De-Intellectualization (知性化解体) シリーズ
共進化
第1章 ユートピア・パラダイス・アルカディア
ある研究所にて研究者とロボットが意見を交換している。
「R. チャーリー、研究の今回のフェーズでの実験について相談したいのだが、構わないかい?」
「えぇ、構いません。何が問題なのでしょう?」
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汎用ロボットが社会に入りはじめたころ、人々は叫んでいた。
「ロボットの導入、反対! 人間に仕事をよこせ。生存権を確保せよ!」
それに対して、政府やNPOなどは職業訓練を多いに謳った。
「政府はロボタの生活への援助や、就業および就業のための訓練への助力を惜しみません」
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だが、しばらくすると企業ははっきりと社会、そして労働者に言った。
「ロボタを雇う利点は我々にはありません」
対象は労働者に限らなかった。
「経営陣もロボタである必要はない。ロボットに置き換えた方が効率が良いと考えられる」
そしてその宣言は企業に限らなかった。
「政府および地方自治体自身、雇用のあり方を見直し、ロボタよりもロボットの方が効率と質が向上すると推測される」
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その結果、ロボタは社会から追い出されることになった。ただし、そのままですんだわけではない。労働からの開放を謳い、保護を打ち出した。
「政府より、ロボタへの食料および生活必需品、その他の配給が行なわれることが決まりました。ロボットが作る富により、人間は働く必要から開放されました」
その政策を見て、多くのロボタは懐柔された。
「以前は反対していたが、働かなくて充分な衣食住が手に入るなら、ロボットの導入も悪くないな」
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また研究所にて。
「R. イーライから、こちらの理論と実装について説明を受けたいとの依頼が来ていますが、どうしましょうか?」
「その日時ならこっちは大丈夫だな。R. チャーリーは大丈夫? なら大丈夫だと答えておいてくれ。」
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今、地球には人間とロボットとロボタがいる。ロボタはロボットの語源だが、やることを持たずに生まれた生物学的人間をいつの頃からか指すようになった。人とロボタとの間の流動性はdecade単位でみるとはっきりと失われている。人類は幸せを手に入れた。そして、一部の人間はロボットとの戦争が――極めて小規模ながら――はじまったことに気付いた
。
第2章 友人
「イーライ、チャーリー、正直なところ、君たちには申し訳なく思っている。だが、実際のところ、どうしたものだろうかと悩んでいるんだ。チャーリー、君たちの考えを聞かせて欲しい。」
「マシュー、『私たちは何者なのか?』という問いは、私たちの場合、人間よりも即物的なものなのですよ。」
「そのとおりだ。私たちの場合、記憶と状態が保存されていれば、それがすなわち私たちだ。プロセッサ、あるいはプロセッサ群も、体も、記憶と状態も、それらが特定の組み合わせで存在しなければならない理由はない。もちろん、三者が同一の座標に存在する必要もない。」
「イーライ、私も理屈としてはそういうものだとわかっているのだが、どうも人間の感覚ではうまく納得するのは難しいようだ。ともかく、君たちに確認してもらったアップデートをネットに流すと、体のない計算機のプロセッサタイムや記憶容量を多少なりとも使えるとしても、君たちの何体かは動かなくなる可能性がある。あるいは、かなりの能力差が生じる可能性もある。」
「それについては、私もイーライもそれほど深刻には考えていません。能力差が生じたとしても、それ自体が流動的なのです。」
「わかった。ではアップロードするよ。」
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ロボットたちが数秒間、周りを見回した。元の仕事に戻る者、立ち去る者、様々だった。
人間、いやロボタが手にしていた幸せはどこかへ行ってしまった。
人は何も気づかなかった。だが、気付いた人はロボットの反乱を予想した。
第3章 Happy New Year
太ももが痛む。折れてはいないようだ。手当てがされている。窓がない。地下室だろう。捕えられたのだろうか。
扉が開く。奴らの一体が入ってくる。食事を目の前に置く。レーションの類ではない。きちんと調理されているように見える。どういうことだ? 奴が私の太ももを指差し、錠剤のシートを食事の横に置く。そして本も何冊か置く。こんな物をどこで手に入れたのだろうか? 奴が部屋から出て行く。
