ゲテモノ王妃は離縁を阻止したい
「ベ、ベアトリーチェ! 何をしておる!!!何故そんな悍ましい物を両手に掴んで廊下を爆走しておるのだ!!!」
時刻は午後5時。宮殿に出仕する貴族官吏達がそろそろ本日の業務を締めようかと動き出す頃。
王城の隅々まで悲鳴とも怒声とも付かない声が響き渡った。
声の主はリドガス2世。この広大な領土を誇る王国を統べる偉大な王である。普通ならば城中の騎士が訓練を切り上げ王の御元に集まるほどの大声。明らかな緊急事態。
しかし、宮殿内はシーンとしたまま。一向に騒ぎになる様子がない。
「何事だ!! リドガス様、今馳せ参じますぞ!!!!」
武器関係の手続きをしている部署でもそれは同じ。
ただ1人剣を掴み走り出そうとする辺境貴族は周囲を囲んだ王都暮らしの宮廷貴族に肩を掴まれ引き戻される。
周りを見ても凪のよう。下級の官吏から王の腹心と言われる侯爵まで誰も声のことを気にしていない。
「ぬしら何故反応せん! 王があんなにも悲痛な叫びをあげているというのに!! も、もしやお主ら揃って反乱を… ぬぐっ!! なに、を…」
「全くチトス。貴方は昔から猪が過ぎる。少し落ち着いて下さい」
気炎を上げる辺境貴族=チトス伯爵。しかし続く言葉は後ろから頭をポコんと殴られたことによって中断する。
下手人を睨みつけようと振り返ったチトスだったが、彼の後ろで手をグーにして立っている男の姿を見てたじろぎ口を噤んだ。
長い黒髪を垂らした美丈夫。一見優しい顔をしているが、腹の黒さと時に見せる冷酷さは国1番。そして振るえる権力も国1番。
宰相セレクである。
「王の元へ連れて行きますから、そのフガフガを辞めなさい。さ、行きますよ」
「フガフガとはなんだフガフガとは!! ……これで王に何かあればこの部屋の者全員叩き斬るからな!!」
捨て台詞を吐きながらズンズン歩き部屋を出るチトスとそれを広い歩幅で追いかけるセレク。彼らを見送った武器部には弛緩した空気が広がる。
「あー怖い怖い。俺らが叩き斬られる確率はどんぐらいだ?」
「まぁ低めに見積もって80%かな。俺も初めて体験した時はビビったもん。あの皇帝の盟友チトス伯爵があの衝撃に耐えれるかは甚だ疑問だね。」
「ひぃー… そうだよな。全くあのご夫婦は大層な趣味を持っておられる。主神様豊穣神様セレク様、どうか今日も丸く納めてください」
「そして希くば本日のメニューが『カリライサ』レベルの食堂殿堂入り逸品であることもついでにお願いします」
「んだんだ」
「陛下! 今参りますぞ!」
抜き身の剣を下げながら普段王が座す謁見の間に向ってチトスは廊下を走る。
この十字路を走り切れば謁見の間! もうチトスは止まれない! となったところでセレクが力の向きを変え左側の曲がり角へチトスを押し込んだ。
チトスはもう、止まれない。
「うおぉぉーーー!!!セレク貴様ぁーーーーーーー!!!!」
道を戻ることもできないままチトスはただ、突っ走るしかなかった。
ようやくチトスが減速を始めた頃。辿り着いたのは王城に勤めるものの食を司る食堂、その厨房。
扉は近衛兵によって固められており、料理を作るだけとは思えないほど防御力が高い場所となっている。
しかしそんな状態でありながら中からは言い争いの声が響いてきた。
「今行きますぞ陛下!!!」
「チトス伯爵が見学をお望みだ。入るぞ」
「はっ! 伯爵、剣の方はお納めください」
「ぬがっ!反乱者め!!我が剣を奪うなどと!!」
「チトス、黙れ」
セレクが言葉を発した瞬間。すでにもうチトスの手に剣はなく、セレクが興味深そうに剣身を観察していた。
「ほう。ドワーフの鍛治神ダエルの作か。エンチャント効率もいい。良いもの使ってるじゃないか」
「ぬぬっ! お主にはやらんからな!!」
「わかったよ。行くぞ」
「ぬぅん…」
「あ、こちらの帽子も!」
「そうだったな。ありがとう、そのまま励め」
「はっ!!」
髪が落ちぬよう受け取った帽子を被り、厨房へと突入。
扉を開けた先には熱気が満ちた空間がある。夕食に向けたしこみが行われているのだ。
その空間の片隅に、何人かの人影。
「すごいねベアトリーチェ様!! こんな性器じみたものが食えるなんてあたしゃ驚きだよ!!」
「やめてくださいオリビア様!! これはナマコです!!ナマコ!!」
「え? チン?」
「なーま!!!」
「ベアトリーチェ、王妃がそんなことで言い争うな!!! そもそもこんなものを持ち出すな!!!」
白い厨房着を着た老婆と若い女。そしてチトスやセレクと同年代で同じように帽子だけ被った1人の男が机を囲んで言い争う。
そして机の上には、確かにそう。悍ましいものが鎮座していた。
黒々とした見た目。ぬらぬらした表面。まるで何かのメタファーのように、先端からは色の違う粘液がとびでている。
これを、食べようというのか?よりにもよって、尊き方々が?
