第1話 学園に行くよ
ここは、我々が住む世界とは違う地球。
パラレルワールド。
我々の世界とは異なる技術、科学、超能力者がいる世界。
2010年 別世界の地球・・・。
舞台は、日本。
その上空に浮かぶ、巨大な学園都市「神楽学園」
ここ日本では、深刻な温暖化による海面上昇によって起こるであろう、
都市沈没の対策として、主要都市の浮遊化計画が始まっていた。
「神楽学園」はその先駆けとして設立された、地球で唯一の浮遊大陸なのである。
この世界では人間の遺伝子操作が行われている。
それは、数十年前に大流行した、疫病による大幅な人口低下によるものだ。
それは実に深刻なものだった。
世界中の約三分の一の人口が減ってしまうという、大惨事だった。
それ以来、人類は、みずからを進化させるべく、遺伝子操作による新たな人種を創り出してきた。
疫病に負けない、強い免疫力。
そして、細胞活性化による、脅威の治癒力。
新たな人類の誕生は、疫病からその身を守り、その治癒力で長い寿命を手に入れた。
しかし、副産物として、突然変異、そう、「超能力者」が生まれるようになった。
当然、能力者は普通の人とは暮らせない。
そう考えた政府は、浮遊学園都市「神楽」に、能力者を半ば幽閉する計画を実行した。
~東京 某所~
「澪、まだなの? 早くしないと、電車に間に合わなくなるわよ」
「あ~ん、だって~、髪型がいまいち決まらないんだもーん」
「今日から学園に行くっていうのに、寝坊するからでしょ」
「えー、お母さんが起こしてくれなかったからじゃん」
洗面台で鏡と格闘している、女の子は、澪。
佐倉澪
本作の主人公である。
今日から神楽学園に通う、中学生だ。
背はちょっと低めだが、細身の身体は、今どきだ。
胸はちょっと控えめ。。
今日から通う、学園の制服をきている。
中学生らしい、清楚なブレザーだ。
目を引くのは、その髪の色。
東洋人らしからぬ、見事な銀髪のその色は、染めたものではない。
超能力者特有なもので、能力者は、髪の色が通常のものではない
ケースが多い。
お母さんは、綺麗な色だって褒めてくれるけど、目立ちたくないので、
あまり伸ばさない。いわゆるショートカットだ。
綺麗な二重が特徴で大きな目は、プリクラで加工する必要もないだろう。
そんな彼女も13歳。髪形には気を使うのだ。
昨日は、明日から学園だと思うと、高ぶってあまり眠れなかった。
学園に行ったら、絶対にお友達を作る!
作る作る作る!!
「え~と、なんて言ったらいいかなあ~~?」
「私とお友達になって下さい!」
・・・・じゃあ~、ありきたりだよねぇ。
でも、それが普通なんじゃ・・・。
「私と、良い関係になっていただけませんか?」
・・・・・あれ?
キャア~! な、なんかエッチかも・・・。
お、女の子のお友達を作るんだからねっ。
男の子なんて、む、むりむりむりだよ~~~。
頭をぶんぶんと振りながら、悶絶する澪。
そんな一人芝居を夜中までしていたので、結果大きく寝過ごした。
いや、二度寝してしまった。
おかげで、シャワーを浴びる時間もない。
肩口で跳ねた毛先がいまいましい。
時間がないので、「これでいっか」とあきらめて、ピンクのゴムを二つ取り出し、上の方で左右とも一握りくらいを結ぶ。
この結び方は澪のお気に入りで、結んだ髪が、垂れた犬の耳みたいで可愛いのだ。
澪は、犬が大好きなのだ。
髪型が決まって、鏡に向かってうれしそうに「ワンっ」と犬の真似をして完了。
準備よし。小さくガッツポーズすると、時計を見て愕然とした。
「やだ、もうこんな時間」
「お母さーん、もう行かなきゃあ」
「朝ごはんは?」
「いらなぁい」
はあ、しょうがないわねと、パタパタ近寄って来たお母さんは、
見た目二十代で、とても中学生の子供がいるとは思えない。
澪とは違い、黒髪のロングヘアーが美しい。
「じゃあせめて、これを持っていきなさい」
差し出されたのは、花柄の青い袋に入ったお弁当箱。
「あ、お弁当? でも、お昼学食あるかもって・・」
「電車の中で食べなさい。2時間位かかるんでしょう?」
「そっか、うん。じゃあそうする」
笑顔でお弁当を受け取る姿が、素直な感じで微笑ましい。
澪は優しいお母さんが大好きだった。
お弁当をデイバッグにしまうと、「よいしょ」といいつつ背負い、急いで玄関に行き、靴を履いた。