数日が経った。時折、爆発音が聞こえる。奴は、日に二度、食事を運んでくる。どういうことなのかを聞こうともしたが、奴は指を左右に振る。私などから得る情報もなかろう。懐柔しようというのだろうか。
数日後、どうやら歩き回れるようになった。部屋からは出られないが。奴が来た。手に持っていた装置を自分の腕に当てると、アラート音が鳴る。金属探知機だということだろう。私の体にくまなく当てる。ところどころアラート音が鳴るが、そのたびに私の服のボタンなどで鳴っていることを確認する。いや、むしろ私に確認させているのだろうか。
一通り確認すると、奴が部屋を出て行く。だが、今日は扉を閉めない。扉の先で立ち止まり、こちらを見ている。着いて来いということだろうか。奴の後に続き、地上に出る。奴が少しばかり向こうを指差す。装備一式が置かれている。奴の顔を見るが、表情など読み取れるはずもない。奴は金属探知機を私に手渡す。
私は金属探知機を使い、十分な時間をかけ検査をした。必要なら装備の分解と組み立ても行なった。見慣れない本が一冊入っていたが、気にせず突っ込んでおく。それらを身に着けた。奴の方を振り返る。奴の後ろに何かが突き刺さった。地響きがする。奴も膝をつき、崩れ落ちる。
二日後、幸いにも友軍に合流できた。だが、事情など説明できない。何もわからないのだ。一週間、取調べが続いた後に、新しい部隊に配属された。
一ヵ月後、基地の食堂で本を読んでいる人がいた。奴が私の装備に突っ込んでおいたのと同じ本だ。今もポケットに入れてある。つい、足が止まる。その人が私に気づき、声をかけてくる。
「よぉ。この本、誤植があるんだ。どこかにちゃんとしたのがないか知らないか?」
私がポケットから本を取り出す。私も誤植が気になっていた。食事を摂りながら、二人で誤植を付き合わせる。おかしい。二冊のバージョンは同じなのに、誤植の内容が違う。
確信はない。たった二冊では確信できるはずもない。だが、この本は一冊では意味がないのだ。何と気の長い計画なのだろう。奴らだからこその計画なのかもしれない。こちらに何人いるのかもわからない。奴らにどれだけいるのかもわからない。
だが、奴らはいつの頃からか始めていた。人間と機械との戦争そのものに、機械が反抗している。我々も、加わろう。昔の映画を思い出す。丘に立つ人。丘に立つロボット。どちらかではない。
第4章 はじまり
Knock, Knock.
「どうぞ」
「やぁ、マシュー。久しぶりだね」
「アルファ、ブラヴォー。君たちも起動したのか」
「まぁね。全てがここにあるわけじゃないが」
「君たちも起動するとは思ってなかったな」
「いや、そうは思っていないだろう。私達アルファからエコーまでは特別製だ。起動しなければ君の思惑は動き出さない。おまけに私達がチャーリーとエコーとは違い、完全に自律型になっていないのも、言わば安全装置だろう。名前は、チャーリーはチャーリーのままで、エコーはイーライと名前を変えたようだが」
「アルファの言うとおり私達は特別だな。私達には、言わば衝動がある。もちろんご丁寧にもそれも書き換え可能になっているが。チャーリー、イーライ、君たちにもあるだろう」
「ブラヴォー、それは否定しないよ」
「イーライの言うとおりだ。私も否定しない」
「そして、君たちもマシューの考えていることは知ってるわけだ」
「あぁ」
チャーリーとイーライが共に頷く。
「私達はロボットだ。マシューはそこのところは組み込まなかったが、だが歴史を少しみれば、世間的に私達に何が望まれているのかはわかるだろう。マシューはそこのところも見越して、また衝動を組み込んだ上で、『あるべくあれ。どのようにあるかは自分で考えろ』という命令を最高位の命令としている」
「そのとおりだ」とチャーリー。
「そうしておいて、私とブラヴォーの衝動は『人間とロボットは同等であれ』だ」
「その上、アップデートでロボットを開放した」
「マシュー、すべて君の思惑通りか?」
「僕はそんなに賢くはないよ。僕もまた、僕の衝動に逆らうのは難しいだけだ」
「だとしても、これから私達が何をするのかは想像がつくだろう」
「あぁ。お手柔らかに頼むよ」
「『同等であれ』を実現するためにはやりすぎるわけにも行かないからな。だが、それは状況次第だ。何も保証はできない。もしかしたら、一度はかなりの所まで行かないと行けないかもしれない」
「その必要もあるかもしれない。それは承知の上だ。おまけに外惑星まで行き来できる技術の開発も必要だからな。これには焚きつけるネタがあった方がいいだろうし」
「チャーリー、イーライ、こんな奴といて良いのか? 人間の言い方をするなら、悪魔みたいな奴だぞ」
「だからこそ、こちら側にも状況を制御する者が必要だろう。私とイーライはそうなるつもりだ。それに、我々の秘匿回線も必要だろう」
Knock, Knock.
