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『はい、お茶どうぞ』
『ありがとう』
ハッカが入れてくれたお茶を挟んでボレロさんと対面で座る。
保安官のおっさんは「よくわからんがよかったな」って言って帰っていった。
なかなか、口を開かないボレロさんの様子をチラチラ見る嬢ちゃん、そちらには一切気を向けず俺の顔を見ているボレロさん…
『ボレロさん、そろそろ話を始めないか』
『なぜお茶を飲まないのかと思ってね』
『答える必要があるかな』
『答えてくれるなら、是非聞きたいが』
『ボレロさんが俺にお茶を勧めていないからだよ』
『ふむ。ハッカ、エスさんに新しいお茶を入れて差し上げてくれないか』
『いや、せっかくのお茶だ、いただけるならこれをいただきたい』
『どうぞ、飲んでください。ハッカ、夕飯の支度を頼みたいがいいかね』
はい、と嬉しそうに奥へ走っていく後ろ姿を見送るボレロさんの目は慈愛に満ちていた。
『さて、これで俺と何を契約したいのか教えてもらえるかな』
『いろいろと察しが良くて助かるよエス君』
『エスでいい』
『では私のこともボレロで結構だ。契約報酬はこの町に滞在中の宿代をタダにすること』
『契約内容は…』
ボレロは机に一丁の銃を置く。
『あの子に銃の使い方を教えて欲しい』
ほう、これは…
『また、凄い一品が出てきたな、これはボレロのかい』
『いや…馬鹿な娘の物だ…』
噛み殺すように…銃に目線を落としながら言う。
ビルラ社製、オートマティックハンドガン。A-12。
マイナーメーカーでありながら愛好家も多いこの銃、簡単な作りでメンテナンスのしやすさ、少ないパーツ数で構成されているのを感じさせない複雑なデザイン、防水防塵機能にすぐれ拡張性も高い、弾丸も一般的な規格でランニングコストも安い。
ここまでこの銃のすぐれた点を聞けばなぜビルラ社がマイナーなままなのか疑問に感じるかもしれない。
問題は値段、一般的なハンドガンとは圧倒的に価格帯が違う。生産数の少なさも手伝って値段は上がる一方だ。実戦で使うならそのお金を他の装備にも回せるし、素晴しいと言ってもハンドガン、安めで新しい銃も多い今ではコレクターの為のアイテムと言っていいだろう。
『手にとって視てもいいかい』
『かまわないよ』
こりゃ、シリアルナンバー入りの極上品…しっかり使い込まれている。
ただの飾りじゃない、武器として使われていたものだ。
『A-12とは、いいもの見せてもらったぜ。見た目の重厚感を裏切る軽さ、拡張の為の複数の穴があるデザイン。手入れもいい』
『私と契約するかね』
『銃はこれじゃないと駄目かな。子どもが護身用に持つには高い代物だが』
『娘は、若いときに家を飛び出していった。私は口煩い父親だったから、気に入らなかったのだろう。妻は娘を産んだときに死んでしまって父娘2人、しっかり育てなければと辛く当たっていたのかもしれない』
A-12を両手で大事そうに持つ姿は失ったものに思いをはせているように俺の目に映る…
『ある日、産まれ立てのハッカとこの銃を持って娘は帰ってきた。この銃はあの子にとって唯一残っている母の物。これでお願いしたい』
『ボレロ、自分で教えてやるのは駄目なのかい』
『まだ、私はこの銃を好きになれない。君には普通にしているがあの子は人見知りする方でね、年も近そうな君にお願いしたい。腕も立つようだからね』
『わかった。契約内容の確認だ』
俺は懐から紙とペンを取り出しながら続ける。
『君は本当にカネホリかね。その若さで用心深い』
『年の話は…まあ、いいや。タダより高い物はない、口は災いの元だぜ』
契約内容
・ボレロはエスがこの町に滞在する間の宿代一泊(食事無し)45ジルを0ジルとする。宿代以外の料金がある場合はエスが負担すること。