「じゃあ、お母さん行ってきます」
「気をつけてね? 毎日電話するのよ? いい?」
「はいはい分かりましたあ。パパにもよろしくね!」
お父さんは、なぜか「パパ」なのである。
「いってきまーす」
バタン。
勢い良く、澪は出て行った。
まったくあの子は、ドア開けっ放しで・・・。
母は澪がとても心配だった。
小学校では、澪はいじめられていたのだ。
いじめといっても、本気でいじめると、超能力者である澪が怖いため、
仲間外れや、シカト程度だったわけだが。
能力者は、100人中1人~2人程度の確率で存在している。
まず、存在が珍しいということもあるが、当初、まだ世の中が超能力を認識できていない頃に、子供同士のけんかで能力を使ってしまい、相手を死亡させたケースがあった。
そんなことが起きないよう、現在では、能力を発動させないよう、プロテクターを装備させてはいるのだが。
それでも、一度与えられた恐怖は、なかなか取り除くのは難しい。
自分が親ならやはり、能力者には近づかせないだろう。
だが、神楽学園は違うのだ。
能力者しかいない。
きっと、友達ができることだろう。
危険がないか心配もあるが、あの子にはいつも笑顔でいてほしい。
私の前では、いつも笑顔のあの子が、最近いたたまれなくてどうにもならなかった。
「元気でいてくれれば良いのだけれど……」
◇◆◆◇
澪は走っていた。
早く電車に乗らなくては・・。
駅までは、走って10分。歩いて15分。
頭で考えて、走るのをやめた。
疲れちゃった・・・。
どうせ5分しか短縮できないし、たぶん、このペースなら間に合うだろう。
普通に歩き出し、周りを見渡す・・。
私と同じ制服の子、いないなあ。
やっぱり能力者って少ないんだよね。
そんな事を考えながら、駅までやってくると、さっさと階段を登って改札口の前まで来た。
さすがに朝の通勤時間。結構混んでいる。
サラリーマンや、学生でいっぱいだ。
え~と、確か、ケータイにチャージしてあるんだっけ・・。
電車はあまり乗ったことがないので、慣れていないのだ。
小学校は家の近くだし、友達もいないので、電車でおでかけとかもしない。
スカートのポケットからケータイを取り出し、機械にかざす。
ピッという電子音が鳴り、ゲートが開く。
もたもたしていたので、後ろのサラリーマンが早くしろよと咳払いしていたが、気にしない。
澪は本来は、明るくて活発で、前向きな女の子なのだ。
だから、ちょっとやそっとじゃ落ち込まない。
その性格だからこそ、小学校6年間やってこれたのだ。
定番の、上履きを隠されたことや、聞こえるように陰口を言われたり、朝きたら、黒板に悪口を書かれていたり・・・。
そんなことは、よくある事だった。
でも、一度も文句は言わなかった。
彼女なりに、それを言ったらエスカレートするのが分かっていたからだ。
澪は子供ながらに、聡明だったのだ。
ホームで待つこと3分。
澪は帽子を深く被っていた。
もちろん、髪を隠す為である。
なるべく能力者だというのは、分からないほうが良い。
別に卑屈になっていたわけではないが、何かあったら面倒くさい。
そうこうしていると、電車が来た。
山手線だ。
これで東京駅までいけばいい。
プシューとドアが開き、人が降りてくる。
人混みに負けそうになるが、頑張ってぎりぎり乗った。
ふ~~。これで大丈夫。
時計を見る。うん、間に合う。
二駅なので、すぐに着くだろう。
安心してドアにもたれて、周りを見渡した。
良かった、混んでるけど周りはみんな女の子だ。
すぐ横には、女子高生の二人組みもいる。
澪とは違って、超ミニスカートだ。
いいなあ、可愛いなあ。
澪は中学生なので、スカートは長め。
しかも成長期なので、サイズがそもそも大きめチョイス。
3年間着るのだからしょうがないと思いつつ、それでも頑張ってウェストの上の方でスカートを止めているので、なんとか裾は膝上ぎりぎりまでもってきている。
学園に慣れたら、もう少し短くしちゃおうかなと、考えていたら、もう東京駅に着いたようだ。
ドアの側だったので、スムーズに降車し、次のホームへ目指す。
実は、神楽学園は東京駅から1本なのだ。
スーパーエクスプレスに乗れば、1時間半かかるが到着する。
