第248章 別々の依頼
競技会の翌日、レイヴンの端末に一件の仕事の依頼が届いた。
送り主は、彼が所属する競合プラットフォームの業務担当者だった。
依頼内容は、競技会とは関係のない現地調査だった。商業施設の改修に伴い、搬入経路と作業時間を確認し、現場で発生する問題を整理する。期間は三日間。報酬は通常の短期業務より高く設定されていた。
レイヴンは、依頼書を最後まで読んだ。
勤務地は、これまで働いていた倉庫から電車で二十分ほどの場所だった。必要な資格はなく、現場経験があれば対応できる。業務範囲も、作業の実施ではなく、現状の確認と報告に限定されていた。
ただし、依頼元の欄には、プラットフォーム本部とは別の関連会社の名前が記載されていた。
レイヴンは担当者に連絡した。
「この仕事は、以前の競技会への参加を辞退したことと関係がありますか」
電話の向こうで、担当者は少し間を置いた。
「直接の関係はありません。現地調査の担当者を探していて、あなたの過去の作業記録が条件に合ったため、候補に挙がりました」
「候補者はほかにもいますか」
「います。複数の候補者に打診しています」
「報酬が通常より高い理由は」
「三日間で複数の作業時間帯を確認する必要があるためです。現場の都合で、予定が変更される可能性もあります」
説明は具体的だった。
レイヴンは、追加で質問した。
「報告内容の所有権と、現場で撮影した記録の扱いを確認したいです」
「報告書は依頼元が受領します。写真は許可された区域に限ります。個人情報や施設の非公開情報が写り込んだ場合は、提出前に確認してください。契約書にも記載しています」
「契約書を先に確認できますか」
「もちろんです」
電話が終わると、契約書が送られてきた。
レイヴンは、すぐに承諾しなかった。
依頼自体に不自然な点があるとは限らない。過去の作業経験をもとに仕事を紹介されることはあるし、短期間で成果を求められる仕事ほど報酬が高くなる場合もある。
一方で、候補者として選ばれた理由を確認せずに引き受ける必要もなかった。
彼は契約書を読み、業務範囲、報告先、記録の取り扱い、予定変更時の報酬について、分からない箇所をまとめて送った。
その日の午後、担当者から回答が届いた。
質問した項目のうち、三つには明確な回答があった。残る一つについては、現地責任者との調整が必要だという。
レイヴンは、回答がそろうまで契約を保留した。
そのころ、主人公は倉庫で新しい作業を受けていた。
今回の作業は、搬出前の部材を分類し、指定された順番で仮置きするものだった。作業自体は複雑ではないが、搬出時刻が異なる部材を同じ場所に置くと、後から移動させる手間が増える。
主人公は、最初に作業指示書を確認した。
部材の番号と搬出時刻は記載されていたが、仮置き場所の指定が一部重複していた。
彼は作業責任者に確認した。
「この二つは、同じ場所に置く指示になっています。ただ、搬出時刻が違います。先に出すものを手前に置く形でよいでしょうか」
責任者は指示書を見直した。
「確かに、場所の指定が重なっているな。搬出時刻の早いものを手前にしてくれ。後から運ぶものは、別の列に分けよう」
主人公は確認した内容を作業記録に残し、分類を始めた。
右手は、まだ強く握り込む動作に向いていなかった。彼は無理に持ち方を変えず、重い部材については台車を使い、必要な場合は近くの作業者に声をかけた。
以前なら、自分でできる範囲を広げることに意識が向いていたかもしれない。
今は、作業を終えることと、身体に余計な負担をかけないことを、同時に考えるようになっていた。
昼休み、主人公はレイヴンから届いたメッセージを確認した。
《競技会とは別の仕事を紹介された。まだ契約はしていない》
主人公は返信した。
《仕事内容が具体的なら、それだけで問題があるとは言えない。ただ、条件が決まっていない部分を残したまま引き受ける必要もないと思う》
《同感だ。質問したら、回答できる部分と、まだ決められない部分が分かれた》
《決められない理由も確認できれば、判断材料になるね》
レイヴンは、短く返した。
《そうする》
主人公は端末をしまい、午後の作業に戻った。
二人は、相手の仕事を代わりに判断できるわけではない。
知っている情報も、引き受ける条件も、それぞれ違っていた。
ただ、分からない部分があることを理由に、すべてを拒否する必要はない。同時に、報酬や機会があるからといって、未確定の条件を受け入れる必要もなかった。
その日の夕方、女主は部下から短い報告を受けた。
競合プラットフォームの関連会社が、現地調査業務の候補者を複数名に打診しているという情報だった。
報告の出所は、通常の業務情報の共有経路だった。候補者の一人が、以前、女主の管理するプロジェクトに短期間参加していたレイヴンだった。
女主は、報告書を読み終えた。
競合側が人材を別の業務に回すこと自体は、珍しいことではない。参加者の経歴や作業記録を参照し、別の案件に適した人材を探すことも、運営上は自然な判断だった。
しかし、彼女は一つだけ確認した。
「この依頼は、競技会の調査担当者が出したものですか」
部下は資料を見直した。
「現時点では、そうした記録はありません。関連会社の業務担当者が、別の案件として候補者を探しています」
「では、二つを結びつけないでください。関係が確認されていない段階で、競技会の記録に追加する必要はありません」
「承知しました」
女主は報告を閉じた。
競技会では、前回と今回の記録を別々に扱うことが決まっていた。
そこへ、関係の確認されていない別案件まで加えれば、調査対象が広がるだけでなく、事実と推測の境界も曖昧になる。
必要なのは、関連性を見つけることそのものではなかった。
関連性があると判断できる材料が、実際に存在するかどうかだった。
一方、レイヴンは翌朝、依頼元から残っていた質問への回答を受け取った。
現地責任者の確認により、予定変更が依頼元の都合で発生した場合は、追加時間に応じて報酬を支払うことが明記された。現場の都合で調査対象が減った場合も、契約上の最低報酬は維持されるという。
レイヴンは、修正された契約書を読み直した。
三日間の仕事には、まだ不確定な部分がある。
それでも、どこまでが自分の責任で、どこからが依頼元の判断なのかは、最初より明確になっていた。
彼は契約を承諾した。
同時に、業務担当者へ、現場で予定外の状況が発生した場合は、独断で調査範囲を広げず、依頼元の承認を受けると伝えた。
担当者は、その条件を了承した。
仕事が決まったからといって、すべての問題が消えたわけではない。
しかし、何を確認し、何を引き受け、どこで判断を止めるかについては、双方の認識がそろった。
レイヴンは、指定された集合場所と開始時刻を確認した。
競技会への参加を辞退したことが、別の仕事につながったのかどうかは分からない。
ただ、今回の依頼は、確認できる範囲では、現地調査という独立した仕事だった。
彼はその仕事を引き受けた。
それ以上の意味を、今の段階で付け加える必要はなかった。