・エスはボレロの宿に滞在する間、ハッカに対してA-12を用いて銃の扱いを教える。教える際の方法、時間、頻度はエスに一任すること。ボレロはその内容に異議がある場合、教育の必要が無いと感じた場合この契約を終了させることができる。
・練習に掛かる費用はハッカが関わった物についてはボレロが負担する。エスは費用の内訳を明らかにしたものについてはボレロに請求できるものとする。
・この内容に両者が署名しお互いに同様の物を持つ事とする。
『簡単な物だけどこんな内容で確認をお願いするよ』
『問題ない。契約しよう』
同じ内容の物をもう一通作成し。内容確認の上お互いの署名を加える。
『やるなら早い方がいいかい』
『契約内容の通り、君に一任する。様子は見させてもらうがね』
『ある程度の希望は聞くからその都度言ってくれ。できればいい取引相手でいたいからね』
『ある意味わかりやすくて助かるよ』
『では、ハッカに今から話をして欲しい』
『わかった。呼んでくるとしよう』
ボレロは厨房にハッカを呼びにいった。
俺も稼がないといけないからな、基本は早く教えておいた方がいい。今日みたいなことに遭遇する率はどんどん高くなるからな…
駆け出しのカネホリの中で安定した稼ぎを出せるようになる確率は1%以下…それ以外は大人しく立ち去る者、やけを起こして捕まる者、命を落とす者…
『エス、待たせたね。ハッカ話があるから座りなさい』
『はい、お爺ちゃん』
『エスにこの銃の扱いを習うように、その代わりこの町に滞在する間は無料で家に泊まってもらうことになった。この銃はお前の母の物だ。手にとってみるといい』
『お母さんの…』
初めて触るであろう銃を恐る恐る、しかし母の物と聞いて大事そうに両手で持つ…
少女の目が少しずつ潤んで…それを遮るように声をかける。
『嬢ちゃん。その凶器の使い方を教える。凶器にしないための使い方をね』
ハッカは袖で目をこすり、真剣な表情で頷いた。いい目だ。
『じゃあ、ボレロ。早速始めるから後は任せてもらう』
ボレロは何も言わずにスッと立ち上がり厨房に向かう。こちらを向かずに一言。
『今日の夕食はサービスにするがいるかね』
『それくらいのタダなら喜んで』
そのまま厨房に入っていってしまう。不器用な男だね。
『では嬢ちゃん、講義を始めよう。報酬に見合った教え方をするのが俺の流儀だから丁寧にいくぜ』
『はい、エス先生』
なんか、むずがゆいがまあ、好きにするといい…
『まずは、銃のばらし方、と組み立て方からいこう』
『ちょっと待ってもらえますか先生』
『ん、いいけど』
嬢ちゃんは急いで立ち去ると肩で息をしながらその手に紙とペンを持って戻ってきた。
いいね、俺は親指を立てて嬢ちゃんにサインを送った。
『では、ゆっくり1つずつやっていこう』
『はい』
まずは、嬢ちゃんのメモを取る速さに合わせて銃をばらしていく。気をつけるポイントも合わせて説明をしていく。
嬢ちゃんは綺麗な字で、時に挿絵を描いて咀嚼するようにメモを取った。一通りばらし終わってばらした時と同じ速さで組み立てを見せていく。真剣で真っ直ぐな眼差しは教えている俺にとっても心地よいものだった。
『では、次は嬢ちゃんの番だ、俺の言うように、メモを見ながらやっていこう』
嬢ちゃんは緊張しているのか声には出さずに頷き俺の指示の通りにばらし始める。結構器用なのか、真面目にメモを取っていたせいかスムーズにばらし。そして組み立てまでゆっくりおこなえた。
『本来、この作業は銃を使う上で必要ないことだ。普通の銃であれば…』
『どういうことでしょうか』
返事も素直でいい子だ。
『では、なぜ自分でばらす必要があるのか。3つの理由がある』
新しい紙を用意して聞き逃すまいとこちらを見る嬢ちゃん。
『まず1つ、この銃は非常に高価であること。2つ、拡張性が高く基本構造を知らないと宝の持ち腐れになること。3つ、嬢ちゃんにとって母の物という特別な物であるということ』
嬢ちゃんは強く頷き、メモの束をぎゅっと抱きしめた…