さて、電車でどうやって浮遊大陸に行くかだが、大陸は東京湾にある。
海上500メートルの高さに位置し、そこまで、巨大な橋がかかっているのだ。
そもそも、どうやって浮遊しているかだが、公にはされていない。
一番知りたいことだと思うが、テレビでも、そこの部分にはまったく触れようとしない。
澪的には、到着したら最初に知りたい謎だった。
ホームのベンチで待つことしばし。
一日に数本しかない浮遊大陸行きは、次の便を逃したら遅刻決定だ。
あと10分あるが、お手洗いに行くかどうか悩んでいると、誰かに声をかけられた。
「隣、座ってもいい?」
「あ、は・・はい! どうぞっ」
急に声をかけられて、びっくりした目で見上げると、そこには、同じ制服を着た長身の女の子が立っていた。
「ごめん、驚いた? なんか同じ制服の子見つけたから、うれしくて声かけちゃったんだ。」
「あ、いえその~~あの…」
澪はドキドキしていた。
同じ学園の子に会えてうれしいのだが、今まで同年代の友達がいなかった為、突然の来訪者にどう接していいか分からなかった。
加えて、この子の容姿。
背が高く、すらっとした体形。
艶やかで、腰まで伸びた真紅のストレートヘア。
まるで、ティーン誌のモデルみたいだった。
澪が何か話さなきゃと、頭の中をグルグルさせていると、彼女はおかまいなしに会話をはじめた。
「学園まで一緒に行かない? たぶんこれ乗っちゃえばもう着くんだろうけどさ、やっぱ、一人じゃ不安でさー」
あははーと話す彼女は、実に気さくで、澪は初めてのフレンドリーな同級生にさらに腰が引けてしまった。
いけない! 学園に入ったら、たくさん友達作るんだった。
きっとこの人は、・・・第1号。
勇気を出さなきゃ!
昨日練習したでしょ!
だ、だいじょうぶ・・・、練習どおり気さくにさりげなく・・。
そう、風の流れのように自然に・・。
やるのよ、私!!
実は澪、顔に似合わず、熱血好きなのだ。
男の子が見るようなロボットアニメや、熱血スポコン物だとか大好きだったりする。
さながら、これがアニメなら、澪の瞳は熱い炎で燃えていただろう。
しかし、澪は下を向いて、プルプル小刻みに震えていた。
長身の女の子が、そんな姿をいったい何事かと顔を覗いてみると、
その子の顔は、なんと真っ赤に紅潮しているではないか。しかも震えているし・・。
これはいけない・・。我慢しているのだろうか?
「お、おい…トイレならすぐそこに……」
たまらずその子が心配の声をかけたその時、
澪はビシッと飛び跳ねるように立ち上がった。
しかも、なぜか両の手でガッツポーズを作って。
そして、ここが勝負どころと言わんばかりに、頑張って思いのたけをぶつけるのだった。
「あ、あの! 私は佐倉澪っ、13歳です。今日から神楽学園ですっ! えと、その、お、お、おお―――お友達になってください!!」
し、しまったーー! テンパッテ、叫んじゃった・・。
は、恥ずかしい・・・。
やっちゃったあとばかりに、真っ赤になりうつむく澪。
そんな空気はどこ吹く風、長身の女の子は、パアっと満面の笑みになり、
「おおおお! 私は峰崎美香名乗らず、失礼した。みおさん? でいいかな? こちらこそ、友達になってくれませんか?」
「は、はいっ!」
うつむいていた澪だったが、その言葉に反応し飛び跳ね、全力で応えた「はい」だった。
◇◆◆◇
二人は、並んで電車の長椅子に座っていた。
澪は緊張して、何を話していいか分からなかった。
でも、初めての友達がうれしくて仕方なく、自然と顔がほころんでしまう。
何か話したい何か話したいー。と思っていると、峰崎さんがボソっとつぶやいたので、思わずビクっとなってしまった。
「あー邪魔だなー、これ」
髪を邪魔そうに束ねる峰崎さん。
「いつもは、邪魔だから縛ってるんだよねー」
そんなに綺麗なのに邪魔って・・とか思いつつ、「あ、そうだ」と手をポンとする澪。
そういえば、予備のゴムがあったはず。
バッグをごそごそ・・・。
「うん? どうしたんだ? みおさん」
「みおでいいですよ、峰崎さん」
「じゃあ、みお。私もみかと呼んでくれ」
え、ええええ!
み、みかさん・・・。
峰崎さんって、しゃべり方がボーイッシュで、なんだか男の子みたいなんだもん。
はずかしいよぅ。。
「どうした? とりあえず、みかと呼んでみてくれ」
!!