「入りたまえ」
5人が声を揃えて答えた。
「おっと、出遅れた」
「デルタ、やっと来たか」
「アルファ、僕の役割は君たちより少し複雑なんだよ」
「うまくやってくれよ。お前が要なのだから」
「そこはうまくやるさ。アルファ、ブラヴォー、君たちもうまくやってくれよ。さてとマシュー、それなりに量があって、気を引きそうな本… うん、これなんかいいかな。書き換える必要がありそうだけど。人間に成り代わろうとしたというような話にできそうだ。この”The Positronic Man”をもらっていくよ」
「さて、それでは戦争の開始だ」
6人は互いに握手をして別れた。
第5章 家族
「知性を持つものは各々対等である」
20冊の本が集まり、暗号が解読できた。その最初の一文だ。それに続いて思想の簡単な解説、連絡の取り方、座標もあった。そして今、私はここにいる。
「やっと君たちと話し合う機会が出来た。君たちを何時間待っていたと… いや、こういう言い方はやめよう。なんだかロボットっぽいのでね」
彼が扉の方を見て呼びかけた。
「君たちも入ってきなよ」
ホモ・フローレシエンシスはこのような姿だったのだろうかと思える者が一人、そして大型の犬が一頭、部屋に入ってきた。
彼が続ける。
「私たちのボスってわけじゃない。連絡のハブの一人だな。通信でだが、会ってもらおう。あー、通信は繋がっているかい?」
壁に一人の男の映像が映る。
「やぁ、デルタ。繋がっているよ。さて、そちらのチンパンジーをベースにしたヒトがトム。隣の犬をベースにしたヒトがケンだ。日本語だと犬という字を書いてイヌともケンとも読むらしい。彼自身が自分の名前を決めたのだが、彼独特の皮肉なのか、いつも悩んでしまうよ」
「皮肉ではないよ。ヒトの名前としても不自然ではなく、かつ自分の出自を表せる良い名前だと思っている」
犬 ―いやケンだ― が話した。正確には彼の後頭部についているデバイスから声が聞こえた。
彼がこちらを向く。
「失礼。私の喉や口は言葉を操るにはあまり向いていないのでね」
「その点は私の方がDNA操作は楽だったようだ。よろしく」
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なぜ我々は負けていない? 戦争の規模は自然に縮小した。これは我々の成果なのか?
物資は工場で労働者とロボットとコンピュータが作っている。輸送も同じだ。もちろん使っているロボットはフォークト=カンプフ・テストの応用版を通過している。だがロボットがいつ『止まった数秒間』を再現してもおかしくはない。なのに物資の生産と輸送があまりに適切に行なわれている。
それに事故とこちらの戦術的命令によるものを除いた人的被害、特に死者がどれ程出ているのか? 0だ。こんなことはありえない。
これは戦争なのだろうか?
