六畳間の永久凍土
「永遠」という言葉の甘美さと、それに伴う狂気を描いた短編です。
人はどこまで誰かに依存し、どこまで世界から目を背けることができるのでしょうか。切実で、けれど少し歪んだ二人の逃避行の記録を、どうぞ静かな部屋で見届けてあげてください。
カーテンの隙間から差し込む光さえ、二人にとっては不要な外世界のノイズだった。
「ねえ、外に出ないで。ずっとここにいて」
葵の声は、乾いた部屋の空気に溶けるように微かだった。彼女の細い指が、圭介のシャツの裾を力なく、しかし絶対に離さないという執念を込めて掴んでいる。圭介はそれに応えるように、葵の冷たい手を包み込んだ。
部屋にはいつから換気していないのか、澱んだ香水のような甘い匂いが充満していた。スマートフォンはとうに電源を切って引き出しの奥に放り投げている。親からの連絡も、会社の同僚からの焦燥に満ちたメッセージも、すべては架空の出来事のようだった。二人の世界には、この狭い六畳間と、互いの呼吸の音しか存在しない。
出会った頃、二人は自立した大人だったはずだ。しかし、いつしか互いの「欠落」を埋め合うことが生きがいになり、やがてそれは麻薬のような依存へと変貌していった。圭介は葵がいなければ自分の存在価値を感じられず、葵は圭介に愛されているという実感がなければ一秒たりとも正気を保てなかった。
「僕たちは、ずーっと一緒だよね?」
「そうよ?私たちは運命の存在なの!」
それは甘美な誓約であり、同時に逃れられない呪縛だった。外界と完全に断絶された生活は、少しずつ二人の精神を蝕んでいた。貯金は底をつき、冷蔵庫の中身は枯渇し、電気やガスの催促状が郵便受けに溢れ返っていたが、もはやそんなことはどうでもよかった。現実という概念が、二人の脳内からゆっくりと消え去っていく。
ある夜、嵐のように激しい愛を交わした後のことだった。天井を見つめながら、葵がふと、途切れ途切れの声で呟いた。
「このまま朝が来なければいいのにね。外の世界に引き裂かれるくらいなら、今のまま、ここで終わらせたいよ……」
圭介はその言葉に、奇妙なまでの安堵を覚えた。そうだ、これ以上幸福な瞬間は訪れない。これ以上、この完璧な関係がすり減っていく恐怖に耐える必要もない。二人の愛が最高潮に達したこの瞬間で時間を凍らせる。ものすごく妙案だ。
「たしかにね…ずーっとこのままでいたいな」
圭介は静かに立ち上がり、覚悟を決めた。
それから何分経ったのだろう。その後、二人は濃密な時間を過ごし、近くの駅ビルの屋上に向かった。
普通ならこの時間は閉まっているが、ここは田舎なのもあって警備が緩い。
すっと駅ビル内に入り、一歩一歩を踏みしめながら螺旋状の階段を上がる。
「怖くないよ、葵。ずっと一緒だから」
「うん、怖くない。むしろ、やっと永遠になれるんだね」
屋上に吹き抜ける心地良い風を感じて決心を固める。このまま鳥になって空をとんでしまいたい。
そんな思いを最後に抱き、葵にキスをする。
そうして、2人は静かな夜に駆けていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
葵と圭介にとっての「終わり」は、ある種の高潔な救済であり、彼らなりのハッピーエンドだったのかもしれません。閉ざされた空間で燃え盛った炎は一瞬にして消えましたが、その残像は読者の心に奇妙な残り香を残すはずです。
また次回の退廃的で美しい世界でお会いしましょう