状況を確認し再び発進したチトスの襟をセレクが押さえ込んだ。
「どうどう。走れば床のホコリが舞うだろう。いくぞ」
「だがしかし… 王! 忠臣たる私チトスが参りました!!ご安心を!!!」
「こら! 唾が飛ぶ!!!」
漫才のようなやり取りを続けながら歩みを進める2人に、3人も話を止め… 2人の容貌を確認した瞬間、また喧しく言い争いを再開した。
「おうチトス! よくぞきた!! お主からもゲテモノを私や大切な城の者どもに食べさせるのをやめるようベアトリーチェに言ってやってくれ!!」
「いくら王様でも嬢ちゃ… 王妃様の料理をゲテモノだなんて!! あたしゃ許せないよ!! セレク様、アンタの普段の説得が足りないんじゃないかい?」
「もう! 私の為に争わないで!!! …よっしゃ!異世界言いたい台詞リスト27番消化っと。
……あなた方の言いたいことはわかります! でもナマコは栄養豊富でコラーゲンも入ってるの!! それにお酒にも合う。みんなお酒大好きでしょ??」
三者三様口々に言い募る。チトスは目を丸くしてアワアワし、セレクはいつもの事なのか涼しげな顔をしている。
ただの煩い奴らにしか見えない彼ら。しかしその実態はこの国の権力そのものである。
王、リドガス2世。
その正妻、王妃ベアトリーチェ。
そしてただのおばちゃんにしか見えないもう1人も、建国から続く伯爵家の前当主夫人である。
そんな国の未来をも変えることができる彼らが言い争いをしている。
何について?
そう、彼らの前に置かれたゲテモノナマコについて。
結局、こういう時に頼られるのはセレクである。皆の視線を感じた彼は頭を掻きながら場を整理し始めた。
「まず王よ。何がそんなに不満なのですか。」
「見た目も何もかも全てが恐ろしいわ! こんなものを食べたことはないし食べたと聞いた事もない! きっと悪魔が神を愚弄する為生み出したものに違いない。この悍ましきヌタヌタが許せようか!!」
「そうだそうだ!!」
「煩いチトス。…王よ、分かりました。王妃に夫人、何か反論は?」
「嬢ちゃ…王妃様のカリライサを忘れたのかい!!見た目が悪くても嬢ちゃんが作るものは美味いんだよ!!」
「…ワシはゴヤチャンプラーを認めていない。」
「「それはそう」」
「んもう! ゴーヤチャンプルーだって美味しいです!!! それにこれは実際に北部の漁村やマーマンの王国でも食べられています。…それにそんな心配なら私が毒味を!!」
「ならん! 愛するベアトリーチェに毒味などもっての他! お前が死んだらワシも生きていけん!!」
「リドガスさま…」
流れる様に惚気をかます夫妻に呆れた顔になるその他3人。
そこで前伯爵夫人が決め手となるひとことを放った。
「まぁ遅かったねアンタら。毒味ならアタシがさっきしたよ。老い先短いアタシならいいだろう? 感想は激ウマ、だ。」
机の上にあるのは正式に食堂で使う用。すでにメニューに入れるか選定するための味見は済んでいた。
「…仕事がなかったら今すぐ米酒を煽るところなんだがいかんせん厨房を任せられた身。でもアタシは決意したね。今日は絶対これで晩酌してやると。美味すぎて試食用は食べ尽くしてしまったし、一杯やるためにはアタシはこれをもう一度作らないといけない。これは王様でも止められないよ!!
