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3杯目のワインを飲み、店主は食器を下げていく。
『記憶…気になっているんだろう』
『まあな』
エス君は頭をガシガシ掻きながら空のグラスに自分の懐から取り出したジンを注ぐ。
『そうそう、記憶を失ったことはねぇが、なんだろうな金が増えてて嬉しい気持ちと同じくらいもやもやするんだよな』
忘れたふりをしているわけでもない…
忘れたいと思っているわけでもない…
『教えるよ、君と僕とその仲間と呼んであげてもいい人たちの話をね』
そして、僕は真実を語ったんだ…
『本当なのか…そんなことがあったとは…』
ジーザが語った真実は俺の脳を揺さぶる衝撃的なものであった。
荒野の宿場町チックスターその町を舞台に繰り広げられる愛憎劇。
血で血を洗うワンダー内でちょっとしたミスをしてしまった俺を偶然助けたのがジーザ、それから俺たちはスタイルの違いから共闘するようになったそうだ。
その稼ぎは凄まじく、町の酒場では俺たちに憧れる駆け出したちが群がりそいつらの相談にのったりして導いていたそうだ。
そんな中にいた一人の少女、ハッカ。彼女の才能を見抜いたジーザは俺とハッカの祖父ボレロの3人で彼女を一人前のカネホリに成長させる、夢に出てきた少女はこのハッカだろう。
彼女の成長を見守りながら独り立ち記念に俺が服を贈ったり、パーティーを開いたりしたそうだ。チックスターいや、荒野一のエンタティナーボブが大いに場を盛り上げたらしい。
その伝説とも言えるボブの髪形がなんと黒いアフロ。
ジーザ曰く彼の素晴らしい技に心底感銘を受けた俺は暫くの間アフロのカツラを手放さなかったそうだ。夢に出てきたのも心のそこに響く彼の技を覚えていた為ではないか、言われればそんな気もする。
そんな日々が劇的に変化していくきっかけをつくる出会いがあったそうだ。
流れ者の商人、武義。その姉で武術の達人、舞。
2人からの要請で規格外鉱石を手に入れる為にハッカを加え5人パーティを組んでワンダーの最下層を目指した、順調に事は進み、規格外も手に入った…
最下層、ワンダーの一番奥で悲劇は起こった。
『僕はあのときのエス君の言葉を、表情を、そして僕への愛を、すべてを昨日の事のように覚えているよ』
少しうつむいたジーザは肩を少し震わせ懺悔をしているように続きを語る。
『ここが最下層…何にもないね』
『気を抜くなよジーザ。ここはワンダーだ』
『僕たち2人なら何だって怖いものはないだろう』
『まあな。おい、ハッカ不用意に触るな』
部屋の奥から伸びる水晶の蔓、ハッカと入れ替わるように蔓に縛られる僕。
『エス、みんなを連れて早く行くんだ』
『お前を置いて行ける訳がない、待ってろ』
伸びてくる蔓を捌きながら僕を助け出す君の真剣な表情に来るなとは言えなかった。
『俺が時間を稼ぐ、ジーザお前はみんなを連れて行け』
『エス、一緒に行くんだよ』
『俺はお前の相棒だ。必ずお前の元に戻る、俺を信じてくれるだろう』
『絶対だよ。待ってるから』
『ジーザ、お前を愛してる』
『そして、ワンダーを脱出した後、君は行方知れずになってしまった。記憶を失くしてね』
『そうだったのか…そんな大変なことも忘れて俺は…』
『自分を責めないでおくれよ。ワンダーと共に消滅するなんてきっと想像できないほどの事に違いないんだから』
『ここの支払いは俺にさせてくれ、頼む』
ま、さ、か、信じたよ…驚きだよ。最後の方はさすがにうそっぽいと自分でも思うけど。
まあ、いい。それならそれで好都合…
『以前のようにエスって読んでいいかい』
『もちろんだ、俺たちは相棒なんだろう。遠慮することはない、きっと記憶もすぐ戻るさ』
