優しさは最大の凶器
「ごめん」
その一言で、私の世界から色が消えた気がした。
† † †
「はぁ…」
「どしたー?│咲希
また元彼の事ー?」
「ん…まぁ、ね」
私が自分の席で頬杖をつき、溜息を一つ吐き出すと、教室へと入って来た親友の明梨が声を掛けてきた。
実は、明梨の言う通りであった。
私が付き合っていた彼―│賢翔に振られたのは一ヶ月程前の事。
元々親友だった賢翔に「ずっと好きだった」と告白され、私も好きだった為了承し付き合い始めた。
だが、ちょっとした擦れ違いがあり、賢翔が私に気を遣って別れを告げたのだ。
…と言うのは、私と賢翔の共通の友達から聞いた話だが。
そして、別れてから僅か一週間程度で「賢翔に好きな人が出来たらしい」という噂が流れた。
噂は本当で、その直後に賢翔はその女の子と付き合った。
ただただ絶望した。
だが、未だに吹っ切れずにずるずると引き摺っている。
「元気出しなよ!
咲希、モテるから大丈夫だって!すぐ次の彼氏出来るよ!」
「モテる訳ないでしょ…
って言うか、恋愛した事のない明梨には分かりませんよー」
私がおちゃらけて言うと「ひっどー」何て言って苦笑いをする明梨。
ふざけた態度で言いはしたものの、それは本心だった。
そんな簡単に吹っ切れる程度の気持ちだったら、ここまで引き摺っても悩んでもいない。
本気だったからこそ未だに沈んだ気持ちでいるのだ。元気を出せ、と言われて出せるものではない。
正直に言うと、少し苛立った。
だが、明梨の言葉よりも、親友にすら苛立つ自分自身へ嫌気が差し、私の心は更に曇った。
† † †
部活動が終わり、校舎を出て校門へ向かう。
いつのまにか雪が降っていた様だ。
「寒っ…」
思わずそう呟く。
空気が冷たく、一瞬にして身体中が冷えていく。
ひんやりとした感覚に、軽く身震いをした。
だが、寒さよりも暗さが気になった。
もう六時半だ。今は冬な為、いつもより余計に真っ暗である。
そして、同じ方向へと帰る友人は同じ部活へ居なかった。
流石にこの暗さの中一人だと心細さを覚える。
どうしようかと迷っていると、「あ…」という呟きが背後から聞こえた。
「…咲希?」
それは、物凄く聞き慣れていて心地よい―けれど、今は一番聞きたくなかった声だった。
「……賢翔」
† † †
「久しぶり…だな、何か」
「…そだね」
沈黙が気まずい。
結局私は「送る…か?」という賢翔の言葉に甘える事にしたのだ。
気まずくなるのは予想済みだったが、一人で帰るのは怖かった為、途中までは一緒だから良いだろう…という事にして送って貰う事にしてしまった。
が、案の定気まずい。
嬉しい反面辛い。苦しい。
「…彼女と帰らなくて良かった訳?
部活一緒なんでしょ」
「いや…今日、アイツ学校休んでてよ」
「…あぁ」
何故こんな日に限って休んだのか。タイミングが悪い。
「……………………」
「……………………」
再び訪れる長い沈黙。
何か話すべきか…と考えていると、賢翔が口を開いた。
「…ごめんな」
「…は?」
「ごめんな…
本当…本気で、好きだったから」
「…………何よ…今更…」
「…ごめん」
本当今更だ。今更過ぎる。やめてほしい。
そんな事言われたら…余計に吹っ切れないじゃないか。
賢翔は優しい奴だ。
けれど、無知なんだ。
だから、優しさが時として人を傷付ける事を知らないのだ。きっと。
三度目の沈黙。
そうして歩いているうちに、賢翔とは別れる場所まで着いた。
「……此処で…じゃあ―」
「待って」
「…咲希?」
感情が溢れだす様だった。
押さえ切れず、つい呼び止める。
「…あのさ」
もう優しくしないで。大嫌い。会いたくない。顔も見たくないし声も聞きたくない。思い出したくない。辛い。苦しい。泣きたい。消えてしまいたい。好き。嫌い。やり直したい。好き。愛してる。
吐きたい事は沢山あった。
確かにあった。あったのだ。
「今の彼女と、お幸せにね」
綺麗な笑みを浮かべて、一番吐きたくなかった嘘を吐いた。
言い終わると、賢翔の事は見ずにすぐさま家へと走った。
目に溜まった涙には、無事気付かれなかっただろうか。
私の心は抉られた。
賢翔の言葉で。私自身の言葉で。
そしてまた、賢翔の心も抉られた。
傷付けているのは、何も賢翔だけではない。