なんなら分けてやってもいいと上からにもなっちまう。だからほら、作るよ!!!」
みな30前後。たとえ口論をしているとはいえ、どこか緩んでいたのだろう。王国を支え続けた女傑の本気の圧には勝てない。
「…分かった。やってみるが良い」
「お、王よ許して良いのですか!?」
「ただし夫人が食べるだけだ。食堂には出させん。またベアトリーチェ、調理は夫人に任せるのだ。その物体はすこし…体面が悪すぎる。あまり人前で扱わないでくれ。」
「えぇ…… ? いや、ちょっと待て。これはリドガス様流の嫉妬!? それはちょっと可愛すぎませんか??? わたくし当然従っちゃいますが!?!?ということで、オリビア様、レシピをお伝えするので調理をお願いいたします。」
「分かったよ。腕がなるねぇ!」
そして調理が始まる。
流水でナマコを洗い、縦半分にカット。
すると見えるのは…
「おぉ。外と違って輝かんばかりの純白」
黄色い内臓を包む半透明の身。思わずチトスも感嘆の声を漏らす。
「内臓このわたはこちらの袋に」
ベアトリーチェがいつもの柔和な笑みを浮かべながら内臓ゴミを受け取ったのを確認し、オリビアは次の作業に移る。
ナマコを塩で揉み、滑りをとる。
するとその特異だった見た目はいつしか岩石のように変わっていた。
「最初からこの見た目だったら陛下ももう少し早く寛大なご判断を下されていたかもしれませんね。」
「うーむ。どうだろうな」
そしてオリビアが薄切りでカット。横ではベアトリーチェが醤油にレモンを絞り入れている。
この醤油を王城に入れるのにもまた一悶着あったのだが、今では圧倒的な人気を誇る食堂の主要調味料の立ち位置を確立している。
そして切ったナマコとレモン醤油を合わせ…
「できましたわぁ〜!」
完成。
ナマコ酢。
涼しげな器にナマコの白が映える一品。
「よし! 食べるよ!」
「わーい! ですわ!」
「ベアトリーチェが食べるのは許しておらんぞ!」
喜ぶ女性陣と思ったよりもまとも、だがそれでも知識にない見た目に戸惑うチトスとリドガス。そして…
中央のテーブルに向かい黒い影が通り過ぎる。武王として名を響かせるリドガス王も、国境を日々守るチトス伯爵も目で追いきれない速度。
気づいた時には皿からナマコが一欠片無くなっていた。
下手人はそう。
「いただきます。うん、美味しい。肉でも野菜でも体感したことのない食感。弾力と硬さの不思議な中間点。されど不快ではなく、楽しささえ感じる。磯を感じる味をさわやかなレモン醤油がカバーし鼻を突き抜ける清涼感! 一筋縄では攻略できない食感と仲間との青春。これはもう、海の練兵場やぁ〜」
普段は冷静を体現したかのような宰相、セレク。
これもまた王妃が導入した“ハシ”を器用に使い、ひと口パクリとナマコを口に入れる。
瞬間、その冷静という仮面は一瞬で剥がれ落ちた。
食べた瞬間から始まるマシンガントーク。そしてどこに入れていたのか懐からおもむろに小瓶を取り出し…
イッキ。
「あぁ〜 確かに米酒に合いすぎる〜」
呆れた目で見る3人と目を白黒させるチトスを前に、セレクの箸は止まらない。
「結局場を納めるフリしてセレク様が1番食べたいんじゃないか。」
女伯はボヤく。
「みんなで食べましょうよ! いくらイケメンでも食い尽くしはNGです!!」
王妃は手をブンブンと振りセレクの箸を妨害。
「セレク!! 王国の柱たるお主が…… あとまだ勤務中だろ!! 酒を飲むな貴族年金下げるぞ!!」
そして王は側近の宰相でさえ言うことを聞いてくれない状況に絶望し、自傷する様に箸を伸ばす。
「マヂムリ… ゲテモノたべょ…… ……ぅまぃ」
「王よ!! 例え地獄の食材だとして、チトスめもお供します!! おぉぉぉ!!! うまっ!面白っ!! うまっ!!!」
食堂はてんやわんや。
結局ナマコ酢は食事よりツマミに合うと言うことで、食堂メニューでは控えめな登場回数に。代わりにオリビア夫人が経営する居酒屋の看板メニュー入りを果たした。
淡い紫のランプだけが光る部屋。大きなベッドの上で男女が並び盃を交わす。ツマミは黄色い塩辛。オリビアからパク…捨てるところを再利用し作ったこのわた。
「……リドガス様」
「どうしたベアトリーチェ?」
「やっぱり、私の料理は嫌ですか?」
「…次はもう少し、見た目の華やかな物だと嬉しい」
「そうですか。考えておきますね」
「…うむ」
ベアトリーチェがこの世界に転生を果たし、はや28年。最初はただ美味しい物が食べたくてお城に出仕しただけだった彼女は、大恋愛の末に愛する王を射止めた。だが愛する料理と愛する王は少しだけ折り合いが悪くて。
だから明日も料理をする。愛する王が、私の愛するものレシピを愛してくれるまで。
★★★★☆
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