ』
『俺はあれを手にしたくないな』
『ハッカちゃんの店が繁盛しますように』
『『乾杯』』
『そう言うなら、ハッカの店でよかったじゃねーか』
『ハッカちゃんの耳に少しでもあの女の話題はタブーでしょう。そういう配慮ができないから鈍感はダメなんだよ』
中央区の超高級店の夜は更けていく。
俺の名はトリオ、小さな村に産まれお人よしの両親を助けながら兄弟姉妹皆で力を合わせて生きてきた。
そんな時、比較的近くで大きな街ができるって話が村に入ってきたんだ、数少ない若い奴等はこれはチャンスだと考えていた。見るからに金を持っていそうな商人が働き手を捜しているって村に来たときはみんな飛びついた、支度金とかその場で払っていってみんな喜んだ…小さな村の俺達は馬鹿だった…何も知らない馬鹿だったんだ…
俺達を待っていたのは過酷な労働、あの支度金は1ヵ月分の給料を半分先渡ししただけ。
中身も読まずにサインした契約書には1ヵ月の契約、その後は日雇いと書いてあるそうだ、1ヵ月未満でやめる場合は罰金もあり、俺達は一生懸命働いた。
同じような境遇の奴等はいっぱいいて、中には海を渡って来ていたり、今の手持ちじゃ家に帰れない奴等も多かった、1ヵ月経って帰れる奴等はみんな地元に戻っていった…
俺はどの面下げて帰ればいいかわからずに飲んで荒れた、手持ちの金なんかそんなに無い。
酔った勢いで食い逃げした…これからどうなるのか、どうでもいい、何もかも…
俺はお人好しの集団に捕まった…
俺は、馬鹿だ。大馬鹿だ。でも、これが本当のチャンスだと思った。
今変われなきゃ、俺はこの先も大馬鹿野郎のままになっちまう。
その日からキツイ日払いの仕事を進んで請けて回った、その現場にいる同じ境遇の奴等にあの店の宣伝をして回った。
積極的に働く俺に現場の監督も声をかけてくれるようになった、そこでも俺はあの店の宣伝をした。
無駄な金は使わない、家に仕送りをして、少しずつ金を貯めた。一心不乱に働いた結果、底辺の仕事よりは割りのいい仕事を任されることも増え、結果として金は確実に貯まっていった。
『もう少しだ…』
仕事の帰り、いつも寄る中央区の服屋…もうすぐ買える、俺は変わるんだ。
う~ん、何者でしょうか、はい。
オーナーや皆さんに報告した方がいいですかね…
ある日の閉店後…
『ちょっと報告があるのですが、はい』
『なにかあったんですか』
『最近はお客も増えてきたし、外装もほぼ完成、後はボレロさんがやる高級店のほうだけですよね』
『美味しいと話を聞いてと言ってる人が多いし、いいことではないか。そろそろ人手が足りないくらいだぞ』
『おかしいと思うのですよ。口コミとはいえ、ここまで急にお客様が増えるとは…積極的に宣伝していないはずのこの店では不自然と思います』
『ひょっとして、武義君が宣伝してくれているのかも』
それなら納得なのですが、客層が偏っている気もしますし…
『オーナー、一度確認をお願いしてもいいですかね、はい』
『武義君、ボブさんがそう言っているんだけど、何かしらない』
机の上にある仕事を横に寄せて、姉さんがハッカさんを連れてくる。ドキドキしながら何の話だろうと考えていたが…
ハッカさんの期待を込めた目線が…しかし、今回の件はまったく知らない。
『すいません、僕ではないですね』
『そう…ごめんね。忙しいのに、またご飯食べに来てね。ありがとう』
そういい残しハッカさんは足早に帰っていった…僕が忙しいのを知っているからだろうな、優しい人だ。
ハッカさんが姉さんを送り出して戻ってくると。
『武義、がっかりしている場合ではない。今こそ男を見せるとき』
姉さんは拳を握り締め、腰の辺りでぐっぐっとしている…
『姉さん、確かにハッカさんの店は気になりますが、僕は区画全体を見なければいけないのですよ。解っているはずですが…』
ドカン、扉が吹き飛ぶかと思うほどの轟音を立てて開かれる…
『話はこっそり聞かせてもらった。この腰抜けめ。武義や、男には仕事よりも大事なものがあるのじゃ。その股間についている物は飾りか』
『母さん、なぜここに…』そしていつから聞いていたんだ…
母さんの後ろにはこの世の地獄を見ているかのような表情でぜーはーぜーはー言っている桂兄さんと巧兄さん。少し痩せたかな、気のせいかな。
『わらわはこれと見た男など片っ端から喰ってやったというのに、それでもわらわの息子か』
『兄さん達が付いていながら、どういうことです。返答によっては家族といえど今後の処遇に響きますよ』
『ぶ、ぶ、武義よ…母上が「暇じゃ、お前達仕事を1ヶ月分前倒しでやれ」と言った。俺達はやった』
巧兄さんもブンブン首を立てに振っている。
『確かに、僕の要望した通り報告も受けています。お陰で計画も順調に進んでいますしね』
『武義、わらわを無視するでない』
母さんは両手をブンブン振って、抗議している。
『兄さん達、僕は仕事のことを言っているのではありません。なぜ、母さんを野放しにしたのか、ということです』
『本気の母上を俺達2人で止められるとでも言いたいのか、武義』
『確かに、兄さん達ゆっくりしてください。すぐにおやつを用意させましょう。で、母さん今大事な時にわがままはおやめください。党首とはいえ、母親とはいえ、一族に損害を出させるなら僕も容赦しませんよ』
『武義の反抗期じゃぁ。うぇぇん、武義の馬鹿ぁぁぁぁ』
母さんは泣きながら1人出て行った。困った母さんだ…
『姉さん、母さんのこと少し頼みます』
『ふん、腰抜けの弟に頼まれるまでも無い。今回は母上の意見に全面的に賛成だ。武義のば~か』
困った人達だ。
『フェイ、2人をお願い』
苦笑いを浮かべながら2人の後を追っていった、フェイが見守っていれば安心だろう…
届いたおやつを泣きながら頬張っている兄さん達は本当に大変だと思う、しかもこの数ヶ月は通常以上に忙しかったはず、それを1ヵ月前倒しで片付けるとは、やっぱり兄さん達の能力もずば抜けている…
『兄さん達、それを食べたら仕事ですよ』
動きが止まる2人…
『姉さんとフェイが母さんの面倒見に行きましたからね。兄さん達がいればいつもより仕事が捗りますね』
『『鬼弟ぅぅぅぅぅぅぅぅ』』