それは困るんだけどね、ここまであっさり信じると記憶が戻ったときがちょっと怖いね…
『それでエス、これからどうするんだい』
ちょっと晴れやかな顔しながらこちらを向くエス。
『俺たちの仲間に会いに行こう。俺の記憶も戻るかもしれないしな』
なんかキャラ変わってる気がするよ、洗脳って怖いね…あ、やったの僕か。
『でもあの後、みんなエスを探してバラバラになってしまったからあの町にはいないよ』
もう少しこの状況を楽しんでもいいよね。
『そうか…でも俺はじっとしていられない。ワンダーへ行けば逢えるかもしれない。すぐに情報を集めよう』
水を差すのは逆効果、話に乗るかね。
『あてはあるのかいエス』
『まあな』
エスに連れられて着いたのはエスの家の近くの酒場。
『ジーザ、ここからの注意は1つだけだ。これから見たこともない料理を食べる、味について何も言うな。出来れば旨そうに食え。OK』
『わかった。わざわざ念を押すくらいだから覚悟はしておくよ』
そして僕は意識を朦朧とさせながらエスがおばちゃんと呼ぶ人間との会話を聞いた…
『おばちゃん、頼むよ』
『こんな短い期間に珍しいね』
『アルコ種の沸き情報ないかい』
『あるよ、さっき入った新鮮な情報が、さあ、お食べ。そっちの子もドンといきな』
そこまでが覚えている内容だった。
気がつくとエスの部屋のベッドに寝かされていた。
『ジーザ、気がついたか。いい笑顔だったぜ。家に入ったとたんにぶっ倒れたけどな』
『エス、僕は夢でも見ていたのかな。それにしては胃がキリキリ痛むのだけれど』
『ほれ、ホットミルク蜂蜜多目だ。今回の奴は刺激物が危険物クラスだったからな、ゆっくり飲めよ』
勧められるようにゆっくりとちびちび喉を通していく。
『おかげでかなり詳細な情報を手に入れることができたぜ』
情報も気になるけれど、きっと同じ目にあったはずのエスの元気のほうが気になるけどね…
『この街の南に港町がある。そこへ向かう途中に規模は小さいがワンダーができたそうだ。できたのは3日前近くに街はないけど小回りが利く小さなキャラバンがすでに居るって話だ』
『その位置までどれくらいで行けるんだい』
『俺が全力で走れば1日、普通に歩けば2日って所だな』
『乗り物を使えばどれくらい』
『まあ、1日ってとこかな』
乗り物と全力の走りが一緒…でも、僕ならエスのペースとほぼ同等に行けるか。
相棒であったことをアピールする為にも使えるかもしれないね…
『では、全力で走っていくかい』
『いや、俺の気持ちを察してくれるお前のやさしさは嬉しいが無理は禁物だ、普通に行こう。明日準備して出発は明後日にしよう』
2日後、僕とエスは必要なものを買い込み、日の出と共に南へと歩き出した…
僕たちは運がいいのだろう。
アクアサークルを出ようと話し合った日、フェイが現れた。
『武義様、舞様。前回分の金と情報をお持ちしました』
『姉さん、金額を確認しますから情報をお願いします』
『うむ、解った。少し出てくる、ついてこい』
フェイは僕らに頭を下げ姉さんと出て行った。ここでも良かったけど、ハッカさんもいるから気を使ったのかな。
『何か手伝おうか武義君』
『いえ、姉さんもすぐ戻るでしょうから4人分のお茶をお願いできますか』
『わかったよ。任せて』
金額が途方も無い、集中集中、これは僕だけのものじゃない。必ず渡す、1ジルだって間違えない…間違えたところ考えたらぶるっと体が震えた。
『やっと終わった…姉さん遅いな』
『準備は出来てるんだけどなぁ』
それから更に暫くして姉さんは一人で戻ってきた。
『姉さんフェイは』
『もう帰っていった。ワンダーの情報を持ってきていた。ここから南に3日程の場所らしい』
『行きましょう。ね、武義君、舞さん』
僕らはお互いに顔を見合わせ頷いた。進むんだ、前へ。




