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短編【文学】【童話】【ファンタジー】集(2)

作者: 蠍座の黒猫

 耳鳴りが酷い。お蔭で突然降り出したにわか雨に気付かなかった。随分うるさいはずだが、わたしの耳鳴りの方がうるさいから、分からなかった。そういえば朝から何も食べていない。腹が減らなくなってどれ程経つだろうか。寝たきりのベッドの上で、退屈のあまりに窓ばかり見ている。


 窓の外には鳩が来る。この病院は間もなく立て直されるから、窓の外の枠には鳥よけもしていない。鳩が来ない時は、いや鳩に関わらずに晴れていれば朝八時から夕方五時までの間は、窓から見えるクレーン車のアームが動くのを見ている。 今日も動いている。にわか雨に困っているだろう工事の人たちが目に浮かぶが、ベッドに寝たままでは見ることが出来ない。点滴のゆっくりと落ちるのを見る。  

 なぜ医師はわたしに薬の説明をしないのだろうか。わたしが一言も話さないことにしているからだろうか。話さなくなってからもう十五年になる。きっかけは些細なことだったが、一度失ってしまった話し出そうとする気持ちは、今でも取り戻せないでいる。最初は拗ねていたのだ。妻が子どもばかり構うので、もう話しかけられても答えないことにしたら、何時の間にか話し出すきっかけを失ってしまった。その内に耳鳴りがしてきて、体も動きづらくなった。入院させられたが、わたしの意志は無いものとされてしまった。今では耳も聞こえず口もきけない意志のない患者として扱われているのだ。

 

 やがてなにかがあって、わたしの意識が無くなって、いや無くなったように見えてもわたしにとっては意識があるかも知れないが、とにかくそう見えるようになれば、ますますわたしの意志に関係なくわたしの処遇は決まっていくのだろう。家族は勝手に「延命を望みません」などと署名してしまい、さっさとその時を迎えさせられるのだろう。別に思い残すことはないのだけれど、どうせならこの病院の工事している人の姿かたちだけでも見たかった。それから外出してなにか食べたかった。


 そのようなことを考えているが、まだかろうじて表を見る動作をすることで意識があることを周りは分かってくれているようだ。つまりは窓の外だけがわたしの意識の窓であって、もしこの窓が塞がれるようなことがあればわたしの意識の有無は不確かになってしまうのではないかと思う。

 窓に雨粒が落ちていく。空は暗くなっていく。誰もわたしには話しかけないのだ。わたしから特に話したいことがある訳ではないが、ふと意味もなく時間を尋ねてみたり、家族の近況など尋ねてみたりしたいと思う事もあるのだ。それでもそれは出来ない。なぜだかこのままである。

『耳鳴り』『にわか雨』のキーワードで書いてみました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章がとても綺麗で素敵だと思いました。
[一言] 窓って神秘的です。色んな窓を感じました。諦めとか救いとか、想像が広がって面白かったです。 黒猫さんテイスト最高です!てか感想下手なんです(*T_T*) ありがとうございました!
[一言] 耳鳴りと雨が、意識の手がかりであると同時に、先行きの閉ざされた未来を暗示しているようにも思えました。 それでも、主人公が自分の存在を自覚し続けていること、家族との関わりをどこかで望んでいるこ…
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