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『あら、エス一人…』
『不満か…』
『いいえ、むしろ嬉しいくらいよ。あの男のことだから絶対付いてくると思った。だから、しょうがなく2人って言ったのに要らない心配だったのね』
以前会ったときとは別人のようだな…
『随分と綺麗ななりしてるじゃないか、キャス』
『あら、私だって女ですもの。気になる異性の前に立つなら綺麗なほうがいいでしょう』
『お前の興味は俺のマントじゃないのか』
自然な笑みを浮かべながら静かに頷く…
『もちろんマントにも興味はあるわ…私を更なる高みに引き上げるきっかけになったモノですもの調べさせてもらえるなら私の全てを差し出してもいい…そう思えるほどよ』
『悪いな、いくら積まれてもそれはできない…』
『金は自分の為に、思うようにする為に使う物よ。あなたならそう言うかと…』
『そうかもしれないな。俺なら言いそうだ。でも…』
『譲れないモノもある、かしら…』
雰囲気が変わった…頭のいい奴がキレを持つとこんな感じか、恐ろしく危うい気がする…精巧で少しのバランスの狂いも認められない感じだ…
『あなたが嫌がるなら、マントは諦める。自分でたどり着くのも研究者として意義ある行為だから…でも、あなたの事は別よ。この気持ちが何なのかまだ解らない、けれど解明してみせるわ』
『そうかい、頑張ってくれ』
『つれないのね…まあいいわ。今は優先すべき件があるわ。こっちへ来て』
奥の部屋には大きな地図にたくさんの書き込みがされている…ワンダーか。
『おそらく中層と考えられる場所までは調査済みよ。私を最奥へ連れて行ってほしいの。ワンダー内で泊まるには経験が大事ですもの』
『火力が足りないと思うけどな』
『その心配は要らないわ。あなたは戦う必要すらないかもね』
実際に見たほうが早いな…
『一度見せてもらおうか、危ないと感じたら協力は出来ない』
『いいわ、たとえあなたが誰かの回し者になっていたとしても私は結果を受け入れるから』
『俺は俺にしか従わない…』
『従わせてみたいわね。さあ、行きましょう』
朝日が昇る中、2人はワンダーに消えていった。
あの人は本当に…
その知らせは朝一で僕の元に届けられた…誰から話すべきか、それとも話さないべきか…
いや、きっとみんなすぐに気づく、早いほうがいい。
足早に姉さんの部屋へ向かう。
『急用です。入りますよ』
姉さんは透けそうな寝巻き姿でベッドに座っている。
『どうしたのそんなに慌てて』
『至急、昨日のメンバーを集めてほしいのです。朝食を一緒に取りたいと』
『武義様、了解しました。店に直接来て頂ける様に手配しました。舞、着替えを手伝おう』
『ん、お願い』
フェイが言うならもう手の者がそれぞれを迎えに行っているだろう、僕も用意するとしよう。どちらにしてもこの部屋には居られないからね。
昨日のメンバーが集まる、エスさん一人を除いて…
『実は、今朝僕のところにエスさんから伝言が入りました。「すぐに戻る」だそうです』
『じゃあ、暫らくは何しようかな』
『とにかく朝ごはんにしましょう。武義君のお勧めの店だから楽しみ』
和やかな空気だ…そうか、みんなエスさんを信じているのかな。
僕だけか…こんなに落ち着かないのは…
でも…
『姉さん、フェイ。後を頼みます』
『ん、安心していい』
一人街外れに佇む、きっと行き先は東のワンダーのはず…
『おや、武義じゃないか奇遇だね、散歩かい』
月を背になぜか高台から金色の髪を風に揺らし立っている。
『武義君、一人抜け駆けするつもり…返答によっては…』
長めのライフルが僕の額を狙っている気がする、気のせいだと思いたい…
『目的は一緒みたいだね。ハッカちゃん余裕の無い女はみ…』
響く銃声と宙に舞う金髪が地上に舞い降りる。
『余裕が無くて結構。私は私のやり方でいいのよ。私の価値は私が決める』
銃口は僕から放れない。
『武義君、知ってることを話して頂戴』
『確実なことは朝の伝言だけです。後は僕の推測です…』
『かまわないわ、お願い』
気負いの無い、自然な微笑で銃は構えたまま…天使が構えるライフル…僕は魅了されたまま推測を話していった。
僕らは並んで歩いていた、東へ…
『武義、女は急に化けるから、楽しくて怖いのさ…気をつけな。あー楽しい』
ハッカさんが聞いていそうで肯定も否定もできない。今は先を急ごう…
おいおい、何だあれは…言葉を失うな…
『どう、これ。一緒に深いところへ行ってくれるかしら』
『わかったけど、俺いらないだろう。キャンプのお供ならコルティックの奴で十分じゃないか』
どう出る…
『その結果が残念な事故よ…彼らには感謝しているのお陰で私の命も研究も助かった。ここはワンダーよ何が起こるか判らないね。力だけではだめなの』
知ってる前提で話すか…探られて痛い腹は無いが…
『それに、どうせ命を懸けるなら、想い人と一緒がいいじゃない』
『行くか』
『そうやって気持ちを逸らすのね…まあ、いいわミラが開発したくてうずうずしてるから行きましょう。データ取りはほぼ済んでいるから…』
まるで散歩だな…
キャスはアルコ種が出るたび腕についた金属の箱を向ける、雷のような発光と空気を切り裂く音、そして鉱石は残らない…
『聞かないのね、これのこと』
『貴重な研究なんだろう、部外者にほいほい話せる内容じゃない、違うか』
『部外者ではないわ、これは貴方がくれた研究結果。貴方と私の研究よ』
無理やり感が凄いと思うけどな…
『じゃあ、簡単に言うとどんな物なんだ』
どうせ答えるわけ無い、適当に難しいことを言って煙に巻くだろう。
『これは、鉱石の力を吸収、貯蔵して放出できる機構よ』
『なんだと…そんなことが可能なのか…』
『可能だからこれがあるのよ。全ては貴方のお陰…あの鉱石で実現したのよ』
そうか、この機構はエネルギーの分解、吸収、生産。ワンダーと一緒か…
『このペースじゃ数日で調査終了だな。急ぎの方がいいのか』
『思ったよりあっさりしてるのね。この装備…欲しくない、興味ないかしら』
『自分で仕組みやメンテできない代物に命は預けられない…過ぎた力は自身を喰い破るからな』
俺の返答に対して、キャスは心から嬉しそうに満面の笑みを浮かべ俺に抱きついてくる。
不意をつかれた、倒れないように抱きとめる格好になる…
『私が喰われたら、助けてくれるかしら…』
耳元でそう囁くとスッと離れる。
『ふふっ、自分の創ったものに喰われる間抜けではないわ。私はソニミオを創った天才よ』
『そういうのをフラグって言うんだぜ』
そんなことを言いながらもすでに俺達は下層の領域を進んでいた。俺の経験とキャスのデータはおそらく迷うことなく確実に最下層に向けて最短距離を選んでいると思われる。
『入れないってどういうことですか。中には私達の仲間がいるんです』
『そう言われましてもこのワンダーはコルティック社が現在管理していまして。開発部主任からも本社からも部外者は絶対に入れないようにと…』
『私の仲間は部外者じゃないんですか』
『はいはい、ハッカちゃん。そこまで、そこまで…アリスを降ろして』
2人ともなんでそんなに落ち着いているの。