「み、みか・・・さん」
「呼び捨てでいいって。これから同じ学園なんだしさ。」
「は…はい、みか」
は、恥ずかしくて、目を合わせられなかった・・・。
そして真っ赤になり、うつむきモジモジ・・・。
う、ううううぅぅぅ・・・。
それを見た美香は、澪のあまりの可愛さにやられてしまい、思わず抱きついて、
「みおったら可愛いーーっ! なんなのその可愛さ! 反則っ!! みおってさ~~小学校で絶対、男子にモテモテだったでしょ!?」
「ええ!? そんな!? ち、ちがう……し…そのぅ…ぇと…」
「いや~~ダメだわ。そんなモジモジされたらさ、お姉さんたまんないねー」
とどめを刺されたとばかりに、さらに澪をぎゅっとして「なでなで~」と言いつつ、頭をなでる美香。
一通り抱擁をすませ、満足すると、やっと澪は開放されたので、ようやく、取り出しておいたゴムを美香に渡した。
「どうぞ、私ので良かったら、これで髪を――」
「お、悪いね助かるよ。じゃ、しばらく借りるよ」
そう言って受け取ると、サッと髪をまとめ上げ、ものの数秒でポニーテールを作った。
その姿がなんとも優雅で、澪は思わず見とれてしまった。
そんな澪の視線に気づいた美香が、不思議そうに澪に尋ねた。
「ん? どうかしたか、みお」
「あ…その…みかがなんだか、随分大人っぽいなあと思って・・」
「そうなのか? まあ私は14歳だしな。」
「え! 1っこ上なんですか? で、でも今日からその・・中学1年なんですよね?」
「ああそうだよ。いやさ、ちょっと前に力使いすぎちゃってさー」
「力? 能力ですか?」
「うん、そう。調子に乗って使いすぎちゃって、頭パーになっちゃってね。1年間学校休んでたのさ。はっはっはあ」
衝撃的な悲しい事実を告白されたのに、あんまり笑顔で言うものだから、澪がどんな対応をしていいか悩んでいると、
「ああ、まあ気にしないで。年上だからって気を使われるとヘコむし。名前も呼び捨てでお願い。澪も気をつけなよ? 力使いすぎると、私みたいに頭パーだから。あはははー」
「は、はい分かりました」となんとか返事はしたものの、完全に美香のペースについて行けてない澪だった。
ところで――と美香は話題を変えるべく、聞きたかったことを澪に聞いた。
「みおはどの能力が得意なんだ?」
超能力者は、皆、同じ能力とは限らない。
色々な能力を使える者もいれば、一つの能力の者もいる。
まだ未知の力もあるが、大まかに分けると、次のようなカテゴリーになるだろう。
・気孔系・・・身体の中にある、気を増幅させる。
・念動系・・・その名のごとし、念じて物を動かす力。
・強化系・・・自分の身体を強化し、身体能力を向上させる。
・空間系・・・瞬間移動をしたり、別次元の空間を作ったりできる。
・視覚系・・・透視はもちろん、相手の心を目で読み取ることもある。
・その他・・・まだまだ未解明。
「私は、空を飛ぶのが得意です。あと、瞬間移動も少しなら出来ると思います」
もっとも、常にプロテクターを着けているから、自分の能力については、あまり分かってない。
「へ~~すごいな! 空飛ぶのはさ、念動系と強化系の両方を使うから、実は結構難しいんだよ。しかも空間系も使えるなんて、すごいわ~~」
「あ…そのえと、すごいだなんてそんな…あはははは」
なんだか、照れくさかった。
今まで、異端の目で見られていた能力を、褒められたことなんて初めての経験だった。
澪はうれしくて、高まる感情を抑えつつ、美香のことも知りたくなったので、聞いてみた。
「美香のことも教えて?」
「ああ私か? 私はちょっと特殊かな…主に空間系が得意なんだけど、別世界に行ったりするのが好きだな」
「別世界?」
「うん。この世界には鏡で写したような、左右対称の世界があるのさ。面白いぜ~、日本の形なんてまるっきり反転したような感じでさ、ま、行き過ぎて頭パーだけどな。はははは」
「なんだか分からないけどぉ、みかってすごいんだねぇ」
「別にすごいことかなあ? みおも空間系使えるみたいだから、行けるんじゃないかなあ。今度一緒に行ってみないか? 旅仲間がほしいって思ってたんだよねー」
「う、うん――みかがそう言うなら―――」
興味はあったが、頭がパーになるのは、困るなあと思う澪だった・・。
第2話へ続く