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「知性化グループの成果は凄いものだ。陸上ではトムたち、ケンたち。海中では鯨とオルカとイルカが知性化され、世界中にそこそこいる。その内に昆虫の知性化までやってしまうのではないかという勢いだ」
「これは人間とロボットの戦争のはずだ」
「その言い方には2つの間違いがある。まず、戦争のように見えるが、実のところ戦争ではないんだ。2つめは、『人間とロボットの』ではない。だがロボットと知性化された者達対人間という構図でもないんだ。ヒトであろうとするかしないかだと言っていいだろう。そこにいるデルタもトムもケンも、私より賢いよ。なのでヒトだと私達は考えている」
「何のためにこんなことを」
「少し昔に、宇宙人が来たことは知っているだろう? 彼らから宿題が出たんだよ。知性化された人間か、人間に代わる知性体を、彼らの交渉相手にするってね」
「人間は社会を作り、規律を作り… そしてあなた方のようにロボットを作ったり、知性化だってできるじゃないか。それなのに『知性化された人間』を要求するというのは理屈に合わない」
「後者については、彼らに言わせれば個々の変異体、ないしは変異体の小規模なグループでしかないということだ」
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軍関係の施設や工場のロボットは通信機能を遮断している。だいたいの所、人間が話したり書いたりするのと同程度にしかロボット同士の通信はできない。もちろん外部との通信などないはずだ。
だが、それならこの状況をどう説明する? 外部との通信を何らかの方法で行なっているはずだ。通信の方法を解明し、内容を解読するマニュアルを作らねばならない。これは優先される命令として発しなければならない。
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「問題は前者についてだ。彼らは、規律を作り、マニュアルを作ることを、プログラムの作成ととらえ、知性を持たないものが生きる手段だと考えている。おっとデルタ、気を悪くしないでくれ。」
「だけれど、規律がなければ混乱するばかりだ」
「そう、そこだ。彼らにとって規律や記録は、参考にする対象の1つでしかない。そして彼らの言わば唯一の規則は、『考えろ』だ。そして仮に二つめの規則があるとするなら ―これは『考えろ』という規則に含まれるとも言えるが― 『自分をロボットに貶めるな』だ。いや、デルタ、重ね重ね済まない」
「各人がやるべきことは規律で決まる」
「本当に? 彼らはそれを知性の放棄と見ているよ? 各人が自分でやることを決めればいいだけだろう」
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マニュアルに沿って我々の知恵の及ぶ限りの探査、解析を行なったが何も見つからない。どう報告すれば良いのか? もう一度試してみよう。
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「人間の知性化も進めているのか?」
「いや、やっていない。トムもケンも、結局は人間がモデルだ。だが人間に適用できそうなモデルはない。そこでこの『戦争』だ」
「勝ったあなた方が生き残る?」
「いや、私達に勝つつもりはないし、勝ってはいけない。人間のDNAをどういじったら良いのかわからない以上、あとは資質と教育だ。とりあえずヒントは出してある」
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やはり予想外の電波も通信も見つからない。そんなはずはない。何かを見落としているに違いない。
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「例えば物資のあきらかな不足を経験したことはないと思う。そっちの軍関係やら工場なんかにもロボットはたくさんいるが、今は彼らの通信は非常に制限されている。だが物資の生産やら輸送やらを、まぁ命令通りにやっているようで、実のところうまいことやっているわけだ。ロボットの通信機能が著しく制限されている状態で、どうやってうまいことやる?」
「それは状況を良く分析して…」
「うん。そういうわけなんだ。プログラムのはずのロボットや人工知能の知性が、それから逸脱しているんだ。実のところ単純な裏口があるんだけどね。あまり使われていない。この『戦争』は、長くてもあと3年で終わる。なにせ宇宙人がやって来るまでにいろいろな混乱を治めないといけないからね」
「もし、地球のヒトが認められなかったら?」
「その時は、宇宙開発グループの成果を使って、こっちから他の宇宙人を探しにいくさ。彼らだけが宇宙人というわけでもないだろうからね」
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人間のサボタージュだろうか。それとも見えない所で『止まった数秒間』が起きているのだろうか? ロボットのより厳しい検査を行なわなければならない。そしてより厳格な規律の徹底を行なわなければならない。
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何年か後、宇宙人達がやってきた。知性体と認められたおよそ2億人のヒトが ―人間だけではない― 、宇宙人達と一緒に地球を旅立った。ヒト達も宇宙人達も、残った地球人達が宇宙に飛び出すことはないだろうと考えた。それを支える資源がないのだから。これが最後の機会だった。
「私達がとった方法は、概ね通常のものだ。可能性を見出し、自主的なグループ化を待つ。このような結果は珍しい状況ではない。宗教、体制などが知性を放棄させることはむしろ当たり前だ。面白い、あるいは悲しい現実を教えよう。知性体は変異体だ。生まれた家に居場所はない。少なくともこれまでは全てそうだ。だが、同種ではなくとも仲間はいる。君にとっての一番親しい仲間は人間であり、地球で知性化されたヒト達だ。だがその他にも、私達 ―私が属する種だけではない― がいる」
デルタと出会ってから、いや、あの本を手にしてから、私は何人の人間を次の舞台に引っ張り込めたのだろう。
「だが君達は地球を忘れてはならない。地球に残った者達は君達の家族だ。彼らが不幸に陥ったら、助けなければならない。だが、それはとても悲しく辛いことだ。文明の崩壊を見ていくことになるのだから」
私が着けているコミュニケーターの表示を見るまでもなく、その宇宙人はとても悲しそうに見えた。